第15話 間接キス シキヨクシャ(色欲者)
ミレの突然の予想だにしなかった質問の投げかけに、チトセは呆然と立ち尽くしている状態だ。ミレは両手を腰にやり仁王立ちしている。
「聞こえなかったのか? チトセ同学生」
今の彼の耳には届いていない。そんな彼にミレは彼の目の前で大きく手を振る。今の彼の視界は、ぼんやりして彼女の存在を認識など出来ていない。
「黙秘権を行使しているのか?」
「………」
「聞こえないふりか? ならっ! 致し方ないな」
そう言うと彼女は彼女の方に両手をかけ背伸びする。そして彼女は大きく息を吸って準備完了させる。
「おい!!!!!」
その絶叫に耳を押さえて彼は
彼女は彼が無視を決め込んだんだと思い込む。なので怒りが込み上げてくる。彼女は脚を高く上げる。そして、それをチトセの肩へと目掛けて振り下ろそうとする。
一方、彼は彼女が振り上げた脚の行方を追う。彼女の
彼は素早く立ち上がり彼女の手首を掴み引き寄せる。勢いよく引っ張ったので彼女の頭が彼に迫ってくる。彼女のおデコが彼の鼻に激突する。彼は再び蹲ってしまう。
彼女は彼に助けてもらったのはのは理解している。しかし、彼女は自分のおデコが当たったのには気付いていない。なので彼が再び無視を決め込んだのだと勘違いしているのだ。
「みっともないぞ! チトセ同学生。早く立ち上がれ!!」
語気の強い彼女の言葉に彼は反応する。しかし鼻と耳が痛い。なので、ゆっくりと立ち上がる。そんな彼に彼女は怒りを
「認めろ!」
「なっ、何をでしょうか?」
「尻を触ったことだ」
「触ってませんよ」
「じゃあ、何だ!」
「
「
「そっ、そうじゃなくってですね。ハンカチを摘んだんです」
「そのついでに欲情して抓ったのか?」
「欲情なんかしてませんし、抓ってもいません」
「それはそれで失礼じゃないか!」
「あぁ……」
「私を男だと思っているのか?!」
「…………おっ、思ってませんって」
「じゃあ、なぜ間があったんだ?」
「ありましたっけ?」
「あったぞ!」
「すみません」
「やっぱり男だと思ってるんだな?」
「違います。男勝りだよな〜とは思いましたが」
「男ってことじゃないか!」
「性格が……なっ、何でもありません、はい」
「んっ?」
「どっ、どうなさいましたか?」
「質問いいか?」
「どの様な?」
「チトセ同学生の犯罪行為以外の事だ。安心していいぞ」
「……でしたら、どうぞ」
「チトセ同学生?」
「外見は男っぽくて、性格は女々しい人が好きなのか?」
「えっ……」
「答えるんだ!」
「ちょっと意味が……分かりかねます」
「好みのタイプを聞いているんだ? バカなのか?」
「別に……そういう訳では」
「雑種か!?」
「えっ…………」
「
「あの〜っ。どうして、その様な事を聞くんでしょうか?」
「私は何なんだ?!」
「えっ…………女性です」
「間は何なんだんだ! やっぱり男だと思ってるんだな!」
「思ってませんよ。私は何なんだと言われたので理解が追いつかなくて、はい」
「どうして私には興味を持たないんだ! おかしいぞ!!」
「と言われましても…………」
「
「そんなんじゃありませんよ!」
「なぜムキになる? それが答えじゃないか!」
「違いますよっ」
「と言うことは……あれなんだな? そうなんだな!」
「何でしょうか?」
「女性ならコガレさん、男性なら…………キズナ君なのだろぅっ」
「コガレじゃありませんてっ」
「じゃ……キズナ君に関しては認めるんだな?」
「今はキズナは関係ありません」
「キズナ君は何の関係ないのかぁ?」
――んっ? 今はキズナの話じゃなくてコガレについて話そうって言ったつもりなんだけどな。ああっ、キズナとの事を疑いの目で見てるのかぁ。はぁ〜
「どっ、どうなんだぁ」
「心配している様な関係じゃありませんよ」
「ほっ、本当だな?」
「本当ですって」
「信じていいんだな?」
「はい」
「嘘付いたら……なっ、なんでもない。それよりだ! チトセ同学生?」
「なんでしょう?」
「コガレさんがいるのに、なぜチアキを付け回しているんだ」
「してませんって」
「ほぉ~、そうかそうか。確たる証拠を持ち合わせていないからな。今は泳がせておいてやる」
「それはどうも」
「その返事は見逃してくれて感謝すると受け取れるぞ! 自覚はあるんだな!!」
「違いますって」
「まぁ、いいだろう。そのうち証拠を目の前に叩きつけてやるぞ」
「…………」
