第14話 行きづまる対策会議


「“お嬢さま”、あぶない!」


 という声が“カタブツ”から発せられたのもつかのま、デス畳とちがって目が浮かんでいるわけではないのだが、ライオンが獲物えものを狩るがごとき迫力を発し、高く跳ねたミニ畳が“お嬢さま”目がけて急降下していく。


 ドズン……


 勢いよく、ミニ畳となにかが衝突する音がした。


「ウウウワァァァァァ!! “お嬢さま”が、“お嬢さま”がミニ畳にわれちまったぁぁぁぁ!」


 即座にそう絶叫したのは“びびり八段”だが、しかし、刮目かつもくして見よ。


 “お嬢さま”はまったくの無傷であり、そのすぐ背後でミニ畳がムカデを押しつぶしていたのだ。

 どこからか侵入し、“お嬢さま”の足にみつかんとしていたムカデを退治たいじったようであった。


「あら、あらあらあらわたくしを助けてくれましたの」


 “お嬢さま”が声をかけると、ミニ畳は一度チラリと“お嬢さま”をあおいだあと、得意げにバンバンとさらにムカデをつぶしていく。

 ムカデはすでに息絶えているのだが、そのさまはまるで親にほめてほしがるこどものようでもあった。


「いかがでしょう、少なくとも敵対はしてなさそうではございませんか? わたくし、この子が気に入りました。わたくしがちゃんと見ていますから、今回はお見のがしくださいまし」


 “お嬢さま”はほほえんでミニ畳のフチをまたなでてやる。

 ミニ畳は畳とは思えぬほどふにゃふにゃと、やわらかく波打った。

 虫におそわれるというささやかな窮地きゅうちといえど、“お嬢さま”を助けようとしたらしい姿勢に疑う余地は少なく、決定的な反論も出てこなかった“カタブツ”は腕を組んでうなずいた。


「うむ……悩ましいが、ぼくもよく見ておこう。何度もたたいてようやく虫を殺せる程度なら、もし万一の事態があってもそこまでのことはできないだろうし。しかし、それにしてもふしぎだ。徐々にではあるが、殺したムカデを吸収していくようじゃないか。デス畳が殺した人々の血や肉が、本来あるべき量よりずいぶん少ないように感じていたが、表面でそれらを吸収していたからだったのか……」


 その言葉のとおり、玄妙げんみょう不可思議ふかしぎにも、ミニ畳の表面へとムカデの死骸しがいがゆっくりと溶けるように消えていった。

 黒ずんだ汚れさえもふくしていき、あとにはいつもどおり淡いグリーンのいぐさだけがのこる。


 “わけ知り顔”がズズイと出てきて、クイッとメガネをあげる。


「これは、『毛細管現象』かもしれませんね。スポンジがまるで魔法のように水を吸収するしくみのことです。いやはや、そう考えてみれば、このミニ畳氏を観察することでデス畳の弱点を見つけることができるかもしれません。有用性をひとつ見つけることができましたね」


「でも血だけじゃなくて肉も吸いとってるけど、スポンジと同じに考えていいの?」


 “びびり八段”がめずらしく絶叫せずに指摘をすると、“わけ知り顔”はニヤリと笑ってメガネをクイッとあげた。

 得意げな表情のわりには、追加の理屈はなにも出てこない。おそらくわけ知り顔で適当にそれっぽいことを言ってみただけで、主張を押しとおすだけの材料がなんもなかったのであろう。


「まあ、ひとまずミニ畳のことはいいんじゃないか? それより、一度状況を整理しよう」


 “中型免許”が進言すると、同意するもの、ため息を吐いて現状へのいら立ちをにじませるもの、よくわからないからあほづらで中空ちゅうくうを見あげるものなどいつつ、おおむね皆が視線をむけた。

