第26話 は、母上…お懐かしゅう…
「あ…いや、随従の身でいかがかと…ハハハ、思わず足が止まりました」と言い分けしつつ1歩、2歩と母のもとへとこわ張った足を進める為介。その混乱錯綜した心の中をついに制した言葉がありました。その言葉が母のみ前に我が身を膝間づかせます。
「は、母上…お懐かしゅう…」とつぶやいては両の膝を地面に着きます。しかしそれを見た則子はあわてて「これを」と云って傍らの村長に柄杓を渡し、為介のもとへと駆け寄ります。
「こ、これはご家令様、おつまづきを。どうぞ、お立ち下さい。土などはらいますゆえ…」などと云っては為介のもとに屈まり小声で、
「これ、為介、立ちやれ。一同の眼がある。今は名乗りますまいぞえ」と諭しつつ為介を立たせます。いそいそし気に土をはらいながら「ほほほ、いかがなされましたか、おつまづきなど…」などと云い繕いつつ往年の才女ぶりを則子がここで発揮いたします。いま気づいたがごとく樫の木のほととぎすを見やっては
「ああ、あれなるほととぎすの音に魅せられましたか。いまだに鳴くとはげにもめずらしきこと…そう云えば彼処、あれなる鎮守の森の奥にあばら家が見え隠れしますが、夜分、あの辺りでよく耳にいたしまする。ご風流を聞こし召すならばいつなりともお出ましくださいませ」などと云っては言外に我が庵の在り処を教えるのでありました。それに対して立ち上がりはしたものの未だに何と返答をしていいものやら、はっきりとしない為介。決まり悪げにただ忸怩とするばかり。代りに高嗣がこれを受けます。
「いかにも。未だにほととぎすが鳴くとは、これは風流を越えた何かの神事に違いない。必ずやこの為介をば使わして検分させるにしかず。よいか、為介、あれなる鎮守の森、あれなる庵じゃ!しかと今、頭に入れよ!」と申し渡します。
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