第35話 クラス(学級)

 山岳地帯内部――


 死者や重症者も出ることがあるという野外演習は思いのほか、ぬるっと開始されていた。


 5分間隔で、各チームが山岳地帯へと入っていく。


 チーム9であったユキのチームは最初のチームの開始から40分後にスタートということだ。


「おい、貴様……」


(……?)


 スタート直前、ユキは後ろから声を掛けられる。


 すらっとした高身長で、パーマのきいた金髪に赤い瞳……スパ・ゲッツェコードであった。

 どうやらスパはチーム10であったようだ。


「なにか?」


「よかったなぁ……」


(……?)


「ピアソンがチームにいて」


「……どういう意味?」


「そのままの意味だ。ピアソンに守ってもらえるだろ? ったく、悪運の強い平民だよ、貴様は……」


「……」


(……面倒くさい奴だな……気分悪……平民相手にマウントとって嬉しいんか? 高貴なる貴族様はよ……)


「おい、いいのか? ユキ」


 反論しないユキに対して、オーエスが心配そうに尋ねる。


「あぁ……不毛な舌戦はあまりしたくないんだ」


「……そうか」


 と……


「さぁ、次……チーム9」


 教師にチーム9が呼ばれる。


「それでは、行ってどうぞぉ」


 開始直前に少々、気分を害されたが、演習はそんなこととは関係なく開始される。

 チーム9の制限時間はここから3時間ということになる。


「さぁ、行こうか」


 オーエスがそう言い、ユキとルビィはこくりと頷く。


 オーエスを先頭に、山道を進んでいく。


 と……


「うわぁあああああああ!!」


(っっ!?)


 始まって早々、前方から叫び声が聞こえた。


 どうするか……と考える間もなく、前方から生徒三名が走ってくる。

 それを追跡するように、大型のイノシシが三体、迫ってくる。

 イッカク・ファングだ。


「あれは……チーム8だな」


 とオーエス。


「そうだね」


(まぁ、実際、5分しか間隔あけてないからな……)


「あ、チーム9……! 逃げろ! 巻き添えになるぞ! いきなり三体に出くわしちまった!」


 逃げてきたチーム8のメンバーである男子生徒が必死の形相で訴えかける。


 だが……


「〝煉獄れんごくの炎に焼かれよ〟」


 その男子生徒の話など無視するかのように、チーム9の女子生徒……ルビィ・ピアソンは右手を前に向ける。


 そして……


紅炎クリムゾン・フレイム〟」


 凄まじい炎弾が大量に発生する。


 ぷぎぃいいいいいいい、ぶぎぃいいい、ぷぎぃいいい


 ……少々、あわれな豚の断末魔……


(…………すげ……)


 一瞬にして、豚の丸焼きが三体できあがった。


「これで三体ね……及第点まではあと二体……いきましょう」


「「あ、はい……」」


 ルビィはさっさと山の奥へと向かって行ってしまったので、ユキとオーエスはそれを追うのであった。


 ……


「いたわ……」


 ルビィの視線の先には、二体のイッカク・ファングがいる。

 まだこちらには気付いていない。


 イッカク・ファングはちょうど二体。

 演習のレギュレーション③の関係上、残り二体をユキとオーエスが一体ずつ倒せば条件クリアとなる。


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【第一回 前期野外演習レギュレーション】

 ③1チームにつきイッカク・ファング5体の討伐で及第点

 ┗5体の内訳のうちチームメンバー1名につき最低1体は討伐する

 (攻撃魔法が専門外で事前に申請している者は対象外となる)

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 と……


「……私がまず奴らを弱体化させる、そこを……」


 ルビィがそんなことを言いかける。


(……この人、直接は言わないけど、俺たちのこと全然、信用してないな……。ルール上、仕方なく感をふんわりとかもし出してる……)


 ユキがそう思っていた時……


「いやいや、ルビィ嬢」


「!?」


 オーエスがルビィの言葉を遮るように言う。


「僕たちのこと全然、信用してないな?」


(めっちゃストレートに聞きおる……)


「……! …………私は誰も信用してない」


「まぁ、信用していないのはいいとして、こちらにも成績が掛かっておりますゆえ……瀕死のイノシシ一体を倒しただけでは、合格最低ラインもいいところでしょう」


「……」


「というわけで、手出し無用でお願いしたい」


 そう言って、オーエスはイッカク・ファングの前に出る。


 ぶひぃ?


 イッカク・ファングもその様子に気付いたようだ。


 そして……


 ぶひぃいいいいいいいい!!


 イッカク・ファングの一体がオーエスを目視するや否や、怒り狂うように突撃してくる。


 だが……


「〝清水よ―― 無知なる者を洗い流せ 激流ハイドロ・プレス〟」


 ぷぎぃいいいいいい


 オーエスから放たれた凄まじい水流が突進してきたイッカク・ファングの一体をピンポン玉のように吹き飛ばす。


(おぉ……すげ……)


 何気にオーエスがまじめに攻撃魔法を行使しているのを見るのは初めてであった。


「一体は倒した。ユキくん、残り一体いけるかな?」


「あ、はい……がんばります」


 ユキはオーエスに促されて、前に出る。


 そして、杖を構える。


「フリー……その子……大丈夫なの?」


 それを一歩下がって見ていたルビィが無表情でオーエスに尋ねる。


 ユキは授業初日に魔生成不可者であったことがディスられはしたものの、その後、アイシャとなぜか知り合いであるということで、どこかディスってはいけない空気が生成されていた。


 しかし、その実、アイシャと知り合いというだけ……しかもどういう関係なのかは不明であり、魔生成不可者……蔑称、無才であるということに違いはないのだ。


 無才ができることは魔法補助具を使用した魔法。

 魔法補助具は確かに無才であっても魔法が使える奇跡の道具であるが、その性能は、自ら魔法を生成できる者に遥かに劣る。


 ゆえにルビィがその実力を疑問視するのは至極、当然であるといえた。


「その子……魔法補助具しか……」


 だが……


「おいおい、ルビィ嬢…………その子じゃなくてユキだ」


「……!」


(別に名前くらいいいけど……)


 オーエスの訂正に、ユキは内心、苦笑いする。


「それに、ルビィ嬢、もう一つ間違いがある。魔法補助具じゃない」


「えっ……?」


「魔法具って言うんだぜ?」


(それも呼び方変えただけだけどね…………だけど……)


 呼び方を変えただけ……確かにそうであったが、そうであっても……

 魔法具と呼んでくれたアイシャ様の敬意に報いたい――


実行エグゼ……!」


「え…………?」


 ルビィは驚きの声をあげる。

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