薔薇園の出会い 04

「お前、そんな事で自殺したのか」


 自殺に至るまでの話を聞き終えたギルバートは、呆れ返った表情をメルに向けてきた。


「お前と赤毛の男は、間違いなく婚約していたんだよな?」


「そうですね。たぶん父の紹介で知り合ったんだと思うんです。彼はよく家に遊びに来ていて……両親とも仲良くしていた記憶があります」


「そんな状態で別の女に乗り換えるなんて屑じゃないか。しかも相手の女は幼馴染みの親友? その女も屑だな。普通は親友の相手に言い寄られたらキッパリ拒否する。それをしなかったという事は、友人の皮を被った敵だな。フレネミーという奴だ」


 ギルバートは容赦がない。


「幼馴染みと婚約者が屑ならお前は馬鹿だ」


 ギルバートに心底呆れ返った顔を向けられ、メルはムッとした。


「なんで私が馬鹿なんですか」

「自殺なんて馬鹿な真似をしたからに決まっている」

「う……」


 自分でもそう思っていたので言い返せない。


「いいか、浮気は性癖だ。する奴はするし、しない奴は一生しない。そして一回浮気をした人間はもう一度やる確率がかなり高い。なぜなら性癖だからだ!」


「性癖は言い過ぎではないでしょうか……」


「いや、性癖だ。断言してもいい。そういう連中は、浮気や略奪の背徳感やら優越感やらに快感を覚えて興奮する性癖があると思え。誠実でまともな人間は男女問わず決してそんな真似はしない」


 ギルバートはビシッと断言した。恋愛関係で何か嫌な思いをした事があるのだろうか。


「お前は結婚前に屑が二人炙り出せたのを喜ぶべきだったんだ。考えてみろ。結婚後に発覚する方が最悪だぞ。離婚は簡単にできないからな」


 離婚は制度として認められているが、どちらに非があるのかを明確にした上で国の役所とハイランディア教団に申し立てをしなければいけない。

 互いの言い分が食い違ったり、慰謝料や持参金、子供の戸籍の行方で揉めて、裁判になることも珍しくない。


「お前はそんな奴と結婚せずに済んで幸運だったんだ。ついでに元婚約者と幼馴染みの動向を観察しておけば楽しめた可能性もあっただろうに」

「楽しむ?」

「ああ」


 首を傾げたメルに向かってギルバートは意地悪そうな笑みを浮かべた。


「いいか、その手の男はそのうち次の浮気をする。それを待って二人を嘲笑ってやれば良かったんだよ」


「幼馴染みは凄く美人なんです! 顔は覚えてないんですけど……プラチナブロンドにセルリアンブルーの瞳が儚げで、守ってあげたくなるような女の子でした。だから浮気をするとは思えません」


 メルの反論は鼻で笑われた。


「容姿なんて一過性のものだ。老いたら衰える。そもそもその前に浮気性の男の場合、女が妊娠した時が危ないだろうな」


「そう簡単に仰いますけど、浮気しなかったら幸せそうな二人を見てダメージを受けるのはこちらですよ……?」


「その時はその時だ。裏社会の業者に依頼してハニートラップを仕掛けるとか、どうにか親の伝手でよりハイスペックな相手を見つけるとか、見返す方法は他にも色々あるだろ」


「ハニートラップなんて王子様が勧めていいんですか……?」


「この発言が表に出たらまずいが、お前は誰にも見えない亡者だからな。誰にも告げ口なんてできないだろうから問題ない」


 メルはギルバートの発言に、ぽかんと目と口を開けた。


「女の腹が大きくなった辺りで男の好みのタイプをけしかけたら、たぶん高確率で落ちるぞ」


 こっそり心の中に抱いていた理想の王子様像が砕け散った。

 二十四歳の若い男性と考えれば年相応なのかもしれないが、見た目と発言の下種さの落差が凄い。


「……随分浮気男の生態にお詳しいようですが、実体験ですか?」

「失礼な。私ではなく、学友に酷いのが居ただけだ」


 ギルバートは舌打ち混じりに否定した。


「私はそんな真似はしない。むしろ女は苦手だ」

「そうなんですか? そのお顔と身分でしたら選びたい放題でしょうに……」

「この顔と身分に寄ってくるのは肉食獣みたいなのが多いんだ……」


 うんざりとした口調だった。


「兄上の所に既に子供が三人生まれているから、比較的自由に選んでいい事になっているんだが……社交界で近付いてくる女性もその親もギラギラしていてちょっと……」

「奥ゆかしくて大人しい女性を探せばいいじゃないですか」

「どこにいるんだ教えてくれ」


 被せ気味に言われ、メルはギルバートの苦労をなんとなく察した。ギルバートが好むタイプの女性は、きっと身分に気後れして近付いて来ないのだろう。


「このまま良い女性が見つからなかったら、そのうち痺れを切らした両親が縁談を持ってくると思うんだ。たぶんその中から適当に選ぶ事になるんだろうな……」

「王子様も大変なんですねぇ」


 遠い目をしたギルバートに同情すると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……変な幽霊だな、お前。調子が狂う」

