第5話 限界値


 ◆


 そして現在――


 ユキはその類まれなる能力を〝芝刈り機〟に使っていたのであった。


 ユキはついに魔法補助具内の魔法論理マジック・ロジックの改変を修得した。


 それによりある程度の自由度を持った魔法を魔法補助具により行うことができるようになったわけである。


 であれば、ユキの魔法補助具の魔法論理マジック・ロジック改変は万能であるか。


 極端な話……


////////////////////////////////////////////


// 弾の初期化処理

size = 10000000 // 大きさ

power = 999999999 // 威力

speed = 9999999999 // 速度

acceleration = 530000 // 加速度


////////////////////////////////////////////


 のような改変を行うことができれば、むちゃくちゃ巨大で超高速で凄まじい破壊力の魔法を放つことができるだろう。


 だが、実際にはこれは不可能であった。


 ユキの魔法補助具の魔法論理マジック・ロジック改変には限度があった。


〝ユキ自身が改変できるパラメータの限度〟だ。


 ユキが設定できるパラメータはたかが知れていた。


 大きさ(size)で言えば、10が限界であったし、威力(power)でいえば、3が限界だ。


 加えて、各パラメータの改変総量にも限界があった。

 例えば、大きさ(size)を限界の10まで上げれば、威力(power)は1より大きくすることはできなかった。


 ただ、これらの改変限界については訓練を繰り返すことで少しずつ拡張されていた。

 また定性的な検証の結果、〝とある条件〟を満たすと、ある程度までは限界を超えることができることも発見した。


 さらに、もう一つ、制約がある。

 それは改変には集中力と時間を必要とするということだ。


 ゆえに戦闘中に、魔法論理マジック・ロジックを改変して、状況に応じて臨機応変に対応するといったことは難しい。


 卓越した魔法使いは、自身の魔法を意のままに操ることができることを考えれば、これは大きな欠点と言えるだろう。


 一方で許容範囲の中で、一工夫してやれば便利な芝刈り機だって作ることができるのだ。


「それにしてもユキ……こう暑いとやってられんな」


「そうだな」


 ユキとイントは芝刈りを終え…………〝次の芝刈り場〟へ向かっていた。


 ちょうど魔王城の端に差し掛かると、城壁の外から人の声が聞こえてくる。


「恵んでくれぇええ……」


(ん……?)


 それは、物乞いであった。


「飯を……恵んでくれ……」


(……)


「ちょ……ユキ……!」


 ユキは自分の持っていた昼食の一部を城外へ投げる。


「あぁあ゛あああ゛ああ、ありがとうございますぅ」


(……)


「ユキ、行くぞ」


「あぁ……」


 そうしてユキとイントの二人は再び、次の芝刈り場へと歩みを進める。


「ユキ、こう言っちゃなんだが、あんなことをしてもキリはねえぞ」


「……そうかもな」


 ユキはふと考える。


 一見、煌びやかに見える魔王城とその城下町。

 しかし、実際には様々な問題を抱えている。


 昨今の暑すぎる夏により、食糧の保存がきかずに、食糧危機が発生している。


 幸いにして、ユキは平民とはいえ、魔王城に勤務しているため、食糧の確保に瀕するほどではない。


 しかし、働くことが困難な者はそうではないのが実情である。


「ユキよぉ、あいつらは働くための努力を怠ってきたんだ。こう言っちゃ悪いが、報いってやつだよ」


「……そうかな。じゃあ、生まれながらに努力が苦手な人はどうすればいい?」


「え……? 努力ってのは、それこそ努力次第で誰にでも……」


「……うーん、本当にそうかな」


 ユキも前世の学生時代はイントと同じように思っていた。


 だが、中年に近づき、物事を一歩引いた目線で見れるようになると、少し考え方が変わっていた。


 努力するにも才能的なものが必要なんじゃないかと。


(なまじ、努力ってのは辛いことが多いからタチが悪いよな……。辛い努力をしている人は、他者も同じくらい苦しめば、自分と同じレベルになれる、つまり辛いことを避ける人は怠惰であると思ってしまいがちなのだろう……。だけど、そもそも辛いことに耐えられること自体が才能な気もする。しかし、努力している人自体も辛いから努力が才能と断定することもはばかられ……)


「あぁああああ、無限ループだぁあああ!!」


「ユキ、急にどうした!?」


「いや、悪い……でもさ、現実もプログラミングみたいに理路整然としていたらいいのにな……」


「は? プログラミング?」


「あ、すまん、なんでもない」


 ユキは頭を搔く。


「さて、イント、次の現場に着くぞ」


「そうだな」


 二人は再び、芝刈りを始め……そして、作業を完了する。


 その後、最後の現場である学生寮の近くに移動し……


「はぁー、終わった終わった!」


 イントは上機嫌に言う。

 芝刈り機の活躍もあり、昼前には今日のノルマが完了していた。


「さてさて、飯にしようぜ」


「あぁ……!」


 イントとユキは昼食を取ることにする。


 すると……


「これ……!」


「ん……?」


 見ると、イントが自身の昼食の一部をユキに差し出していた。


「え? いや、大丈夫だって」


 ユキは断る。

 恐らく自分が物乞いに恵んで減った分をくれようとしているのだろうとすぐに分かったからだ。


 だが……


「気にすんな。ユキのおかげで仕事がさくっと終わったからだよ」


(……)


「……ありがとよ」


 ユキは受け取る。

 それは建前という奴だろうが、それでもこれ以上、断るのは野暮であるとユキは感じた。


 その時であった。


「おい、お前ら……!」


「「……!?」」


 食事を取ろうとしていたユキとイントは後ろから声を掛けられる。

 あまり穏やかとはいえない口調で声を掛けたのは、ガタイのいい先輩職員こと……ジェイソンであった。

 ジェイソンは今朝方、本来、洗濯当番であったはずのユキとイントに草刈り当番を交替させてきた男だ。


「ユキくん、イントくん、何で学生寮ここにいるのかな?」


 ジェイソンは最後の現場であるはずの学生寮にユキとイントがいて、加えて、すでに芝が刈り終っていることに疑問を抱いていた。


「え? 終わったからっすけど」


 イントはそのように答える。


「終わっただと? この短時間に!?」


「えぇ、そうですが? 本日の業務終了です」


 イントは交替させられたのを根に持っているからか、やや挑発的に笑みを浮かべながら答える。


「……っ! お前ら、手抜きしてるだろ?」


「手抜き? この芝生を見てくださいよ」


「っっ……!」


 そこには綺麗に刈り取られた芝生があった。


「っっ…………」


 ジェイソンは険しい顔をする。

 が、何かを思い付いたのか急に笑顔に戻る。そして……


「ほーん、そうか。もう仕事終わったんだね? だったら、ユキくん、イントくん、僕たちの洗濯も手伝ってくれないかな?」


「っ……!?」


「ね? 終わったんでしょ? いいよね? ユキくん」


「いえ、お断りします」


「っっっ……!?」


 朝は担当の交替をあっさりと受け入れたユキであったが、今回はきっぱりと断る。


「え? なんで?」


「この現場は時間給じゃなくて、成果給ですよね? 要するにノルマ終わったら業務終了です。交替ならば建前上は等価交換ですが、あなたたちの仕事を受けるのは違いますよね」


「っっっ……!」


 ジェイソンは一瞬、言葉を失う。


 だが……


「あ゛ー、あ゛ー……なんだ、お前ら……新人のくせに生意気だな……!」


「「っ……!?」」


「お前ら、あれだろ? 俺たちが温厚だから安心しちゃってるんだろ?」


「ど、どういう……」


「すこーしばかり身体に教えてやる必要がありそうだな」


(な……!?)


「〝炎よ――弾丸となりて敵を討て 炎弾ファイア・ボール〟!!」


「うおっ……!」


 ジェイソンはなんとユキとイントに魔法で攻撃を仕掛けてきたのである。


「ジェイソンさん……どういうつもりですか?」


 ユキが静かに尋ねる。


「どうもこうもねえよ、さっき言った通り。すこしばかり身体に教えてやるんだよ」


(……全く……血の気の強い世界だな……)


 前世で言えば、かなり理不尽……というか暴力に訴えかけることは犯罪クラスの所業である。


 しかし、この世界では、魔法による決闘(決闘というには、いささかしょうもない事であるが……)は割と日常茶飯事であった。


 この世界における〝人間同士の魔法が及ぼす作用〟は、物理的なものではなく、〝精神的なもの〟であると言われている。


 要するに炎の魔法で焼かれたとしても、身体が実際に焼かれるわけではないのだ。

 ゆえに大怪我を負うわけではない。


 しかし、精神的には炎で焼かれるわけなので、苦痛はある。

 強い魔法を受ければ、当然、失神し、行動不能に陥る。


「ユキ、どうするよ?」


「……向こうがその気ならやるしかないよな」


 そう言って、ユキは杖を構える。


 と……


「「…………?」」


 その姿を見たジェイソンとその後ろにいる連れの二人は顔を見合わせるようにして、一瞬、唖然とする。


「え……? なにそれ、ギャグ……?」


(……)


 ユキはジェイソンの言いたいことはわかったが、答えない。


「え? それって、魔法補助具だよね? え……え……?」


 ジェイソンは驚いた顔を見せた後、にやりと嫌な笑みを浮かべ、確認する。


「え? ひょっとしてだけど、ユキくん……〝無才〟……あ、ごめんごめん……魔生成不可者?」


「……そうですが」


「「…………だはははははははは!!」」


 ユキがそうであると答えると、ジェイソンとその連れは大笑いする。


(……)


「あ、ごめんね……いや、でもまさか無さ……あ、いや、魔生成不可者のくせに、こんなに粋がってたのかと思うと、なんか無性にむず痒いというか……こみ上げるものがあって……」


「なぁ、ジェイソン。俺の中等部にも魔法補助具使ってる奴がいたが、成長もしない魔法を馬鹿の一つ覚えみたいに卒業まで使い続けてたぞ」


「あぁ、あぁ、違いねぇ」


「「だはははははははは!!」」


 ジェイソンとその連れはなおも嘲笑する。

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