第13話 デバッグ
「……ん、んん……」
(ん……?)
ふいに、何やらちょっぴりセクシーな感じの女性の声のようなものが聞こえてきたような気がした。
「………………っ!!」
いや、それは何やらちょっぴりセクシーな感じの女性の声のようなものではなく、何やらちょっぴりセクシーな感じの女性の声そのものであった。
(って……あ、あ、アイシャ様……!?)
ユキは自分が作業をしていたすぐ後ろで、アイシャが眠っていることに気が付く。
(え……? え……? そういえば、昨日、アイシャ様とはどうやって別れたっけ……?)
「………………」
(ダメだ……記憶がねえ……!!)
ユキは作業に没頭しすぎており……
◆
「ユキ、作業途中で、すまないが、少し横になる」
「あ、はい、大丈夫です」
◆
という会話があったことがすっかり頭から抜け落ちていたのである。
「……ん、んん……」
(…………!)
アイシャは未だ眠っているのだが、寝言なのか、時折、ちょっぴりセクシーな感じの声を出す。
(やべ……どうしよう……起こした方がいいのかな……)
と……
「……ん、んんん……」
(っっっ……!!)
アイシャが寝返りをうち、制服のスカートの
(こ、これは……あきまへん……!)
これには、前世で関西圏に在住していたわけでもなかったユキも思わず関西弁になってしまう。
「…………」
(…………ここは紳士としてな)
ユキは目を背けつつ、スカートのめくれている部分をつまんで元に戻してあげることにした。
その時であった。
急に研究開発室の扉が開く音がする。
(っっ!?)
ユキはドキリとして、そちらを見る。
「何をしている?」
そこには、少々、鋭い目つきをした男子生徒がいた。
男子生徒はすらっとした高身長で、パーマのきいた金髪に赤い瞳、なんとなく高貴な雰囲気がある。
それはアイシャの秘書であるという子爵……ゲッツェコード家の令息であるスパ・ゲッツェコードであった。
「あ……えーと……」
ユキは思う。
この状況は、
と、その時……
「ん!!」
アイシャがパチリと目を覚ます。
「あ、おはよう、ユキ……」
「お、おはようございます……」
「えーと、確か……昨夜は……むむ……ひょっとして私は眠りすぎてしまったか……」
「アイシャ様……!」
「む……?」
スパがアイシャに声を掛け、アイシャはその方向に首を向ける。
「むむ……!」
スパの顔を見て……そして、アイシャは時計へと視線を向ける。
「なんと……! もうこんな時間ではないか……!」
アイシャは慌てて立ち上がり、研究開発室の扉へと向かう。
「ユキ……! すまない、昨日の件はまだ我々だけの秘密にな……!」
「え……? はい……!」
「うむ、ありがとう……よろしく頼む。また後で、状況を聞きに来る……!」
そう言い残し、アイシャはそそくさと研究開発室から去っていく。
(…………なんだか慌ただしい人だな……アイシャ様は……)
などと、思っていると……
「おい、貴様……!」
「っっ……!」
まだそこに残っていたスパに突如、声を掛けられる。
あまり穏やかな口調ではない。
「…………なんでしょうか」
「貴様…………アイシャ様に何か不敬なことをしてはいないだろうな?」
「不敬……? めっそうもございません」
「ならば、先程は何をしていたのだ!?」
「え……? えーと……」
(いや、紳士的にスカートの
「あ、えーと、そうですね……
「
ユキは結局、いまいちな
「あー、えーと……
「あー、あー、説明しなくていい……! 僕も忙しいのだ……」
「はぁ……」
(いや、だったら絡んでくるなよ……! こちとら徹夜明けで、かなりグロッキーなんだぞ……!)
「ちっ…………貴様のような
「……」
「まぁいい……とにかく……必要以上にアイシャ様と接するのは自粛するのだな……」
「……承知しま……」
「全く……こっちは忙しいというのに……」
とユキが返答する途中にもスパは足早に研究開発室を去っていった。
「…………」
(って、別にこっちから絡んではないやろがい!)
◇
(……だる)
ユキは重い足取りで、職場へと向かっていた。
職場である王立学園高等部内の敷地にいたのが不幸中の幸いだ。
(いや、しかし……研究開発室に最低限の宿泊施設があったのは幸いだったな……)
研究開発室にはシャワー室があった。ついでになぜかアメニティーの使い捨ての歯ブラシもあった。
ご丁寧に、〝ご自由にお使いください〟とのメモがあったため、ユキはこれ幸いと、ご自由に使わせてもらった。
(いやー、しかし、徹夜した割には身体が軽い気がする……やっぱ、若いって素晴らしいな。いや、アドレナリンが出まくって覚醒しちゃってるだけかもしれない。あとでどっと疲れが来るから油断は禁物だな……)
そんなことを考えているうちに職場に到着する。
「おぉー! ユキ、無事だったか!? よかった……」
職場に到着すると、早速、イントが話しかけてくる。
イントはかなり心配していた様子であった。
(そういえば、昨日はイントと芝刈りをしているところをアイシャ様に拉致されたのだった。相手が貴族となれば、そりゃあ心配だよな……)
「あ、あー、なんとかな……」
「なんとかって……あの後、一体、何があったんだ?」
「あ、えーと……」
ユキは昨日の出来事をイントにざっくりと話す。
「ま、まじか……ユキ…………あのアイシャ様と普通に会話したのか?」
「え……うん……まぁ……」
「まぁ……ってお前…………それ、結構すごいことだと思うのだが……」
「……そうなのか」
……などと、イントと話をしていると……
「リバイス……! ユキ・リバイス!」
(ん……?)
「はい!」
ユキを呼んでいたのは、主任用務員であった。
「あー、いたか。ユキ・リバイス……お前、今日、非番な」
「はい?」
「なんか知らんが、上からお達しがあった」
「え……? もしや……クビですか……?」
「いや、非番だって言ってるでしょ。有休だよ」
「え、まじですか!?」
有休とは、休みであるが、その休んでいる時間に対して、給料が支払われる休みのことである。
(…………なんか知らんけど、ついてるな……! 流石に少し寝るか!)
そうして、ユキは魔王城敷地内にある従業員用の寮へ戻り、眠りにつくのであった。
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