「そうですか? 自分ではよくわからないです」


 メルは眉を下げてぽつりとつぶやいた。


「生き返りたいとか、元婚約者や家族に復讐したいとは思わないのか?」

「生き返りたいとは思いますけど、もう死んじゃってますから……人の体を乗っ取ろうとは思わないですね。そこまではしたくないです。……復讐は、記憶が曖昧で相手が誰か特定できないから無理ですね」


 ぽつりぽつりと話す自分は、おそらく情けない顔になっているはずだ。


「かと言って、冥府に行くのは少し怖いかも……聖典に書かれている事が事実なら神の審判を受ける事になるんでしょうけど、実際どうなのかは行って帰ってきた人がいない以上わからないですから」


 メルは一度ここで言葉を切った。


「ここに入り込んだのは、奇蹟の青薔薇を見てみたかったからなんです。せっかくだから普通では見られないものを見てみたいなって思って」


「なるほど」


「あっ、そうだ。私、そういうものを色々見て回りたいなと思います! この宮殿の宝物庫とか、国立美術館のバックヤードとか、聖ルーグ学院とか!」


 最後に挙げたのは、上流階級の子弟の為に作られた寄宿制の男子校だ。ギルバートもこの学院の卒業生である。


「前の二つはまだわかるが、学院にいいものはないと思うぞ」

「女子禁制の男の園ですよ! 薔薇の花園があるに決まってます!」


 『薔薇の花園』とは男性同士の道ならぬ恋を表す隠語だ。


「あるんですか? ないんですか? 実際の所どうなんですか!?」


 ずいっと迫ると、ギルバートは嫌そうな顔をした。


「ない……と言いたいが、やたら距離の近い気持ち悪いのはいた……」


「いるんですね!」


「……大衆娯楽小説の中でそういうものが女性に人気なのは知っているが、現実は気持ち悪いだけだ。そこらにいる男に目を向けてみろ。物語の中のように美形ばかりじゃないだろ」


「確かに……」


 メルが納得すると、ギルバートは疲れた表情でこめかみに手を当てた。


「どうしても行きたいなら止めはしないが……。一応忠告しておく。首都からは出ない方がいいぞ」


 ぽつりと言われ、メルは首を傾げた。


「地方は首都の中ほど安全じゃないからな。強い力を持つ悪魔や悪霊と出くわしたら、お前みたいな弱くて能天気な亡者は食われるかもしれない」

「食べられたらどうなるんですか?」

「吸収されて消滅する」


 ギルバートの回答にメルは目を見開いた。

 死後の人間の魂の行き着く最終的な行き先は、たとえとんでもない大罪人であろうとも転生の輪だとされている。


「それって生まれ変われなくなくなってしまうという事では……」

「ああ。消滅したくないなら、なるべく首都の中で過ごすんだな。祓魔師が頑張ってるから比較的安全だ」

「そうします!」


 即答したメルに、ギルバートはフッと笑った。


「宝物庫の場所は教えてやれんが、宮殿内のギャラリーでいいなら案内してやる」


「いいんですか?」


「……お前はそんなに悪い亡者ではないからな。だが、満足したら出て行ってくれ」


「そうですね。殿下にこれ以上ご迷惑をお掛けするのは私も申し訳ないです。色々な所に行き倒して、冥府に行ってもいいと思えたら、ミストシティ大聖堂のニコラス猊下を訪ねてみようと思います」


「……やっぱりお前は変な亡者だ」


 ギルバートは呆れた表情をしながらソファから立ち上がった。


「行くぞ。ギャラリーはこっちだ。付いてこい」


 どうやら本気で宮殿内を案内してくれるみたいである。

 情けない姿を見てしまったがいい人だ。ちょっと尊大だが、王子様だと思えばあまり気にならない。

 そんな彼の姿が眩しくて、メルは思わず目を細めた。

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