図書館の君へ③

3話で終わりにするつもりでしたが終わりませんでした。

もう少し続きます。



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彼が同じ学校に入学していた事に気がついたのは中等部の入学式から1週間後、偶然廊下ですれ違った時だった。

まさか彼が同じ学校を受験していたとは思ってもいなかった。

なので、最初は幻でも見たのかと一瞬思った。

真新しい制服に身を包み、新しく出来た友達らしき男子生徒と談笑をしながら廊下を歩いて来る彼。

思わず目でその姿を追ったが、彼が私を見る事は遂になかった。

何となく気まずくて、小学生のあの日以来会話どころか目も合わさなくなった、少し気になっていた相手。


もう話す事はきっとないだろうと、少し胸は痛んだが私はいつの間にか彼への想いやこれまでのやりとりも含めて全てを封印し、記憶から消し去っていた。

以来完全に関わりがないまま、今日まで来たのだ。


下校時間となり、私は「水の王国物語」と挟まっていた手紙を手に図書館を後にした。

もしかしたらこれを書いたのは違う人かも知れない。

けど、もし彼だったら。


明日これを持って聞きに行ってみよう。




私のクラスは2年3組である。

昨日見た名簿には、彼のクラスは『2年4組』だと書いてあった。

次の日の昼休み、私は隣のクラスの前にいた。

自分のクラスのクラスメイトとさえあまり話した事がないのに、他のクラスとなるとかなりハードルが上がる。

けど、このままだと何も変わらない。

私は勇気を振り絞って、教室の入り口で屯して談笑している4組の男子生徒の集団に話しかけた。


「あ、あの!すいません!」


「え?」


私の声に反応して、入り口にいた生徒たちが全員こっちを向いた。

緊張したが、私は息を飲んで何とか話を続けた。


「あの、岩瀬遼太くんってこのクラスですよね?今いますか?」


「え?遼太?」


「なんか用事?」


数人の男子から怪訝そうな顔で言われた私は、何と言えばいいか分からずに困ってしまった。


「あの…その、」


「…!ちょっと待って!」


その時、1人の男子が乗り出して私を見た。


「早川さんだよね?隣のクラスの」


「えっ、」


名前を呼ばれてずいっと顔を見られた私は、少し驚いて一歩後ろに下がった。


「は、はい…そうです」


頷いた私を見たその男子は、ぱあっと嬉しそうな顔をした。


「やっぱりそうだ!この子だ!遼ちゃんの好きな子!」


「!!」


その言葉を聞き、その場にいた全員が黙り込んだ。


「遼ちゃん」と言うのは、恐らく彼の事だ。

下の名前が「遼太」だから。


いや、それよりも。

目の前の男子が今言った『遼ちゃんの好きな子!』と言う言葉が脳内に響き渡っていた。

そして、顔が熱くなっていくのが分かった。

きっと今の私は顔が真っ赤になっているだろう。


突然の暴露をしたその男子に対しては、他の男子たちから非難の声が集中した。


「はあああ!?」


「お前なあ!!」


「よりにもよって早川さん本人の前で言う奴があるか!!!」


無意識の内に言ってしまったのか、当の男子も頭を抱えている。


「やばい!どうしよう!遼ちゃんに殺される!!」


ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた目の前の男子たちを前に、私はどうしたらいいか分からずに右往左往していた。


「あ、…あの、」


「おいやめろお前ら!騒ぐな!困ってるだろ」


その時、騒ぎを聞きつけたらしいメガネをかけた男子が

教室の中から出て来て騒いでいる男子たちを注意した。


「早川さんだよね?」


メガネの彼が私の方を向いて聞いて来たので、「はい」

とだけ答えた。


「遼太に会いに来たの?」


私はこくこくと頭を縦に振った。


「ごめんね、騒がしくて。こいつら皆遼太が君の事が好きだって知ってて、…その手紙読んでくれたんだね」


メガネの彼は、私が本と一緒に持っていた緑の封筒を指差した。

やっぱりこの手紙を書いたのは、彼…遼太のようだった。


「…これ、やっぱり遼太くんが書いてくれたの?」


「うん。あいつ、どうしても名乗り出る気も直接渡す勇気が出なかったらしくてさ」


だからその本に手紙を挟むって言い出した時は「何言ってんだこいつ」って思ったよ、とメガネの彼は笑った。




数日前の昼休み、彼は遼太と一緒に図書館にいた。

私がいない時間を見計らって行ったらしい。


『なあ…何でその本に挟むんだよ?』


図書館で「水の王国物語」を手にした遼太に彼は聞いた。


『この本なら俺がこれを書いたって気が付いてくれるかも知れないから』


『…名乗り出る事は出来ないって手紙に書いたのに?』


『…最初から俺が書いたって分かってたら、きっと海奈は読んでくれない』


遼太は「水の王国物語」をパラパラとめくった。


『だからこれでいいんだよ』


『……そんな風には見えないけどな、あの子。ちゃんと読んでくれると思うぞ』


少なくとも彼にはあの子…つまり私が好き嫌いで態度を変えたりするようには見えなかったそうだ。


彼の言葉を聞いた遼太は何かを考えたように黙った後、手紙を挟んだ本を閉じて受付の本の山の上に乗せた。


『……、もしもこれで俺が書いたって海奈が気が付いてくれたら、少しでも望みはある。…その時は動く』





「…だから昨日か一昨日それを君に知られないようにこっそり挟んでおいたんだけど…もう気が付いたんだね」


よく分かったな、と言ったメガネの彼は何だか嬉しそうに見えた。


記憶の中の小学生の彼は、私の事を『海奈』と呼んでいた。そして私も彼の事は『遼太くん』と、お互いに下の名前で呼んでいたのを思い出した。

何気ない事かも知れないが、今でも彼が変わらず『海奈』と呼んでくれている事が嬉しかった。


「……、あの、今遼太くんはどこに、」


手紙を書いたのは遼太だと分かったのはいいが、肝心の本人が教室にいないようだ。

メガネの彼を始め、話を聞いていた男子たちも誰も行き先を知らないらしい。


「あいつ…せっかく早川さんが来てくれたのに」  


メガネの彼がため息をついた時、バタバタと同じクラスの女子が廊下を走って来るのが見えた。


「あっ!いた!海奈!次移動だよ!!」


「えっ!?…あ、あの、また出直します!そう遼太くんに伝えてください」


ぺこり、と4組の面々に頭を下げた私は足早に3組の教室に戻った。

戻る途中後ろからは、「遼ちゃんどこ行ったんだよー!」とか、彼を探しているような声がいくつか聞こえて来た。

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