幽霊令嬢の正体 03
ニコラスと一緒に玄関ホールに入ると、不安そうな面持ちの両親と、父によく似た初老の紳士が待機していた。顔立ちだけでなく、ダークブロンドに灰色の瞳という取り合わせまで父と全く同じである。
きっと彼がメルヴィナの祖父、セオドア・アンブローズだ。
「急な連絡にも関わらず出迎えて下さってありがとうございます、アンブローズ侯爵」
ニコラスが初老の紳士に声を掛けたのを見て、メルヴィナは自分の推測が当たっていたのを悟った。
「よく来てくださいました、ニコラス猊下。孫の事を気にかけて頂いてありがとうございます」
ニコラスに挨拶をする祖父の顔は不安に溢れていた。
パッと見の印象は少し怖そうだったが、その表情からメルヴィナは第一印象を修正する。同時に初対面の祖父に心配をかけているのだと自覚して、胸が締め付けられた。
「猊下、あの、メルヴィナの魂が見つかったというのは本当ですか……? 私には何も見えませんが……」
「強力な悪霊を除き、霊体は普通の人には見えないものです。ですがご安心下さい。メルヴィナ嬢はここにいますよ」
セオドアも両親も目を潤ませて、ニコラスが示した位置――メルヴィナが浮かぶ場所を見つめた。皆のそんな表情にこちらも貰い泣きしそうになる。
メルヴィナは胸の前で両手を重ねてギュッと握りしめた。
「着いた早々で恐縮ですが、メルヴィナ嬢の体の所へ連れて行って頂けませんか?」
「ええ、もちろんです! こちらへ!」
ニコラスの言葉に、セオドアは玄関ホールから二階へと続く大階段を手で示した。
◆ ◆ ◆
初めて見るアンブローズ侯爵家の
明るく華やかだった宮殿とは違って重厚な印象だ。
メルヴィナの体は、屋敷の二階にある日当たりのいい部屋に寝かされていた。
ニコラス達と一緒に室内に入ったメルヴィナは、その部屋の内装に目を見張る。
ベッド、ソファ、椅子、テーブル……室内の調度はどれも最高級品だ。くすんだピンクとベージュでまとめられており、清楚で可愛らしい。
しかも何やらいい香りもする。
よく見ると、天蓋付きのベッドの傍に置かれたテーブルにはアロマランプが置かれている。香りの源はそこだった。
(いい香り……)
これはネロリだろうか。
甘くて爽やかな花の香りを胸いっぱいに吸い込むと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
メルヴィナはゆっくりと移動すると、天蓋から下がるカーテンの隙間からベッドの中を覗き込んだ。そしてギョッと目を見張る。
ベッドの上に横たわる自分は、見る影もなく痩せこけ、骸骨みたいだった。
(嘘でしょ……)
メルヴィナが自殺を計ってから、まだ一か月少ししか経っていないのに。
ニコラスが一刻も早く体に戻るようにと急かした意味が分かった。
だけど、どうやれば戻れるのだろう。
メルヴィナは自分の体に手を伸ばす。しかし、その手は見えない壁に阻まれた。
ミストシティ大聖堂や宮殿の地下を訪れた時と同じだ。透明な壁がメルヴィナの侵入を拒んでいる。
「メルヴィナ嬢、無理だよ。君の体には私の結界が張られているからね」
背後からニコラスが声をかけてきた。
「結界を解くから少し待ってもらえるかな?」
ニコラスはメルヴィナに向き直る。そして、ベッドの側まで進み出て、メルヴィナの体の上に手を翳した。
すると、手の平から金色の光が放たれる。神気だ。
黄金の光はメルヴィナの全身を包み込むと、ふっと消滅した。
「もういいよ。自分の体に触れてみようか」
「はい」
メルヴィナは頷くと、自分の体に手を伸ばして触れてみた。すると、自分の体の中にぐっと引き込まれる。
恐怖と驚きに目を見開いた次の瞬間、視界が暗転した。
メルヴィナは慌てて藻掻いた。しかし、体が重くて全く動かない。
「メルヴィナ嬢、焦らなくていい。ゆっくりと目を開けてごらん」
落ち着いた穏やかな声が聞こえる。ニコラスの声だ。
メルヴィナはその声に落ち着きを取り戻すと、目蓋をゆっくりと持ち上げた。
すると、視界にベッドの天蓋と、こちらを覗き込むニコラスの顔が見えた。
「ああ、戻れたみたいだね。良かった」
ニコラスの発言に、こちらにバタバタと駆け寄る足音が聞こえた。
「メルっ……!」
両親だ。リチャードとドロシーの不安そうな表情は、メルヴィナの顔を見るなり驚愕に、そして泣き顔に変わった。
「良かった。メル。本当に良かった……」
リチャードは涙を流す姿を隠すためか、うつむき手で顔を覆った。ドロシーはメルヴィナの体に抱きついてくる。
「ごめ…………ぃ……」
『ごめんなさい』と発言したつもりだったのに、うまく声が出ない自分に愕然とする。
「ずっと寝たきりだったんだ。うまく喋れなくて当然だよ。まずは療養して、少しずつ元の体に戻して行くところからだね」
驚いた事に、声だけではなく、体も全く動かない。
ここに向かう馬車の中で、ニコラスから療養と訓練がいると言われた理由を今更ながらに実感した。
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