幽霊令嬢と舞踏会 03

 どうにか大広間に戻ってきたメルは、ギルバートの姿をキョロキョロと探した。


(いた!)


 ギルバートは、大広間の端の方で恰幅のいい紳士と談笑していた。

 メルは慌てて彼の傍まで飛んでいって話しかける。


「ギル様、大変です! ミリアム殿下が変な男に連れ去られたのを見てしまいました!」


 メルの発言に、ギルバートはピクリと反応した。

 そして、紳士との会話を自然に切り上げ、こちらに視線を向けてくる。


 目でついてくるよう合図をされた気がした。

 ギルバートは、紳士と別れると、一直線に随行のルイスや近衛兵の所へ向かう。メルはその背中を追い掛けた。


「少しそこのバルコニーで休みたいので、誰も近付けないで欲しい」


 ギルバートは側近達に命じた。


「かしこまりました。何か冷たい飲み物でもお持ちしましょうか?」


 返事をしたのはルイスだ。ギルバートは断る。


「いや、いらない。外の風に当たりたいだけなんだ」

「今日は蒸しますからね……」


 ルイスは相槌をうつと、バルコニーに通じるガラス扉の前に近衛兵と一緒に陣取った。


 ギルバートはバルコニーに出て、メルと二人きりになってから口を開いた。


「どういう事だ。ミミは今友人と一緒に居るはずなんだが」


 ミミというのはミリアムの愛称である。


「ご友人ですか?」


「ああ。クラーセン男爵のご息女で、フランカ嬢と言ったかな? 男爵の任期満了に伴って一緒に帰国するから、積もる話があるとかで。フランカ嬢とミミは同じ女学校に通っていたんだ」


 メルはギルバートの言葉に眉をひそめた。


「廊下のギャラリーを拝見してたら迷ってしまって……どうにかここに戻ろうと廊下をうろうろしていたら、変な若い男がミリアム殿下を抱きかかえて現れたんです。ミリアム殿下は意識がないようで、周りにお付の方がいなかったからおかしいなって思って……」


 メルが見たものを説明すると、ギルバートの眉間に皺が寄った。

 その皺は段々深くなっていく。

 そして、男が不埒な真似をしようとした所に差し掛かると、息を呑んで口元を押さえた。


「――じゃあ、ミミは今男に……」

「殿下はご無事です! 私が撃退しましたから。何故か騒霊現象が起こせてしまって……」


 蒼白になったギルバートに、メルは慌てて男を気絶(?)させた時の状況を告げた。


「お前が嘘をついているとは思わないが、まずはミミの居場所の確認が先だな……」


 彼はすぐにガラス扉に向かうと、大広間側で待機していたルイスをバルコニーに呼んで耳打ちする。


「ミミの居場所を確認して欲しい。今はフランカ嬢と一緒にいるはずなんだが、本当にそうなのか。メルがミミが攫われたかもしれないと言っている」


「メル? 例の亡者ですか? 今ここに?」


「ああ。舞踏会とノルトラインの美術品を見たいというから連れてきた。そんな事よりも早くミミの居場所の確認を」


「……かしこまりました。行ってまいります」


 ルイスは眉をひそめながらも承諾し、足早に去って行った。


 それを見送ってから、メルはバルコニーから大使館の建物の一角を指さす。


「不審人物がミリアム殿下を連れて行ったのは、二階のあの辺りです。壁抜けをして確認しました」

「……わかった。自分で動けないのがもどかしいな……」


 ギルバートは悔しげに唇を噛んだ。

 確かに第二王子という立場の彼が表立って騒ぐと大事になる。それは、未婚の王女であるミリアムの名誉を失墜させてしまう。


「私、ミリアム殿下の所に戻ります。あの男が目を覚ましてたらいけないので」


 額縁の当たりどころが悪く、死んでいたらどうしよう。ふと不安がよぎる。

 だけど、単に気絶しているだけで、目を覚まして再びミリアムを襲ったらと思うと、そちらも怖かった。




   ◆ ◆ ◆




 ミリアムの所に戻ると、メルが出てきた時のままの状態だった。

 ミリアムはベッドの中だし、男もまだ壁を背にして倒れ込んでいる。


 メルは、男に近付いて呼吸しているのを確認し、ホッと安堵した。


 許し難い犯罪者だが、死んでいなくて良かった。自分が引き起こした心霊現象のせいで命を落としたとなると、さすがに心が痛む。

 後はギルバートが駆け付けてくれるまで、意識を取り戻さないのを祈るのみだ。




 ギルバートがやってきたのは、体感で十五分ほど経過した時だっただろうか。

 彼は一人ではなく、クラーセン男爵夫妻やルイス、近衛兵達と一緒だった。


「ルーラント……! お前、なんという事を!!」


 男爵は男を見て叫んだ。


「ミミ、大丈夫か? ミミ!」


 一方でギルバートはミリアムに駆け寄り、体を揺さぶる。


「殿下、あまり揺らさない方が……」


 ルイスが声を掛けるのと、ミリアムが目を開けるのは同時だった。


「ん……、おにいさま……?」

「ミミ、意識が戻ったのか? 気分は!?」

「少し声を抑えてください……。頭がガンガンします……」


 顔を顰めながらもミリアムは体を起こした。


「ここは……? 私、フランカと一緒にいたはずなのに……」


 ぼんやりと辺りを見回すミリアムの視界を、ギルバートは塞ぐようにギュッと抱き締めた。


「何も無かった。何も無かったんだ、ミミ。体調が優れないようだから宮殿に帰ろう。ルイス、ミミを頼む」

「かしこまりました」


 ルイスは近衛兵に目配せすると、心得た表情で進み出た。


「夫人、ひとまず別室にミリアム殿下を移動させたいのですが、どこか使わせて頂けるお部屋はございますか?」


 ルイスの質問に、震えながら呆然としていた夫人は、ハッと我に返った。


「あ、は、はい。こちらに!」


 夫人が手で方向を示すと、ルイスはミリアムの傍に跪いて尋ねた。


「ミリアム殿下、歩けそうですか? 難しければ兵に運ばせますが……」

「大丈夫だと思うわ。肩だけ貸してくださる?」


 ミリアムはベッドから立ち上がろうとして首を傾げた。


「……靴が無いわ」

「こちらに」


 床に放り捨てられていた靴を、近衛兵が拾って持ってきた。


 彼はミリアムの足元に靴を置くと、犯罪者が彼女の視界に入らないよう、さりげなくガードするような位置に立った。もう一人の近衛兵も同様である。


 ミリアムは、ルイスに肩を借りて立ち上がる。

 そして、夫人の先導を受けて部屋を出て行った。


 ミリアムが居なくなってから、ギルバートは険しい目をクラーセン男爵と男に向ける。


「この件に関しては父に報告を入れた上で、当国としての対応を決めさせて頂きます。できればその男の身柄は引き渡して頂けるとありがたいのですが」


「……お断りします。彼は外交官です。しかも事件が起こったのは大使館内。ハイランドの法では裁けない」


 大使館にも外交官にも外交特権がある。

 男爵は震えながらきっぱりと断った。


「承知の上でのお願いです。そちら側もできれば穏便に済ませたいのでは? それとも、正式に貴国に抗議をさせて頂いた方がいいのでしょうか?」


 ギルバートは引き下がらなかった。これまでにメルが見た事がないほど冷たい目をクラーセン男爵に向けている。

 男爵は冷や汗をかきながらぐっと黙り込んだ。

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