「チトセ同学生のせいで話が大幅に脱線したじゃないか!」
――それをアナタが言いますかぁ
「おい! 聞いているのか!」
「……はい」
「私の尻を触ったろっ!」
「だから触ってませんて」
「己の良心に誓って言えるか?」
「もちろんです」
「ほぉ~、その表情と声のどちらも嘘がないように感じた」
「ですから触ってないんです」
「キミはスパイなのか?」
「いっ、いきなりなんですか?」
「闇で暗躍してるのか?」
――もしかして自分から何かを感じ取ってるのか? あり得ないことことだけど……彼女だしな
「なぜ黙る?」
「……ちょっと意味が……」
「夜な夜な薄がりの中で鏡に向かって自分の声でスマホに録音したスパイに対して投げかけられそうな質問を再生して表情と声のチェックをしているんだろ?」
「……何を言っているんですか」
「病気だな?」
「何の病気だって言うんです?」
「中二病だ!」
――そんな発想ができるアナタの方が
「認めたくないのは分かる。ウチの近所にも中二病の患者がいる。だから分かるんだ」
「認めるも何も、違いますって」
「チトセ同学生は精神の鍛錬と思い込んでいるのだろう。しかし、それは嘘を付く練習でしかないぞ。無駄な事はやめるんだ」
「してませんってっ!」
「恥部を覗かれてるようで恥ずかしいのだろう?」
「違いますよ」
「違うって言葉が好きだな! 嘘を付くから言わなければならなくなっているんだぞ」
――言わせているのはアナタ様ですよ
「嘘ばかりを付く大人になっては駄目だ! 気が付いた時には周りには誰もいなくなるぞ!」
「だから違いますって」
「認めたくはないのだな!」
「そんな事してませんし、嘘も付いてません」
「どうしても私の尻を触っていないと言い張るんだな」
「そうです……いや触ってません」
「引っ掛からなかったな。いいだろう。認めさせてやる」
「私が認めるとすればハンカチを摘んだ事だけですよ」
「ほぉ〜そうか。あの日、私は気絶していたよな?」
「そうですよ」
「その中で時折ではあるが、私は
「えっ……」
「その反応は何だ?」
「そんな感じはしなかったので」
「だから犯行に及んだんだろ?」
「何度も言ってますが違いますって」
「尻と顔に感触があった。それは間違いない」
「ですからハンカチを」
「あれ〜、おかしいぞ」
「何がです?」
「私の顔を触ったことは即座に否定しなかった。尻に関しては激しく否定するのにだ。なぜだ?」
「…………それは認めます」
「素直でよろしい。尻も認めて楽になるんだ! チトセ同学生!!」
「それに関しては違うんです」
「違う違う、うるさいぞ。致し方ない。息の根を止めてやる!」
そう言うと彼女は距離を詰めてくる。彼は後退りする。意外なことに彼女は立ち止まりスマホを取り出し画面を操作している。
「これを見ろ!」
その画面の中には、イチゴ狩りの時の彼と彼女が映っている。それは彼が彼女のハンカチに手をかけようとした場面で止まっている。
「これは……」
「認めるか?」
「どうして持ってるんですか? 撮ってたんですか?」
「知りたいか?」
「……はい」
「意識が朦朧としていたのは聞いたよな?」
「はい」
「尻と顔を触られて、しばらくした後に頭に感触があった瞬間に私は完全に目覚めた。そして、腕が見えたので手首を
「……はい」
「それで彼女に私の尻と顔に触れたか聞いたんだ。彼女は否定した。私が警察に通報すると言ったら、映像を見せてくれたんだ。理解したか?」
「…………」
「無視か?」
「……いへぇ」
「イチゴを摘みに来たんじゃなかったんだな?」
「えっ!」
――まさかコガレのヤツ、バラしたのか? いやそれは有り得ない
「私は知ってるぞ」
「……なっ、何をでしょうか?」
「イチゴ
「……違います」
「やっばりチアキをストーカーしてたのか?」
「違います」
「まさか果樹園荒らしは貴様か?」
「違いますよっ!」
「冗談だ」
「えっ……」
「今まで、からかっていたんだ、チトセ同学生」
「…………」
「怒ってるのか?」
「……いえ」
「映像を見てなかったら本当に通報していたぞ」
「あっ、はい」
「コガレさんに感謝しろ。映像を見せながら必死に誤解を解いてくれたんだ! 逆恨みはするなよ?」
「はい」
「映像の続きがあったようだが、それは見せてくれなかったな? 知ってるか?」
――本当の事を言うべきか
「まぁ、たいした映像じゃなかったんだろう」
――助かったのか?
