第7話

Side:エクレール



 あたしには、剣術の才があった。

 不運なことに乳姉妹よりも強く、武の名門アーリマン家ではそれだけで当主候補に名が上がるぐらいには……


 それまであたしを見てくれなかった。お父様もお母様もあたしを見てくれた。

 だからあたしは、毎日毎日毎日ひたすらに、一心不乱に剣を振った。


 おとぎ話の主人公は努力を欠かさず、例え馬鹿にされていても最後には実を結ぶからだ。

 だけどアイツが生まれた。


 母親違いの愚弟アークだ。


 母親同士が仲が悪いことが手伝ってか、アークと私が住んでいる屋敷は、本館を挟んで目に入らないように立っている。

 だからアークを目にする機会はあっても、互いが剣を振るう様子はただの一度も見たことがなかった。


 数年前、アークが騎士を倒したらしい。

 魔力による身体能力強化は体格差をも覆す。

 だから別段おかしな話ではなかった。

 出なければ人よりも大きな竜や魔物を屠ることは出来ないからだ。


 だけど、その日からあたしの平穏は脅かされることになった。

 今までちやほやしてくれていた騎士も使用人も口を開けばアーク、アーク、アーク! 全くウンザリする。

 私は一そう剣に励んだ。


「クレアあなたもう剣は辞めにしなさい」


「え?」


 私は思わず聞き返した。


「私に口答えするのですか?」


「どうして……」


「アークが産まれ剣の才があると判った以上、あなたは当主候補から脱落したのです。もし、おこぼれがあるとしても可能性が低い……であれば貴族の婦女子として相応しい教養を学ぶべきです」


「……」


「それにアークの対抗馬は、既にここに居ます」


 そう言って母は自らの胎に手を当てた。

 その時私は全てを悟った。

 正妻と側室、妻同士の代理戦争において母は私を見捨てその胎に宿った赤子に全てを託したのだと……

 そして私は用済みなのだと……


「ですから、芸事に専念なさい」


「――ッ! あ、アークに勝ったら認めてくれますか?」


「……いいわ。考えてあげましょう。ただし……」


 私は母の返事も訊かず部屋から飛び出した。

 咄嗟に飛び出していた。


「ここは赤薔薇屋敷……アークの居る屋敷……」


 私は興味半分、苛立ち半で稽古場を除きに行った。

 

 ブン、ブンと木剣が空を断つ風切り音と「キェーッ!」っという奇声が聞こえた。

 演舞のような見栄えのする華のある剣ではなかった。

 仮想の敵と剣戟を交わすようなそんな泥臭い稽古。

 

「凄い……」


 思わずそんな言葉が零れた。

 私は居ても立っても居られずに木剣を取に行くとこういった。


「アーク! アンタあたしと勝負しなさい!!」


 憎たらしいほど整った顔でアークはこう言った。


「判りました。姉上……」


 合図は要らなかった。

 私は剣術における基本の構え――中段に構え、アークは右足を前に突き出し足を大きく開いた姿勢で腰を落した。


 突きやダッシュからの攻撃でよく見られる先手の構えだ。

 だがアークは攻撃をしてこない。

 それどころか木剣を上から下へVの字に動かし続けている。


 タイミングを間違えばアークがフリなハズなのに、不思議と打ち込むことが出来ない。

 ピンと張りつめたような緊張感が周囲に漂う。

 体重の移動、視線の移動、息遣い。そんな些細なフェイントの応酬に耐えかね。先に動いたのは私だった。


「はぁぁあああッ!」


 年下で自分の居場所を奪った敵に対する恐怖心は頂点に達していた。

 中段から――木剣を頭上に振り上げ――上段の構えに変化させ真っ向斬りを放つ。

 

 アークは微かに遅れて、私と同じく真っ向斬りを放った。

 

剣に優れると言ってもその程度……やはり私の方が上だ! 獲った。


 そう確信した瞬間。

 予想外の出来事が起きた。

 アークは回避するでもなく、


 達人でもない限り、自分の目に異物が接近すれば反射的に目を閉じたり、身を捩ったりと身体に染みついた反射的な防御反応が出る。

 逆に密着するつもりで踏み込んで斬ることで、相手はこちらの斬撃から反射的に身を引こうとした分、逸れるため当たることが無い。


不味い!


 アークの真っ向斬りは、私の木剣の軌道に割り込むと、木剣の膨らんだ部分、しのぎに当たって軌道が逸れた。

 アークの表情に変化はない。


まさか、アークはこの曲芸染みた芸当を狙って出せると言うの?


「秘剣一之太刀【一刀両断】」


 柔と剛を併せ持った上で、オマケに技巧まで有するなんって……

 喉と鎖骨への骨折を覚悟する……


 しかしアークの剣は当たる筈だった喉、鎖骨を避け胸元でピタリと停止した。


「これでよろしいでしょうか?」


「完敗よ……」


ああ、私の剣士としての人生はここで終わるのだと実感すると、何でもないただの日常の一幕程度にしか認識していないアークに苛立ちを覚える。


「それでは……」


 私は納得できない気持ちのまま、立ち去るアークの背中に横一文字に剣を振るう。


 が、柄の部分で受け止められる。

 曲芸染みたその技が、まるで当たり前のように……


「姉上何のつもりでしょうか?」


「別にイラっとしただけよ」


 私は今日まで大切なことを忘れていた。

 剣とは人や魔物を殺す術だけど、少なくとも私にとっては楽しいモノだったことを思い出した。

 それがいつからか、自分を認めさせる術になっていたのだ。


「暴力系ヒロインは今時はやりませんよ?」


「はぁ? 何言ってるの?」


「いえなにも……」


「アークあんた私に剣を教えなさい!」


「別に構わないですけど……俺が使っているのは変わった剣術ですよ?」


「別に構わないわ!」




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『あとがき』


主人公の使った技の流派が判った方はコメントへどうぞ。

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