機甲少女 環
三八式物書機
第1話 鬼と呼ばれた少女
長谷川 環
親は放任主義と言えば聞こえが良い。ただのネグレクト(育児放棄)。まともに飯も食わせて貰ったどころか、家に親が居た試しが無い。
背は高く、体格だけは女子にしておくにはもったいない程だ。家に居てもやることが無いから、子どもの頃から夜になるまで、外で走り回ったせいだろう。力だけは強く、特に格闘技の経験は無いが、喧嘩に負けた事は無い。
お小遣いを貰えるわけじゃないどころか、今日の食事を得るために、かつあげは日常茶飯事であった。当然ながら、まともに学校には通っていない。だから高校なんて行けるとは思っていない。
学力が高いか低いかはまともに試験を受けてないから知りもしない。だが、勉強自体は嫌いじゃないので、暇な時は図書館で教科書を読んだりしている。
このまま、ろくでなしのまま、生涯を過ごすのだろうと覚悟だけはしていた。
環がフラフラと街中を歩き、獲物を探していると、突如として、バン車が路肩に停まった。スライドドアが開き、背広姿の男達が降りてきた。
環は察する。多分、因縁のある連中の復讐だろうと、だから、戦闘体勢を取る。
「待て待て。我々は警察だ」
一人の男が警察手帳を出した。だが、信用など出来ない。悪い奴らはそうやって騙すこともある。
「信じられないね」
「困ったことを言うな。君は社会不適合矯正法に従って、矯正施設に入って貰う。拒否権は無い。ちゃんと令状もある」
男は更に令状を環に見せる。
難しい文言で書かれた令状を一瞥で理解ができるわけじゃないが、それが本物だとは感じた。
「矯正施設って、少年院?」
「違う。高校だよ」
警察官の言葉に環は首を捻る。
「高校?」
「とにかく、一緒に来て貰う」
背広姿の警察官達は屈強そうで、当然ながら丸腰じゃないと感じた環は諦めて、手錠をされて車に乗り込む。
バン車の運転席と後部座席は鉄板で隔てられており、更に窓ガラスも鉄板で防がれていた。車内灯だけが車内を照らす。
環の左右には屈強な警察官が座り、更に後方にも座っている。不良少女を連行するにもちょっと尋常じゃない状況であった。
「たった一人を連れて行くには大袈裟じゃない?」
環がそう言うと、右隣の警察官が言う。
「お前はこの辺じゃ鬼と呼ばれているそうじゃないか?」
「鬼って…誰が言ってるか知らないけど、私に直接、言う奴は居ないよ」
「だろうな。空手や柔道の有段者さえ倒すぐらいに強いそうじゃないか」
「相手が何者かなんて考えたことはないよ」
「そいつは凄いな。その噂を聞いてたからね。万が一、逃げられたり、抵抗されることを考えての準備だよ。大人しく来て貰えるとは思わなかった」
「無駄な事は嫌いでね」
「そいつはありがたい」
車はそのまま、1時間程、走ると、目的地に着いたようで、スライドドアが開かれる。
「ようやく着いたみたいね」
環がそう告げると警察官は首を横に振る。
「まだだよ。ここからはこいつだ」
車の横には陸上自衛隊の輸送機が停まっていた。
「飛行機?」
「あぁ、ここから先は陸路じゃいけない場所さ」
「どこにあるんだよ?」
「それは極秘だ。一般人は知らない」
「マジかよ。抵抗して逃げれば良かった」
「残念だったな。ここでお別れだ。しっかり矯正されて、真人間になって帰ってこいよ」
警察官に手を振られて、環は輸送機の乗務員に連れられて、乗り込む。
輸送機の中には十数人の女子が環と同じように手錠をされて、座っている。
「てめぇが最後か。おせぇよ」
ある少女が怒鳴る。直後、彼女は悲鳴を上げた。
「黙れ。電撃が流れるぞ」
乗務員が冷たく言い放つ。電流が流れただろう少女は乗務員を睨みながら、大人しく座り直す。
乗務員に指示を受けて、環は椅子に座る。
左隣には暗そうな同じ年頃の少女が座っている。
「あんた、不良には見えないけど?」
そう尋ねると、少女は怯えたように俯いたまま、黙り込んでしまった。その様子に環はため息をついて、右隣を見る。こっちは似たような雰囲気を漂わせる金髪の少女だ。
「こっちは話が出来そうだな」
環がそう言うと、金髪少女は環を睨む。
「うぜぇ。話し掛けるな」
「そういうの嫌いじゃねぇぜ」
環は手錠をされた両手を叩きながら、同様に睨み返す。
「てめぇ…殴り飛ばすぞ」
金髪少女は環に顔を近付けて、威嚇するように告げる。刹那、彼女は悲鳴を上げて、ぶっ倒れる。
「1845番、黙れ」
乗務員が怒鳴る。どうやら電流が流されたようだ。
「番号…私にもあるのかね?」
そう呟くと、乗務員がやって来た。
「当然だ。これからお前らは番号で呼ばれる。決して、互いの事は話合わないように、お前らは過去を捨て、これから国家の為に生きるのだからな」
それを聞いた環は乗務員を睨み付ける。それを見た乗務員は笑いながら、手にしたコントローラーを操作する。
すると環の全身を電流が流れる。あまりの激痛に悲鳴を上げそうになるが、環はそれを堪えた。
「へへへ。マッサージって奴か?」
「減らず口を…大人しくしてろ」
