幽霊令嬢と舞踏会 01
(わあ……!)
ノルトライン王国の大使館に足を踏み入れたメルは、目の前に広がった豪華絢爛な光景に心の中で歓声を上げた。
(すごい! 素敵……!)
ノルトラインはハイランドの東側にある隣国で、先日メルが絵を見損ねた画家、アルマン・クレオールの故郷でもある。
大使館の大広間には、かの画家の正真正銘の真作が、最も目立つ場所に飾られて存在感を放っていた。
この大広間自体も煌びやかに飾り付けがされている。
ノルトラインの名産であるクリスタルガラス製のランプや花瓶といった工芸品が至る所に設置され、あちこちに飾り付けられた季節の花々と一緒に彩りを添えていた。
そんな会場にも負けていないのは、貴婦人達が身にまとった様々な色のイブニングドレスである。
最高級のレースやリボン、ビジューで飾られたそれらを身にまとった彼女達は、誰もがシャンデリアのような輝きを放っていた。
そんな招待客の中でもひときわ目立つのは、メルをここに連れてきてくれた一対――ギルバートと、その妹のミリアム王女だった。
メルは大広間の空中にふわふわと浮かぶと、王家の兄妹を観察した。
二人とも父王譲りの金髪に青い瞳の持ち主で、華のある美形である。
顔立ちが派手なだけでなく、長身でスタイルがいいのもこの兄妹の共通点だ。
ミリアムが身に着けた淡い水色のドレスを、ギルバートのダークカラーのフロックコートが引き立てている。
今日、この大使館で開催されるのは、任期満了によりハイランドを離れるノルトライン大使のお別れの会だ。招待客は大使と親交のある貴族や資本家が中心なので、錚々たる顔ぶれである。
幽霊であるメルは、いつも同じデイドレス姿だ。
場違い感を覚えて恥ずかしくなるが、ギルバート以外の誰にも見えないからいいか、と思い直した。
(本当に綺麗……)
色の洪水に溢れた大広間の様子をうっとりと観察していると、壮年の男女がギルバート達に近付くのが見えた。
「お久し振りです。クラーセン男爵。今日はお招きいただきありがとうございます」
ギルバートが男性に挨拶をした。その名前に、メルは彼らが帰国するノルトライン大使夫妻なのだと悟る。
クラーセン男爵は、ギルバートから仕入れた予備知識によると、外交官として大変優秀で、その功績から爵位を与えられた人物らしい。
大使夫妻はギルバート達と挨拶すると、握手を交わした。
その時にメルは見てしまった。夫人がさりげなくギルバートの手に親指を擦り付けるのを。
ギルバートは一瞬頬を硬直させながらも、笑みを崩さす紳士的に応対している。
対する夫人は美貌の王子様にぽうっと
(うわぁ……)
メルはギルバートの女運の悪さを見てしまった気がした。そして彼に同情する。
身分にも容姿にも恵まれた王子様だが、いい事ばかりではないという本人の発言は本当だった。
画廊に連れて行ってもらった時と同じで、ギルバートには話しかけてはいけない事になっている。
近くにいるとつい声を掛けたくなってしまうので、メルはギルバートから距離を取った。
ノルトライン神話の神々を描いたクレオールの絵画に接近し、じっくりと眺める。
光と影の表現が豊かで、先日の悪魔が憑依していた絵画とは比べ物にならないくらい美しい。
ため息をつきながら見入っていると、ゆったりとした音楽が聴こえてきた。舞踏会が始まったのだ。
メルは空中で方向転換し、優雅に踊る人々に視線を向けた。
ハイランド王家の兄妹は、やっぱり特に目立っている。
ギルバートにはまだ決まった相手がいないので、夜会に出席する時のパートナーは、ミリアムか母方の既婚の従姉にお願いする事が多いらしい。
この二人が駄目な時は、あらぬ誤解を招かない為のパートナー選びに苦労すると聞いたので王子様も大変である。
ノルトライン大使館の舞踏会だからか、開幕の一曲目はかの国の民族舞踊だった。
メルにとっては初めて見聞きする様式のダンスだが、ギルバートもミリアムも難なく踊りこなしている。
(すごいなぁ、ギル様達)
優雅な二人の姿にメルは見蕩れた。
生前の自分も、赤毛の元婚約者とこうしてダンスを踊ったのだろうか。
記憶を探ってみるけれど、いつもと同じでちっとも思い出せなかった。
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