第35話
月曜の休み時間、私は自分の席から窓の外を眺めていた。どんよりとした雲が空を覆っている。いつ雨が降ってもおかしくない天気だった。
一昨日は恋ちゃんと創作話をして昨日は辻本さんと話をした。
これで相談は残り一回ずつとなった。あっという間だったな、と感慨にふける。
恋ちゃんの『夢見ちゃんはかわいい』は着々とPV数を伸ばしており、このペースを維持できれば前作『ゆるさんぽ』のPV数を超えられる可能性があるそうだ。恋ちゃんは嬉しそうにそう説明していた。
辻本さんは新作の執筆に苦戦しているとのことだ。ライバル作家を意識し過ぎて手が止まっているわけではなく、クオリティアップに苦戦しているらしい。担当編集者からは今のままでも十分だと言われているそうだが、辻本さんはストイックに完成度をあげていきたいと考えているみたいだ。
結局、私がどれだけ二人に貢献できているのかは未知数だった。ひょっとしたら何の役にも立てていないのかもしれない。そうだとしても、全力で二人に寄り添おうと思った。
「あ、絵里がガッツポーズしてる」
近くから声が聞こえ、そちらを向くと、椰子さんがしゃがみ込んで私を見上げていた。
無意識にポーズを取っていたらしい。恥ずかしくなり肩をすぼめた。
「二人と仲良くやれてるみたいだね」
「うん、おかげさまでね」
恋ちゃんの方を見る。友達と熱心にドラマの話をしていた。こちらには気づいていない様子だ。
「今度、椰子さんにいろいろ報告するよ」
「そうしてくれると助かる。絵里は観察対象だからね。話を聞かせてほしい」
研究者みたいなことを言う。
椰子さんは柔らかく微笑んだ。
「その時はうちに来なよ。おもてなしするから」
私は椅子ごと身を引き、目を細めながら椰子さんを見つめた。
「何? 嫌なの?」
「この間、変なことを言われたから……」
「変なこと?」
小首を傾げる。可愛らしい顔をしているな、と改めて思った。
「セクハラしてきたでしょ?」
声を尖らせて言うと、椰子さんは「ああ、そのことね」と頷いた。
「確かにそんなこともあったね。もうああいうことはしないよ。反省してる。だからうちに来なよ。大丈夫、怖くないよ?」
「なぜ自宅に連れ込むことにこだわるの? 怖いんだけど……」
その時だった。背後に気配を感じて振り返ると、辻本さん、恋ちゃん、江東さんが立っていた。
江東さんが不思議そうに言う。
「お前ら、仲良かったっけ? めちゃくちゃ砕けた会話してたけど」
「え、あ、その……」
しどろもどろになる。
椰子さんを見ると、困ったような微笑を浮かべていた。いや、何か言ってくれよ。
恋ちゃんと辻本さんが、冷ややかな視線を向けてくる。
空気が凍っていくのを感じた。
恋ちゃんが口を開く。
「ため口で冗談を言い合う仲になってたんだねー。っていうか、家で何があったん? セクハラってワードが聞こえた気がするんですけど」
笑顔で言っているが、目は笑っていなかった。
「つ、辻本さんはなぜここにいるの?」
話を逸らすため水を向けると、辻本さんは冷ややかな目のまま言った。
「私がここにいて何か不都合なことでもあるんですか?」
「そ、そんなことは……」
「本を貸しに来たんですよ。この間、エリザベス・フェラーズの『猿来たりなば』を読みたいとおっしゃっていたじゃないですか」
「あ、そ、そっか。ありがとね」
袋を受け取る。
「あたしの疑問に答えてもらってないんですけど」
恋ちゃんが笑顔を消して追求してくる。目が真剣だった。
「あ、その、えっと……ほらあれだよ! 落ち込んでいた時に、椰子さんの家にあげてもらって雑談したって前に話したでしょ。その時に猥談したんだ。それで仲良くなったんだよ。そうだよね?」
ボールを投げると、椰子さんは頷いた。見事にキャッチしてくれたらしい。
ゆっくりと唇を動かす。
「絵里は人畜無害そうに見えて、シズ、辻本さん、私を性的な目で見ているらしいよ」
「そうそう――って何言ってんの!?」
大声を出してしまう。周囲のクラスメイト達の視線が集まった。
頭を抱えたくなる。
合わせるのは得意と言ってたけど、絶対嘘じゃん! 大暴投してるよこの人!
椰子さんは冷静に続けた。
「事実でしょ?」
「た、確かにそういう話もしたけど、そこまで直接的な表現はしてないから。あと、ちゃっかり自分を入れてるのは図々しいと思うんだけど」
体の熱が上がる。息も絶え絶えになった。
二人を見る。
恋ちゃんは顔を真っ赤にしていた。え、なにそれやばんですけど、と口の中で言葉を転がしている。
辻本さんは眉を顰めていた。なぜ私だけじゃないんですか、と呟いている。
「いやほんと、今のは聞かなかったことにしてほしいんだけど……。頼むから……」
泣きそうになりながら言うと、二人は頷いた。気まずそうに視線を泳がせている。
椰子さんを見る。笑みを浮かべながらウィンクしてきた。
初めてだ。女の子を本気で泣かせてやりたいと思ったのは……。
「なぁ」
江東さんが自分のツインテールに触れながら言った。
「私は? 私は性的な目で見れねーの? なぁ、どうなのよ? なぁ?」
私は幼児体型の江東さんから視線を逸らして溜息をついた。
このままだと相談が終わっても以前のような平穏な日常に戻れないのではないか。
そんな気がして憂鬱になった。
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