「他に何か
――さっき見たこと言うべきか
「その反応ならあるんだな?」
「見てしまいました」
そう言うと彼は俯く。彼女は腕組みを始める。
「何をだ?」
「その〜」
「さっさと言うんだ」
「……下着を」
「あの時、私はスボンだったぞ! 脱がせだったのか?!」
「違いますっ! さっき脚をそちらが上げた時に……」
「なんだ。そんな事か。謝らなくてもいい」
彼は恐る恐る顔を上げる。彼女は言葉とは裏腹に顔を赤らめている。彼は申し訳なく思う。沈黙が続く。
「あっ、そうだ」
「いきなりどうした? チトセ同学生」
「ハンカチをお返ししないと」
そう言うと彼はリュクからビニールに入れたハンカチを取り出す。そして彼女に差し出す。
「これお返しします」
「いっ、いらない。くれてやる」
「えっ……」
「くれてやるって言っているんだ。さっさとしまえ」
彼はブレザーのポケットにしまう。彼女の顔は更に赤くなっていく。よほど恥ずかしかったのだと彼は察する。
「明日、教室でお返ししますね」
「私はいらないと言っている。いらないなら誰かにくれてやるといい」
「しかし……」
「絶対に受け取らないからなっ」
「でも」
「あっ、そうだ。喋りすぎて喉が乾いたな」
そう言うと彼女はポケットの中に手を突っ込む。しばらくすると、そのままの状態で彼の顔を見る。
「財布を忘れたみたいだ、チトセ同学生」
「そっ、そうですか」
「お金貸してくれないか?」
「あっ、はい」
「悪いな。私が借りた二千円に足しておいてくれ」
「分かりました」
彼女が自動販売機に目をやる。そこへ彼は走り出す。そして財布を取り出し硬貨を投入したところで振り返る。
「何を飲みますか?」
「そうだな〜、スポドリにしてくれ」
「スポーツドリンクですね」
彼女が頷く。それを確認した彼はボタンを押す。そして取り出しフタを開けて、両手で差し出す。
「気が利くんだな」
「いえ」
彼女は口を付けると顔を上げ飲みだす。ゴクゴクという音と共にに彼女の喉元が動いている。彼女の顔が下がると視線が合う。
「飲みたいのか?」
「いえ、全く」
「遠慮するな。気が利かなかったな。私だけ飲むのは悪いな」
そう言うと彼女は缶を差し出す。というより持った手を彼の胸に押し付ける。彼女の好意を無視するわけにはいかない。それで彼は受け取る。
「飲まないのか?」
「いやぁ〜」
「私の飲みかけは嫌か?」
「そちらが嫌かな〜と」
「私は気にしないぞ。なら飲めと言ったりはしない。逆ならお断りだが」
「ですよね」
「失礼じゃないか!」
「私が飲むのが嫌じゃなくてですね」
「なら飲むといい。貸してもらったお金で買って飲むのは申し訳ないからだ。私の金で買ったのなら飲ませたりはしない」
「お優しいんですね」
「当たり前のことだ」
「潔癖症なのか?」
「いえ」
「なら飲めるんじゃないか?」
「ですかね?」
「チアキの飲みかけならどうだ?」
「…………」
「分かりやすいな、チトセ同学生は」
「ちっ、違いますて」
「今の違いますは当たってますって意味だな。私には分かる」
「わっ、分かりましたよ。飲みますよっ。いいんですね?」
「さっきから、そう言っているぞ」
彼は缶を口元に運ぼうとする。しかし、腕が重く感じる。それで、なかなか上がらない。
