第31話
「大切なものを手離したとしても、また自分のもとに戻ってくると考えていた」
恋ちゃんは過去を懐かしむように虚空を眺めて言った。
「昔、おばあちゃんの形見のペンダントがなくなったことがあったんだ。必死に探しても見つからなかったんだけど、後日、ベッドの下からあっさり見つかった。そういう成功体験みたいなものを積み重ねてきたから、大切なものは最終的には戻ってくると信じて生きてこれたんだ。絵里のこともそうだよ。小学生の時に離れたけど、また仲良くなれると信じて疑ってなかった。でも、桃と仲良くしているのを見て、初めて『今回は無理なんじゃないかな?』って不安になったの……」
私は身を固くした。桃の名前が出てきたからだ。
恋ちゃんは暗い表情のまま続けた。
「あたしは恵まれていたわけじゃなかった。思い返すと、戻ってこなかったものもあったはずだからね。じゃあ、なんでそんな妄想に囚われていたのか――それは、あたしにとって戻ってきたものは大切なもので、戻らなかったものは不要なもの――そういうフォルダわけを無意識化で行っていたからなんだよ。そういうわけ方をしていた理由はたぶん……自分の心を守るためだった」
苦笑して続ける。
「あたしは自分を強い人間だと思ってきたけど、実際は逆で、すぐに不安に駆られちゃう弱い人間なんだ。あたしの中には常に『喪失への恐れ』がある。格好つけた言い方になっちゃったけど、許してね。これが一番しっくりくる表現だったから」
恋ちゃんは視線を泳がせた。
「PV数がある時はいいんだ。でも、それが減った時にはゴリゴリメンタルが削れて、とても不安定になるの。そういう時は日常系アニメを観て落ち着くようにしているけど、それでも安定しない時は、誰かに褒めてもらうために行動をする。そうしないと安定させておくことができないから……」
前髪に触れながら俯く。
「あーあ、こんな話したくなかったんだけどなぁ。絵里の前だと、つい甘えたがりの自分が出てきちゃう。あたし、そんな弱っちぃ自分が好きじゃないのに……」
ダサいっしょ? と問いかけられ、私は首を振った。
「ダサくなんてないよ」
恋ちゃんが顔を上げる。
私は彼女の目を真っ直ぐ見つめながら言った。
「恋ちゃんは周囲からの自分のイメージを気にしているようだけど、問題ないと思う」
どうして? と問われて、胸を張って答えた。
「もともと恋ちゃんって、面倒くさくてウジウジしてるところあるじゃん。今更気にしても仕方ないと思うよ」
「確かにね……ってちょっと!」
突っ込まれたが、無視して続ける。
「小学生の頃からそうだよね。こだわりが強くて変に目立ちたがり屋だった。あと、褒められないと拗ねてたし、特定の友達を独占しようともしていた。よくよく考えてみると、今と大して変わってない。たぶん仲が良い人達は、皆気づいているんじゃないかな?」
「……え、なにこれ? あたしを泣かせにきてる? 酷くない?」
恋ちゃんが睨みつけてくる。私は微笑んで言った。
「でも、私はそういう恋ちゃんが好きだから」
沈黙が降る。
少し間を置いてから口を開いた。
「何かの本に書いてあったけど、創作者は多少変なところがあった方がいいんだってさ。私もそう思うよ。まともな人の書いたまともな本よりも、変なところのある作者さんの、変な作品の方が私読みたいと感じるもん」
「えー……あたし、絵里から変人扱いされてる? めちゃくちゃ不本意なんですけど」
私は満面の笑みで続けた。
「ノートに粘着質な愛憎を書くくらい可愛いもんだよ。リアルでは、裏垢にとんでもない誹謗中傷を書いている人達がわんさかいるわけだからさ。うん、可愛い可愛い」
「なんか本気でむかついてきたんですけど」
眉尻を上げる。
恋ちゃんは大きく溜息をついてから立ち上がると、机の引き出しを開けた。中からノートを取り出してテーブルの上に置く。
「これは……」
「あたしのノートだよ」
見上げると、恋ちゃんは真顔だった。
「自分がどういうふうな書かれ方をしているのか興味あるっしょ? それと、ノートに愛憎交じりの文章を書くのは可愛いことだって言ってたじゃん。だったら、本当に可愛いかどうか確かめてみなよ」
恋ちゃんは言い切り、顔を赤くした。軽い調子で口にしているが、勇気を振り絞ってノートを出したことが伺える。
私は呼吸を落ち着けた。それから、言うべきことを口にする。
「気持ちは嬉しいよ。でも今回は遠慮しとこうかな」
「そう。それなら覚悟して――って、なんでよ!」
身を乗り出してくる。
「明らかに読む流れだったじゃん! なんで読んでくれないの!」
「許可があるとはいえ、人の日記を読むのは抵抗感あるからね……。あと、どんなえげつないこと書かれているのかわからないし………」
「えげつなくなんかないよ! さっきと言っていること違くない!? 可愛いって言ってたじゃん!」
「ごめんね」
「読めー!」
その後、ノートの押し付け合いが発生して、なぜかノートを持ち帰ることになった。
何はともあれ、恋ちゃんが元気を取り戻してくれてよかった。その点だけでも、来た甲斐があったというものだ。
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