そう言っている間に輸送機は飛び立つ為の警告をアナウンスした。乗務員はその間に環の首に首輪を巻いた。
「なんだよこれ?犬じゃねぇんだぞ」
環は嫌そうに外そうとする。
「そいつは簡単には外せないが、強引に外そうとすれば、爆発する。一発で首が飛ぶぞ。1850番」
「なんだと?」
環は乗務員を睨む。
「お前らみたいな野犬は首輪をしないと逃げ出すからな」
「おいおい、冗談はよしてくれよ。さすがにやりすぎだろ?」
環の言葉に乗務員達は笑った。
どれだけ飛んだだろうか。輸送機から外は眺められない。どこを飛んでいるのかもわからぬまま、時間だけが過ぎる、
そして、飛行機は着陸した。
数時間ぶりの外の空気が吸えるので、環は安堵した。何も喋れず、ただ、座っているのは地獄の苦しみだったからだ。
降りると潮風を感じた。
見渡せば、飛行場と山と海と言った風景。
環はそこがそこそこ大きな島であると理解した。
降りると待ち構えていたように制服姿の女性達がそこに居た。
「よし、番号順に並べさせろ」
その指示で少女達は職員達に並べさせられる。
改めて見れば、環のようなヤンキーが半分以上、それ以外は普通そうな奴から暗そうな奴、明らかにおかしな奴って感じだった。
それからバスに乗せられ、空港から30分程度の場所にある学校へと到着した。こんな島には相応しくない程に立派な校舎があり、その周囲には高い壁とその上には有刺鉄線があった。
校庭に再び並べさせられた少女達の前に置かれた台の上に職員が立つ。
「制服を支給する。今後はこれを着用する事。あと、運動時などに着用するジャージや水着もある。必要に応じて、着替えを指示するから、自分勝手に着替えるな」
用意された制服はどこか懐かしい感じがするセーラー服であった。
実は中学時代もセーラー服であった環だが、親が育児放棄だったため、制服を買って貰えなかった。それが不登校の原因でもあったが。
初めての制服に環はかなり嬉しかった。
着替えて来いと指示され、ウキウキしながら、更衣室へと向かう。
更衣室のロッカーには番号が振られ、個人個人の私物もそこに入れておくようになっている。
鍵は生体認証となっており、無駄に最新鋭だなと環は思った。
着替えを終えた少女達は再び、校庭に並ぶ。
台の上に立っていた女性職員は少女達に向かって説明を始める。
「よし。私はこの挺身女子高等学校の校長である。ここでは基本的に個人情報を互いに知ることを許可していない。それは指導教官である我々もだ。だから、基本的に指導教官も肩書きか番号で呼ぶ。この規則は絶対だ。お前らも互いに個人情報を教えたり、知ろうとするな。良いな。場合によってはかなり厳しい罰を与えることになる」
厳しい口調で言われるが、半数程はそんなことに怯えるような連中では無かった。
「鑑別所や少年院に比べたら楽勝だな」
誰かが言った。それを聞いた校長はニヤリとする。
「なるほど。ここには鑑別所や少年院に入っていた連中も多いな。まぁ、それならそれで良い。とにかくお前らはこれから3年間。ここで生活をして貰う。そして、試験を受けて合格を続けて貰う。逃げ出したり、反抗的ならば、退学もあり得るから覚悟をしておけ」
「退学?その方が良いじゃねぇか」
誰かが大声で言った。
刹那、銃声が鳴った。
一人の少女が倒れた。地面には血が流れ出す。
悲鳴が上がる。パニックになった少女達。
再び銃声が鳴る。
銃を撃ったのは職員の一人だ。
「黙れ。反抗的な態度の者はこのように退学となる。ここでの退学はつまり死である。分かったら、黙って、話を聞け」
頭を撃ち抜かれた少女を誰も介抱しない。当然のようにそのままにして、校長は話を続ける。
「退学の話は終わったな。君らには授業を受けて貰う。授業は普通の高校で行われるものから、特別なものまで様々だ。ここで学んだ事は試験で実際に必要となることも多くあるだろう。もし、無事で居たければ、しっかりと勉学に励め。以上だ」
校長はそのまま台から降りていく。代わりに別の女性職員が台に立つ。
「生徒指導の35番教官だ。今後はお前らの教育を私が行う。言動や身だしなみに問題がある場合は退学も含めて、指導する。私の前では常に返事ははいだ。いいな」
女だてらに木刀を片手に怒鳴る。それ自体に怯えるのは半数ぐらい。半数は怖くもない様子だ。当然、環もだ。ただ、なにかあれば、平然と撃ち殺される。あまりに非常識な場所に来たのだと後悔した。
ただ、目の前で人が殺されたのだが、環はその事に動揺はしていない。これまで、散々、人を痛め付けてきたせいで、あまり、この手のことを気にしない。
それが巷で鬼と呼ばれた少女の業であった。
人を殺していると噂されてる程に強く、暴力団ですら、避けるのが彼女である。それ故に彼女の両親は成長してからの彼女を恐れて、家に戻っていない。だが、その事を彼女は知らない。
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