第15話 代役なら


「父上……子ども達の言う事はあまりお気になさらず」


 子どもの率直な意見にさぞかし傷つかれただろうと思い、励ましの言葉をかけると伯父様はゆっくり顔をあげました。


「あの子達の言う事を気にしていたら教師などしてられん……ただ、私が物を教える事に向いてないのは間違いない」

「ですが、伯父様は近くの都市ウェサ・クヴァレで学んだ事があるのでしょう?」

「あの頃はこの手足や口を周囲に見られない事で精一杯だった。その上私自身、学ぶ事も教える事も好きではない。そんな私が義務感だけで覚えた知識を教えた所で子ども達は聞いてくれんさ」


 確かに、伯父様の授業は聞いていて興味を引くものではありません。

 黒板や木板で単調に文字や数字を説明されるだけでは今いち覚える気にならないでしょうし、ノートやペンが無く頭で覚えるしかないという環境も厳しいです。


「……しかし、あの子達には教えてなくてはいけない。この村の呪われた村という噂を払拭させるには、あの子達自身が村から出て生活していく中で事実を広めなくてはいけない」


 伯父様が子ども達に文字や計算を教える理由はただ一つ――『呪われた村』という噂を取り払って、孤立した村を救う為。


 スミフラシという生き物の体液スミによって肌が青白く染まり、手足も口の中にいたっては真っ青に染まっている村人達は、一見魔族か呪いを受けた人間かと思う程の衝撃があります。


 かつて賢人と唄われたアクアオーラ侯がこの地に灯台を建て、村が出来てから百年近く――ロクな説明も聞かずに逃げ出した旅の吟遊詩人や行商人が道行く道で尾ひれ背びれをつけたいい加減な話を吹聴し、ティブロン村は呪われた村として有名になり、すっかり孤立してしまったそうです。


 しかしティブロン村の海は所々で岩石が露出しているように、海底が岩場になっている箇所が多く、船が座礁しやすい危険な地帯です。

 船が近づかないよう、警告灯赤い光を灯す灯台の役割は重要です。


 そんな事情もあって、以前はアクアオーラ家から灯台の維持や厳しい冬を乗り越える為の支援があったそうなのですが――時の流れによってアクアオーラ家の当主が替わる度に段々金額が減り。


 このままではいずれ村人達は生きていけなくなると思った伯父様が、十年ほど前に侯爵にかけあってみたところ、


「その地には灯台と灯台守だけいればいい、村が無くなれば呪いの噂も自然と消える」


 と、突き放されてしまったそうです。


 色神の加護を受ける、神に等しい『公爵』ならまだしも『侯爵』が「あの地は呪われていない」と説明しても、全ての人が納得する訳ではありません。

 祖父母や両親から教えられた知識が「嘘」であると言われたら、誰だって否定したくなるものです。


 だから「呪われていない」と言うなら本当に呪われていない事を実証しなくてはいけません。

 実証する為には色々調べたり人に見せたりするのに多大なお金がかかります。


 多大なお金をかけて寂れた村の噂を払拭しても何のメリットもない、人を減らせば援助費用も減る。

 その地に生きる人達の生活や感情を一切考えない非情な判断ですが、広大な領地を治める者の判断として間違ってはいないのです。


 ただ――それはあくまで上の者としての判断です。下の者からすれば到底受け入れられるものではありません。

 まして伯父様はティブロン村の長です。村人達の生活や感情に寄り添わなければなりません。


 だから自分なりに出来る事を――と努力した結果、やつれ果て、辛気臭い雰囲気を纏う状態になってしまっているのでしょう。


 この村の大人達と違って、口の中までは汚染されてない子ども達も、村の中の一部の子ども達はここに学びに来てくれているのも。

 全て伯父様の努力によるものだと、おばあ様や子ども達が呆れたような、困ったような顔で教えてくれるのです。


 何かの為に必死に動いている人間を、他人事のように眺めるだけ――こんな光景は貴賤関わりなく、何処にでもある光景なのかもしれません。

 私がまだ価値ある貴族でいられていれば、何か手助け出来たのかもしれませんが――


(……いえ、価値のない私でも、力になれる事はあるはずです)


 そう――さっき、子ども達が私にできる事を言ってくれたではありませんか。

 世の中、金銭の支援が全てではありません。

 そう思い直し、伯父様の向かいの椅子に座ります。


『……伯父様、良ければ私が子ども達に教えましょうか? 子ども達相手なら体も硬直しませんし』 

『……君に頼んだのはステラの代役だ。教師の役目まで背負わせるつもりはない』


 魔力を使った念話テレパシーで伯父様に問いかけると、伯父様からそっけない念話が返ってきました。

 ですがステラの代役を引き受けた以上、ここで『そうですか』と引き下がりたくありません。


『いいえ、伯父様……きっとステラが元気だったら、教師もしていたと思います。私もこのまま見知らぬ男の人に怯えている訳にはいきませんし……子ども達の先生はきっと良いリハビリになりますわ』


 そう――ステラは父親想いの良い子でした。

 まだステラ自身が手紙を綴れた頃、<お父様には私の事より自身の事を気にかけてほしい>と書いてあったのを覚えています。


『それに……子ども達が漁や家の手伝いをしているのに、いい年をした私が、夕方に食料を運ぶだけしか動かないというのはちょっと……』


 体力が無い頃はその食料運びだけでいっぱいいっぱいだったのですが、余裕が出てくると周りも見えてきます。


 海で藻や貝を取っている子ども達の姿や、潜って魚を取る大人達の姿。

 岩場で怪我をした村人達を治療する伯父様の姿――そんな姿を見る度に、何もしていない自分が情けなくなってくるのです。


『私は、取り返しのつかない過ちを犯しました。だからせめて、自分に与えらえている役目を全力で全うしたいのです。特に、私が今恩を返せる相手は伯父様しかいないのですから』


 返せる恩を返したい。

 誰かの役に立ちたい。

 自分の中にある恐怖を克服したい。


 色んな感情が入り混じった言葉を伯父様にぶつけ、じっと見つめると伯父様は困ったように視線を伏せ、また項垂れて――


『……感謝する』


 戸惑いと安堵が入り混じったような感謝の言葉に、私の心の中が少しだけ軽くなったような気がしました。

 こうして、私の役目がもう一つ、追加される事になったのです。


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