第5話
一年後。
いつものように素振り稽古の後にランニングをし、疲れた所で素振りをする。
最近は木工職人に依頼した持ち手が太めの木剣に、金属を仕込んで振っている。
「朝に三千、夕に八千」とは示現流の有名な
「見事な素振りです。アーク様」
騎士ケインが話しかけてくる。
「そんな事はない。はじめに見せて貰った素振りに比べればまだまだだ」
騎士ケインの素振りは、正に剣と魔法のファンタジーを象徴するような綺麗な素振りで、岩だって一刀の元に斬れそうなほどに鋭かった。
「シュルケン様の剣も体力か付いてきたのか、ブレが少なくなってきていますよ」
「本当なら朝に三千回、夕に八千回剣を振りたいが、体力の無い今の目標は五百回ぐらいですかね……それぐらい練習すれば本番でも迷わず剣を振れる気がします」
「我々騎士でもそんなには振りませんよ。
基本はランニングによる体力作りと素振り、そして実践的な試合です」
……プロの騎士でもそこまで素振りはしないのか……まあ本当に一万回以上素振りをしていたら、何時間かかるか判ったものじゃない。あくまでもフィクションか心構えなんだろうな……
「稽古をはじめましょうか……」
騎士ケインは準備運動と言わんばかりに、木剣を袈裟懸けに振り降ろしたり手首を回したりして柔軟? のような動きをする。
動きのキレを見ても本気とは思えない。しかし、大人と子供の体格差は大きい。
防具として一番小さい革鎧を身に着ける。
ベルトで固定するだけなので無理をすれば着れないわけではないが、大分ダボっとしている。
「寸止めするつもりですが、完璧に制御できる訳ではありません。当たってしまう場合もあるでしょうがコレは訓練ですご容赦を……」
「当たり前だ……」
とは言ったもののこれは俺が攻める練習、反撃をしてくる事はあっても限定的なモノと考えていいだろう……
互いにロングソードを模した木剣を中段に構える……
「打ち込んで来て構いませんよ」
ケインの言葉を訊いた瞬間。
木剣を中段からバットを振るような八相の構え、八相からそれよりの上段に構える。
対して
中段の構えは別名として「正眼の構え」とも呼ばれ、日本の剣術では細かく区分されている。
中段の構えは――剣術を元にした武道――剣道において、攻防一体の基本中の基本であり、大半の選手が最初から中段の構えから試合を始める。
理由は単純明快だ。
他の全ての構えにスムーズに移行することができるからに他ならない。
一歩踏み込んだ瞬間。
それこはまさに死地。
それは剣先がわずかに交わる『一足一刀』の間合いだ。
それも大人と子供の体格差を考えれば、
当然ながら
だが問題ない。
一刀で全てを断ち切る剛剣を放った。
カン!
木同士がぶつかり合い芯を捉えた良い音が広い訓練場に木霊する。
ケインは咄嗟に中段から脇構えに、変え互いの剣戟が打ち合った。
「――――ッ!!」
互いの木剣は弾かれ互いの構えが崩れる。
ケインの剣は腕ごと弾かれ、剣の鍔が肩の真横にある。
続く攻撃は、水平斬りか袈裟斬り。
つまり、蜻蛉の姿勢を崩していない俺の方が、態勢を崩しているケインよりも有利であることを示している。
「はぁあああッ!!」
覇気の篭った声を張り上げ、先ほどと同程度の袈裟斬りを放つ――
――がケインは上半身だけ後ろに下げながら腕を捻り、木剣の剣先を地面に向けるような体制で袈裟斬りを防御する。
予想外の剣速を伴った一撃にケインの表情は一瞬、驚愕に染まる。
だが、実践を経験しているケインは感情をコントロールする術は当然身に着けている。
「お見事! ならば返しはどうか!」
そう叫ぶと左右のほんの僅か動きだけで軽く木剣の腹を殴ると、半円を描くような軌道で変則的な斬撃を放つ。
――――だが恐れることはない。
フェンシングの試合でも見ているような、変則的な姿勢から放たれる攻撃には体重が乗っていない。
なぜなら、踏み込むべき足が後ろにあるからだ。
ケインの口角が少し動いたのを俺は見逃さなかった。
何かある。
そう確信したものの既にやるべきことは決まっている。
一刀一足の間合いにおいて、ゼロコンマ数秒の動きが勝敗を別つ。
それは異世界の剣技でも変わらない。
頭よりも先に身体を動かすのだ。
素振りで体重移動の練習はしている。
オマケにこういった場合の変則的な防御方法は、つい先ほどケインが見せている。
踏み込みと体格差の分、相手の袈裟斬りよりも俺の袈裟斬りの方が数秒早い。
袈裟斬りを振る瞬間。
右足を立てたまま左脚を伸ばし姿勢を低くして、相手の懐に潜り込むとそのままの勢いで木剣を振るう。
薬丸自顕流の打ち込みである『打廻り』を真似たのだ。
一瞬、ケインの表情が曇る。
勝った。
それは実感を帯びた。
袈裟斬りだったハズの剣は、まるで地面に剣を突き刺すように、自然と俺の背中目掛けて振り下ろされる。
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