第15話 侯爵家の朝

 朝、まだ、薄明かるい時間に目を覚ました。

 これは、剣術を始めてからの習慣だ。


 男爵家……うちのベッドも寝心地が良いけれど、ここのベッドは最高級なんじゃないかな? 寝心地が良いどころか、永遠に寝ていたくなる人を駄目にするベッドだと思う。


 コロリンと寝返りをうってうつ伏せになり、ベッドのフカフカを堪能した。


 それから漸くベッドから降りた。


 すると、静かなノックと共にエマが部屋へ入ってきた。


 うわ、どうして私が起きたのが分かったの?


「おはようございます。リチェルお嬢さま」


 侯爵家のメイド恐るべし。


「おはようございます。エマさん」


 私が挨拶を返すと、エマは慌てたように言った。


「リチェルお嬢さま、敬語はお止めください。そして、私のことはエマとお呼びください」


 えええ? お父さまやお兄さまたちならともかく、私はほぼ平民と変わらない男爵家なのに、図々しい気がする。


「そういう事に慣れていないので、目をつぶってくださいませんか?」

 

「あああ! もっと酷くなりました。かしこまりました! リチェルお嬢さまの意向に従います」


 困ったようにエマは微笑んだ。

 困らせてしまったのは申しわけなかったけれど、呼び捨てだとか私には無理だもの。男爵家のメイドにもこんな感じだし。


「ところで、リチェルお嬢さま、まだ夜があけたばかりですが?」


 うん。怪訝に思うよね? 剣術の稽古だなんて思いもつかないだろうな。

 

「日課なので、お庭で剣術の稽古をします」


 案の定、私の言葉を聞いてエマは目を丸くした。


「リチェルお嬢さまが剣術ですか?」


 エマはかなり驚いた顔をしている。

 騎士団には女性もいるにはいるので、そこまで驚く必要はないと思うのだけれど、お父様が侯爵だからかな? 高位貴族の女子なら珍しいのかもしれない。手にマメができたり腕に筋肉がついたりするし、怪我の危険性もあるものね。


 私は、うちから持ってきた白いシャツと黒いズボンに着替えた。


「リチェルお嬢さま、お着替えは私にお手伝いさせてください」


 んと、着替えくらい独りでできるんだけどな。


 エマは、そそくさと独りで着替えた私に意表を突かれ遅れをとったものの、直ぐに立ち直ると、私の髪を一つに束ねてポニーテールに結ってくれた。


 髪は自分で結うのはまだ難しいから嬉しいな。


「リチェルお嬢さま、ポニーテールもお似合いです」


「エマさん、ありがとうございます!」


 私は、エマに少しはにかみながら微笑んだ。


「うぐっ」


 なぜか、エマが変な声をだして蹲り、手で顔を覆ってフルフルと震えて始めた。


「お嬢さま、まじ天使。お嬢さまかわっ……ブツブツ」

 

 何やら呟いているが、小さい声で聞き取りにくい。


「エマさんどうしたのですか?」


 何か病気の発作ではないかと心配になる。お医者さまに診て貰ったほうが良くないかな?


「何でもございません」


 取り繕うように、エマは直立してお辞儀をした。

 

「エマさん、私は独りでも大丈夫なので、具合が悪い時は休んでくださいね」


 無理しないように言うと、エマは瞠目して次

の瞬間に破顔した。


「大丈夫です。私は元気です! リチェルお嬢さま。さあ、剣術のお稽古は、私もご一緒いたしますよ」

 


 私は、木剣を佩いてエマと一緒に屋敷の庭へでた。

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