ダーツライフ

まるせい(ベルナノレフ)

一章

第1話 空き教室で出会った二人

 高校の入学式から一週間が経ち、教室では既にグループが出来上がりつつあった。


 生徒たちは互いに笑みを浮かべ、始まったばかりの学生生活を楽しんでいる。


 学生生活でもっとも重要なのは友人関係。スポーツが得意な者、勉強ができる者、容姿が整っている者、流行に敏感な者。それぞれ気の合う仲間を見つけ和気あいあいと昼食を摂っている。


 そんな中、一人の生徒が教室から出て行った。


 彼の名前は岡崎おかざき 健二けんじ。ここ幕乃倉高校に入学した新入生だ。


 目付きが悪く無愛想なこともあり、いまだに教室内で誰ともコミュニ―ケーションが取れていない。だが、当の本人もそのことを特に気にしておらず、独りでいることを気楽に感じていた。


 健二は楽しそうに会話をする同級生を尻目に、購買部へと足を運ぶ。


 そこで焼きそばパンとハムカツサンドにカレーパンとコーヒー牛乳を購入した。


 無事購買で昼食を入手した健二だったが、騒がしい教室に戻る気が起きずどこか静かな場所はないかと考え、人気のない場所を探すことにした。


 食堂は生徒で賑わっている。中庭は風が強く砂ぼこりが立ち込めているので昼食を摂るには適していない。


 健二が校舎内を人気のない方に進んで行くと、別校舎に繋がる渡り廊下まできてしまった。


 歴史の古い幕乃倉高校は新校舎の他に、もうほとんど使われていない木造の旧校舎が存在していた。


 そこは資料を保管したり、使わない備品を置いたり倉庫代わりに利用されており、空き教室もいくつかある。


 健二はその中の一つに足を踏み入れると、ここで昼食を摂ることにした。


 部屋を見渡すと、壁際に雑多に荷物が積まれている。正面には何やら大きな家具のような物があり、黒い布が掛かっている。


 決して広いわけではないが、ソファーもあるので、昼食後に昼寝をするにはもってこいだ。


 購買のパンを食べ、イヤホンを付けるとソファーに寝転がり、腕を頭の後ろに回し目を閉じる。


 直ぐに眠れるわけでもなく、しばらくの間考えごとをしていたが、徐々に眠気が押し寄せそれに身を委ねる。


 ――ガラッ――


 後少しで眠れそうなタイミングで、ドアが開き誰かが入ってきた。

 もしかすると教師が授業に使う資料を取りに来たのか?

 そう考えたが、足音は健二の前までくると消える。


 疑問に思いつつもその足音を無視する健二。


「す、すみませーん」


 そんな健二に、入ってきた人物は声を掛けた。


 目を開き、目の前に立つ人物を見る。健二の目に飛び込んで来たのは美しく可憐な少女だった。


 肩まで届く鮮やかな髪はさらさらと揺れ、琥珀の瞳はキラキラと輝いており見ているだけで吸い込まれてしまいそうになる。透き通った白い肌には染み一つなく形の良い薄桃の唇から漏れる声は鈴の音のような心地よさを感じる。雑誌のモデルやテレビのアイドル並み……いやそれ以上の美貌をもつ女子生徒がそこにいた。


 無意識に目を奪われてしまった健二だが、我を取り戻すと彼女を観察する。

 リボンの色が同級生と違うので、上級生なのだと認識する。


「……なんだよ?」


 寝ていたところを起こされた健二は目付きが普段より鋭く声も低かった。本人はそんなつもりがなくとも、不機嫌そうに聞こえたようだ。


「ご、ごめんなさい。今からうるさくしてしまうので……その……許していただけないかな……と?」


 肩をビクリと震わせ怯えた様子を見せる女子生徒。健二は怯えさせてしまったことを反省する。


「ここは空き教室だ、別に好きにすればいい」


 別に自分の部屋ではないのだ。咎める理由がない。


 溜息を吐き女子生徒に答えると、身体の向きを変えイヤホンのボリュームを上げた。

 ふたたび、眠気が押し寄せてくる。少しして、女子生徒が何やらゴソゴソと作業を始めたが気にすることなく眠気を覚えた。


 そんな風に、微睡に身を任せていると……。


 ――タンッ!――


 何かが当たる音が聞こえた。


 ――タンッ!――


 どこか懐かしく、心地の良い音。


 ――タンッ!――


 それでいて落ち着かず、胸を掻きむしりたくなるような音。


 健二はガバッとソファーから起き上がると、イヤホンを外し音の正体を確認する。


 先程までかけられていた布が取り払われダーツボードが見える。


 女子生徒はダーツを投げていて、鳴っていたのはダーツがボードに刺さる音だった


 何度も投げてはダーツの回収を繰り返す女子生徒。

 拙い技術しかなく、投げたダーツが刺さる場所もてんでバラバラだ。


(腕の振りが悪い。毎回引く位置と投げる位置が違うからだ)


 健二は刺さる場所がバラつく原因を一目で見抜いた。


 それでも、一生懸命投げているのはわかる。女子生徒は真剣な顔をしていたからだ。


 美しい顔を苦悶に歪め、薄桃色の唇から浅い吐息が漏れる。額に汗を浮かべており、ときおりノートに何か記入しているのは手動でスコアを付けているからだろう。


 健二が見ていることに一切気付くこともなく、それだけの集中力があるのは驚嘆に値する。


 しばらくして予鈴が鳴り、健二は我を取り戻すとそろそろ教室に戻らなければならないと考える。

 教室に戻ろうとする健二だが、女子生徒は予鈴に気付いた様子もなく、いまだダーツを投げ続けていた。


「おい、あんた」


 流石に遅刻させるわけにもいかず、健二はおもわず女子生徒に声を掛けた。


「はい?」


 そこで初めて、女子生徒は健二に振り返った。


「予鈴鳴ったぞ。教室に戻らないと」


 壁に掛けられている時計は時間がずれているので、健二は自分のスマホの画面を見せ、女子生徒に知らせる。


「わっ、本当ですね!」


 女子生徒は慌ててダーツを片付け始めた。


 そのまま立ち去ろうかと考えた健二だが、ふと気になることがあり女子生徒に話し掛けた。


「随分と集中して投げてたな?」


 とてもではないが昼休みに少し身体を動かしにきただけには見えない。このような人気のない校舎で、なぜ真剣にダーツを投げているのだろう?


「私……どうしても叶えたい夢があるんです」


 そう答えた時の女子生徒の表情はとても真剣だった。健二はそこまでして叶えたい夢の内容を知りたいと思った。


「そういえば、名前聞いてませんでしたね」


 ふと、女子生徒は互いの名前を名乗っていなかったことに気付くと自己紹介をする。


「私は御堂みどう ともえっていいます。二年生です」


 右手を胸に当て笑顔で健二を見る。


「……岡崎 健二。一年だ」


 流石に上級生に名乗られておきながら名乗り返さないのはどうかと思い、健二は短く答える。


「年下だったんですね、てっきり先輩なのかなと思ってました」


 巴はおっとりした様子で、屈託のない笑顔を健二に向けた。

 ダーツ道具を片付け手に持つと、会釈をする。


「それじゃあ、岡崎君。また」


 健二の横を巴が通り過ぎる。

 その際に巴の髪がさらりと揺れ、健二の頬に触れる。


 通り過ぎた際の巴からは、花の香りが漂い健二の鼻腔をくすぐった。


 返事をする機会を逸した健二は、我を取り戻すと教室に戻っていくのだった。

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