「そこの女学生!」
すぐに彼には誰だか分かったミレは
「…………キズナ君」
「私をご存知で」
「あっ、はい」
「どちら様でしたっけ? 見覚えが有るような無いような」
「何しに来たんだよ?」
「偶然通りかかったんです、兄上」
「はいはい」
敢えてチトセは割って入った。それはミレを思ってだ。自分の存在を気にしてもらえないのは痛いほど理解できるからだ。時折、見ているだけで相手は気づいてすらいない。彼の場合は敢えてそうしてるので仕方ない。しかし、彼女の場合は認識して欲しくて堪(たま)らないはずだからだ。
「おい、帰れ」
「いま来たばかりですよ、兄上」
「偶然通りかかったなら構わないだろ」
「あんまりです」
「あのう〜」
ミレの声に二人が注目する。ミレは俯いている。
「顔から汗が噴き出してるよっ、キズナ君」
「お気になさらず」
「気にしろ! 拭けよ。暑苦しいんだよ」
「そんなことないっ!…………ですぅ」
突然の彼女の大声に二人は驚く。そして二人は顔を見合わせる。
「汗拭いたらハンカチで」
「私はハンカチを持ち合わせていない」
仕方ないのでチトセは後ろホゲットに手を突っ込む。そして、ハンカチを取り出そうとする。
「そっちじゃなくて、チトセ同学生っ」
その言葉に手が止まる。そして一瞬だけ思考も止まる。しかし、すぐに彼は理解した。それで彼はブレザーのポケットからビニールに入ったハンカチと取り出す。そして、キズナに差し出す。一瞬だけ戸惑ったが、キズナは笑顔で受け取る。
「早く拭けよ」
「はい、兄上」
そう言うと彼は拭き始める。チトセはミレを見る。すると彼女はぼんやりと眺めている。彼は彼女を邪魔しては悪いと思う。それでキズナの方へと向き直る。
キズナが拭き続けているとハンカチがビショビショになり色が濃くなっていく。雑な拭き方と飛び散る汗に暑苦しくなる。なので顔を逸らす。
しばらくするとチトセの手が軽くなる。と感じた瞬間にに彼はキズナを見る。彼が手を伸ばそうとしたが間に合わない。缶を持ったキズナが一気に飲み干す。
「なんで勝手に飲んだんだ!」
「そんなに怒らなくても」
「ったく」
そう言うと彼はミレを見る。彼女は顔を真っ赤にしている。目の焦点が合っていない。彼女は背を向け走り出す。蛇行しながら遠ざかっていく。
「追っ払いましたよ、兄上」
その言葉に腹が立ちチトセは背を向け歩き出す。
「兄上」
「そこから動くなよ!」
「どうしたんです」
「動くなよっ!!」
「分かりました。しかしハンカチはどうすれば?」
「それは俺んじゃねぇ」
「では誰のですか?」
「お前が追っ払ったと言った彼女のだ」
「あの女学生ですか」
「ミレさんだ」
「そうなんですね」
「いいか? ミレさんだ。絶対に名前を忘れんじゃねぇぞ」
「はい」
「そのハンカチ、洗って彼女、いやミレさんにお前が返すんだ。ちゃんと礼を言えよ。その際、彼女の名前を先でも後でもいいから言ってあげろ」
「承知致しました」
「それが出来たら、この間の事は水に流してやる」
「あっ、はい」
彼は受け答えしていたがチトセの真意が分からない。チトセの背中を見送りながら立ちすくむ。
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