誘い
彼女がその言葉を間に受けるような、愚鈍さを持ち合わせていないことは、友人である私は知っていた。それでも、人間関係に軋轢を求めていない彼女のバランス感覚は、私が知る限り比類ない。クラスメイトの一人一人に合わせて言葉や態度を適切に選び、いくら嫌味を言われても乗りこなすだけの処世術を身に付けている。私に対して忌憚ない意見を言うのは、ある種の信頼があってのことだ。私はゆくりなく尋ねたことがある。
「疲れない?」
霊長類の頂点に立つ人間として、きわめて知性が欠けた質問であることは分かっている。学び舎の中に於いて、殻に閉じこもって過ごす時間は、社会人に必要な布石を尽く無視した恐ろしいことであると、今になって身をつまされる。
「何に?」
彼女からすれば、愚問という他ない。語らずとも表情が雄弁に語っており、取るに足らない陳腐なことを口にした疚しさを抱えた。それでも、尋ねずにはいられなかったのだ。
「人間関係」
一切の取り繕う言葉を排した私の言葉を聞いた彼女は、形容し難い微笑を浮かべ、ただひたすら笑い続けた。
私と彼女の差異は明らかだった。偶さか、人間というハリボテに身を包んでいるだけの同種が、同じ教室で隣の席に座していた。経済動物として社会に出れば、凡そ接点を持って付き合うには土台無理な性格の違いがあり、雑多に集まった学び舎ならではの多種多様な人間関係はのちに、“同窓会”という習わしによって貴賤を生む。
初めて同窓会の誘いがスマートフォンの画面に表示された時、著しい忌避感から身体は仰け反り、目線はそぞろにあらぬ方向へ引っ張られた。まるで、目も当てられない酸鼻たる光景を眼前に突き付けられたような、大仰さを伴って反応してしまう。それほど、私にとって学生時代のクラスメイトと顔を合わせることへの不安や恐怖が強く、同窓会に出席した際のやりとりを空目した途端、深い嘆息が口から漏れ出て、酒気の力を借りた無謀な問いかけに苦悶する顔が想像に難くない。
親しき友人と呼んで差し支えないスマートフォンから手を離し、普段は視聴しないバラエティー番組に目をやった。ひな壇と形容される椅子の並びは、多数のお笑い芸人が矢のように言葉を飛ばす為の陣形であり、テレビの画面にテロップとして表示されれば御の字。そんな競争をとりとめもなく眺めながら、私は長物な時間を過ごした。憂慮の深さに囚われて、あらゆる状況に悲観するより、今はただひたすら無心でいたい。そんな気分だったのだ。
ただ結局、判断の先延ばしに過ぎず、いずれ出席の有無を発信する必要がある。それは、きわめてストレスの掛かることであり、一日に発揮できる活力の量を削ぐ要因だ。私はなるべく、判断を下す機会を減らすように努めてきた。ましてや同窓会の出席に関して考えることは、“最悪”と言わざるを得ない。
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