 その脇で、“お嬢さま”がふと、ミニ畳のフチに鉄らしき金属が混じっていることを見とめ、首をかしげるが、“カタブツ”がしゃべりはじめたためそちらに顔をむける。


「そうだな、まずデス畳というモンスターについてだ。二畳でひと組になっていて、二体いる。そのうちの一体、先に姿をあらわしたほうを仮に旧デス畳としておこう。旧のほうは鎖で拘束ができたはずだが、いまも縛られたままでいるのか、あるいはもう一体の新デス畳が解放したのか不明だ。二畳を翼のように羽ばたかせて空を飛ぶこともできるが……いまもまだあの和室にいるのだろうか?」


「さっき偵察班をつくって、見てきた」


 “中型免許”が応じる。


「理由はわからないが、新デス畳はそとへ逃げ出したメンバーを殺してから、また和室へともどってきていた……。おれたちが見たときは、しずかにしてたし、拘束に成功した旧デス畳も、鎖に巻かれたままでバタバタうめいてたよ。なにか会話をしながら怒鳴っていたようにも思えたんだが、聞こえる距離にはとてもじゃないが行けなかった……」


「そう、少なくとも新デス畳のほうだが、日本語が通じる可能性がある。なんとか説得なり、交渉なりすることはできないだろうか?」


「もしも、彼が言語を解するならば」


 ひかえていた“悪魔ばらい”がおごそかに語りだす。


「あるいは私がはらうこともかなうかもしれません。悪魔がいて、あのような魔相まそうに変じた可能性があります」


「頼もしいな、“悪魔ばらい”……! しかし積極的にこちらから語りかけてみるか、必要に迫られてからにするかは難しいところだな……」


「まず語りかけてみるべきです」


 “善人だが浅慮せんりょ”がくちばしをさしはさむ。


「言葉がわかるのなら、誠心誠意訴えれば私たちの思いは通じるはず。デス畳側にもなにかの事情があるに決まってます」


「でも、敵意もなにも示してなかった“マナー講師”も殺されたんだぜ? 事情はそりゃあるかもしれないが、へたに接触することで逆におそってくる可能性もあるんだし、『言葉がわかる』のと『人間と同じように考える』は別なんじゃ……」


 考えが浅かったのか、“善人だが浅慮”がぐうと口をつぐむ。


「そもそも、デス畳の目的はなんなんだ? 腹を満たすためにおれたちをおうっていうのか。それともただ単に気に入らないからとか、大した理由もなく殺してるのか? “ふくよかな尻”が最初殺されなかったのはなぜだ。逃げたあとに殺されちまった理由は?」


 “中型免許”が疑問をていするが、だれもこたえられず、沈黙が代わりに部屋に満ちていく。

 少しの時間ののち、“わけ知り顔”がメガネをクイッとあげた。


「大切なのは、『考えてわかること』と『考えてもわからないこと』を区別することではないでしょうか。デス畳から話を聞ければまだしも、聞くのにもリスクのある現状、デス畳の目的に関しては明らかに『考えてもわからないこと』であるというのが私の意見です。それに、『腹を満たすためかどうか』だけでいえば、ミニ畳を観察し、彼がなにか食事らしきものをするかどうかで推測することはできるでしょう。もしかしたら、先ほどのムカデの吸収が捕食に相当するのかもしれませんし……」


 “カタブツ”がそれを聞き、深くうなずく。


「たしかに、“わけ知り顔”の言うとおりかもしれない。そうすると、いまぼくたちの第一目標と言うべきは」


 一同をぐるりと見まわし、力強く告げる。


「どうにかして、ここから生きて逃げ出すことだ。デス畳を倒す、あるいは無力化することができればそれでもいいが、“ゴリラ”をはじめ腕におぼえのある面々が殺されてしまったいま、それも難しいだろう……。たとえばだが、いまいる15人を3~4人ごとに分けてチームをつくり、分散してふもとを目指すのはどうだろう。さすがに一気にはおそえないんじゃないだろうか」


