第36話 “びびり八段”、ケツアタックで危機一髪
“わけ知り顔”と“びびり八段”は、研究室を出てドタドタと不格好に走りながら一階へ戻ってくると、トイレやリビングの入口に血がむごく
「“エクソシスト”……“善人だが浅慮”……」
現場に落ちていた遺品から犠牲者ふたりを推察し、故人を
“びびり八段”から監視組がほぼ死んだことを伝えられてはいたが、いざこうして
トイレの壁にえがかれていた文字は、血が垂れることですでに読みとれる状態ではなくなっていた。
「おじゃましまぁす……」
リビングと廊下をつなぐドアは、旧デス畳によってすでに破壊されており、その
和室の入口の戸もまた、旧デス畳によってぶち壊されもはやひとつの大きな穴となっている。
そこからでは角度がわるく、奥までは見えないが、入口のあたりに“電波喰らい”が死んだあかしであるワイファイマーク
「し、新デス畳は」
ゴクリと、周辺にもきこえるほどの音量でつばをのみながら、“びびり八段”が声をあげた。
新デス畳は――
「います、ね……」
そう応じたとおり、人が腕組みをして壁にもたれるような格好で、新デス畳は縦になって和室の奥の壁へともたれかかっていた。
大きな目は閉じており、身じろぎもしないので、眠っているようにも見える。
「いまなら……?」
ふたりで顔を見あわせたのち、こっそりと和室へと踏み入った。
“お嬢さま”が推測したとおり――新旧どちらのものかはわからぬが、いぐさがこぶしでつかめる程度の量散らばっている。
音を立てないように、息を殺しながら入室したふたりは、研究室から
多ければ多いほどいい、というメカ畳の
デス畳がバスを破壊、また逃げた面々を
そとはすっかり夜もふけており、慎重にいぐさを収集するふたりをはげますように、コオロギなどの虫のオーケストラが何層にもかさなって美しくひびいている。
そのとき――
バサッバサッ
と、大きな鳥が羽ばたくような音がふたりの耳をおかした――
その音は、デス畳が羽ばたいたときの姿を、そしてそのときに生まれた言葉にできないほどの恐怖を、そのままふたりの胸に再現させた。
「ウウウワァァァァァ!!」
おぼえず、さけんでしまった“びびり八段”のことを、いったいだれが「臆病者」と嘲笑することなどできようか。
事実、かたわらにいた“わけ知り顔”は苦言を呈すこともせず、いかなる異変も見のがすまいとメガネをクイッとあげて窓のそとをじっとにらむ……
そこから旧デス畳が
「…………ふぅ」
ほっと
「…………タミ?」
低いうなり声が、自分の頭のすぐうしろでひびいてきたのだ。
新デス畳が――目をひらいてこちらを
「ウワァァァごめんなさいごめんなさい!! 自分たちはデス畳さんのいぐさを集めさせていただいてるだけでデス畳さんになにかしようだなんて気もちは一切なく……」
とすさまじい速度で、土下座世界大会があったのであれば「これぞ本場日本よ」と絶賛されていたであろうジャパニーズ土下座を“びびり八段”が展開し、同時にきかれてもいない弁明をもたれ流しはじめたことで「い、いけません!」と“わけ知り顔”があわてて阻止しようとする。
その「いぐさを集める」という行為の意味が理解できたとも思えぬが、うろんげに眉をひそめた新デス畳はため息をもらし、ゆらりと垂直に立ちあがった。
まるで、「たかが小バエにすぎないが、部屋に入ってきて目ざわりだから殺すか」とでも思っているような、
「あああごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
さらに詫びをつらねる“びびり八段”の土下座は、ごめんなさいを
やがて、その尻はひとつの山かと思えるほど、天を刺すほどの高度となった。
「お詫びの度合いと尻の高度は比例する」という説は
とはいえ――これまでの動きを見るに、デス畳がこうした
であるのにもかかわらず、必殺の間合いにまでふぅらりと“びびり八段”のそばへ寄った新デス畳は、そのお詫びぶりを見てピタリと停止した。
「……?」
デス畳にタックルしようか、しかし自分の貧弱な
(もしかしたら、“びびり八段”氏のこの謝罪がデス畳の「真心」とでもいうべき
そんな疑問をいだいていると、メキメキ、という音がどこかからもれきこえる。
「メキメキ?」
音のみなもとをたどると、どうも、天井からひびいてくるようである。
“びびり八段”もまた、頭を低く低く床につけながら、また尻を高く高くあげたまま器用にぐりんと首をねじって天井を見あげた。
メキメキという音は
そのときであった。
ドォンという心臓をわしつかんでおどすかのごとき爆発音がとどろき、天井に大穴があいたあと、地獄の使者がはてまで追いすがるようなネチャリとしたうめき声が部屋に満ちていくではないか。
「タミィィィ……」
天井を喰い破って和室の中心に降り立ったのは――むろん、旧デス畳である。
その真下にいたのは“びびり八段”であるが、はたして
いや、見よ。
野生のカンとでもいうべき察知力か、はたまた偶然の
そうして自身の無事を得たのだが、一方でそのずれた先には“わけ知り顔”がおり、尻もちをついた彼の両足のあいだにはデス畳のカドが刺さっている……
「ウウウワァァァァァ!!」
その状況に気づいた数瞬ののち、“びびり八段”は本日一番の絶叫を発した。
デス畳の二枚の畳は、“わけ知り顔”の右足をいまにも
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます