第3話
―アルト視点―
私の名はアルト・エーデル。フラム家に仕え、ウシュティアお嬢様の専属執事をしている老人だ。
私がお世話をしているウシュティアお嬢様は、本人の前ではとても言えないが良い貴族とは言えない性格をしている。
目が合えば罵詈雑言を放ち、同じ令嬢方には嫌がらせをとことん行う悪徳なお方だった。
しかし今朝に事件は起こった。
お嬢様が本棚から本を取ろうとしたところ、落ちてきたものが頭に当たって気絶をしてしまったのだ。
幸いにも怪我は浅かったらしいが、目が覚めた時に異変が発覚した。
私たちを見るなり、『誰だテメェら!』と言い放つではないか。
その後もブツブツと何かを唱えていたのだが、最後に『面倒見てくれてありがとな!』と言う始末。これは異常事態であったのだ。
まずお嬢様が謝ったり、感謝を告げることなど皆無。近くにいたメイドたちも驚きを隠せず、不敬にあたる言葉を連呼していた。けれどお嬢様はお咎めも何もせず、和かに笑みを浮かべるだけ。
風邪の看病をする時はいつもよりお嬢様の言葉が強く、そこでリタイアしたメイドも多い。明らかに今のお嬢様は異常なのだ。
「(お嬢様は頭を打っておかしくなったのか……。それとも内に秘めていたものが今の状況だったのか……。鶏が先か卵が先か。ううむ、わからぬな)」
そんなことを考えながら廊下を歩いていたら、今度は背中に衝撃が走った。
その正体はウシュティアお嬢様であり、終いには腕に抱きついてくる。なんとも可愛らしく、昔を思い出しそうになったのだが、次の言葉で馳せる時は失せた。
「剣術を鍛えたい! だからまず筋トレするから手伝ってくれ!」
一体今日のうちに何回顎を外されるのだろうかと考えさせられた。
お嬢様は運動が大の苦手。剣の稽古や外で遊ぶことを提案したメイドは、ネチネチとその提案者は詰められ、最終的には辞めさせられるほどだったからだ。
そんなお嬢様からのお願い。
拒否することは決してないが、キツくしすぎると一日でやめてしまいかねない。そう思い、初日は軽いジョギングと剣の技量を測ることにした。
……だが、私の考えが甘かった。
「〝縮地〟」
剣を構えたその姿はさながら悪鬼羅刹を葬る剣聖の如し。構えだけで圧倒されたのは数十年ぶりである。
汗が噴き出した。その一瞬でお嬢様は私の背後まで移動し、背中に剣をたたきつけようとした……が、筋肉痛でダウン。
お嬢様をベッドに運び、メイドたちに汗を拭き取らせることにした。
「……もしも、あの一撃が当たっていたら私はどうなっていた……? 王直属の騎士であった私でさえ、姿を追うのがやっとの速度。あの一撃はとても……」
考えただけでゾッとする。体が震える。
だがこの体の震えは二つの意味を孕んでいた。一つは単純な恐ろしさ。二つ目は可能性だ。
あそこまでの技量があれば、一月後の剣舞闘技祭で優勝でき、将来は本当に剣聖になれるのではないか、と!
「やはりお嬢様は素晴らしいお人だ。ご所望であるのならば、全てを教えて差し上げよう……!」
きっと今日は分岐点なのだろう。
私はたとえ、お嬢様が悪の道へ進もうが善の道へ進もうが、執事として最善を尽くすことを決めていた。
私は決して、貴女様を裏切らない。お嬢様のために、この身を捧げることを誓っているのだから。
嗚呼、これからが楽しみだ。
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