「ふもとがどの方角かもわからないような山奥で、しかも登山に慣れたメンバーもいない。仮にデス畳からのがれたとしても、遭難してしまったら結局生きて帰れないぞ。運のわるいチームから犠牲になっていく結果にもなりそうだし」


「しかし、どうなんでしょうか。先ほどはたしかに逃げたメンバーをデス畳がおそったようですが、逃げたら必ず追いかけてくるものかはやや疑問が残りますが……」


「実は“誹謗中傷”なんだが、“逃げ腰”たちといっしょに逃げたわけじゃなく、コソコソと時間をずらしてひとりで出ていったようなんだ。単身逃げ出すという汚名からのがれようと、“逃げ腰”が押しの弱い”マックス”さんを引きずって行こうとしたとき、“誹謗中傷”が脊髄反射のように『名まえのとおりのチキンやろうだな! クズが、テメーなんかデス畳に喰われて死んじまえ』と誹謗中傷を浴びせてしまったから、おそらくいっしょに行くのも気まずかったんだろう。少しの時間を置いて、そのあとひとり森に隠れながら逃げていたところ、なぜわかったのか、デス畳が一直線に“誹謗中傷”のもとへ飛んできて、殺されてしまった……」


「なるほど……ちなみにそれを目撃したのは……」


「ケヘヘ、それはこのおれ、“ゲス野郎”さ。おれはゲスだからよぉ、おれもひとりでこっそり、危険を前のヤツらに負わせながら逃げようと“誹謗中傷”のさらにうしろについてたんだけどねぇ……おお、いまでも思い出すとブルっちまうよ。デス畳は大型の猛禽類もうきんるいみたいなスピードで飛んできて、森に身を隠してた“誹謗中傷”を一瞬でぐちょぐちょの肉塊にくかいにしちまった。まるで、さがすまでもなく、場所がわかっているような迷いのなさだったねぇ……もうだいぶ暗くなってたのにだぜ。小学校の運動会でも本気を出したことのないおれが、過去最高速度で走ってここへもどってきたよ。ケヘ、おれがいま生きてるのも奇跡みたいなもんさ」


「そういえば、植物もなにかしらの超音波を発して会話しているのでは、という研究結果が出たと聞いたことがあります。あくまで仮説ですが、いぐさでできているデス畳が、もしも森の木々すべてと通じ合うことができるなら……」


「森に逃げ場所はまったくなく、朝を待って山を降りるのも、絶望的というわけか……。ちなみに、これはもちろん“お嬢さま”の許可を得てからだが、建物ごと燃やしてしまうというのは、どうだろうか。タバコから燃やすのは失敗したが、バスのガソリンを利用するなどして火をつけてしまえば……」


「もちろん、こうなってしまった以上、別荘を惜しんだりはいたしませんわ。ただ、デス畳が和室から動けないのでしたら有効打になりうるでしょうけれど、きゃつらが飛べる以上、拠点となる建物を毀損きそんすることで追いつめられるのはわたくしたちのほうになってしまう可能性もあるのでは……」


「ううむ、そう安易に動くわけにもいかないか……」


 一同が手づまりを感じ、沈黙が増えはじめたところで、「あの……」と“可憐”がことばを発した。


「どうしました、“可憐”さん」と“わけ知り顔”。


「その、あの子……あの子のうしろに、なにか紙? がはさまってるみたいなんだけど……」


 “可憐”がおずおずと指をさした先では、ミニ畳がひとりドンドコと楽しそうにおどっているところであった。

 背後といえばいいのか、くるりと彼が回転したとき、たしかにフチの帯からチラリと紙片しへんらしきものが見える。


「……? ちょっと、すまない……」


 “お嬢さま”と視線を合わし、その首肯しゅこうを確認したのち、ミニ畳にことわりを入れつつ“カタブツ”がずるりと紙片を引き出した。

 ミニ畳は背すじがぞわっとしたときのように身もだえる。


 折りたたまれた、やけに古びたその紙は一葉いちようの手紙であった。

 それを慎重にひらくと、なかにはこんな文字がつらねられていた――

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