第21話・一件落着……とはいかないですか?

 魔族の口から、とうとう真相が語られる。

 私たちは息を呑み、彼が語る言葉を待っていましたが。


「!?」


 突然、魔族が表情を変えた。


 一体なにが……と思うのも束の間、異変は起こった。



「魔族の体を炎が!?」



 真っ先に声を上げたのはオリヴァー。

 魔族の体が黒い炎で包まれたのだ。


「ぐっ……まさか、あのお方が!? 待ってください! 俺様は口を割るつもりはありませんでした! どうかお許しを!」


 夜空に手を伸ばして、見えない誰かに許しを乞う魔族。

 こうしている間にも彼の体は燃え盛り、この世から消滅しようとしている。


「まだヤツの口から、聞かなければならないことがある! アリシア、あの炎を消せるか?」

「やってみます!」



 私は急いで、今度は治癒の結界を張る。


 だけど……ダメ。

 あまり時間をかけられなかったためか、不完全な結界しか張れなかった。


 成す術なく、魔族は黒い炎に焼かれ、完全に消えてしまった。


「なんだったんだ……」


 戸惑いの表情を浮かべるオリヴァー。


『ヤツの裏側にいた何者かが、口封じを計ったかもしれないね。なんにせよ、これで真相は闇の中』


 私の肩に止まっているグリフォンのグリちゃんも悔しそう。


「……取りあえず、辺りを探してみましょうか? 黒幕が近くに潜んでいるかもしれません」

「そうだな」


 私たちは気持ちを切り替えて、ウェイン遺跡の探索にあたった。


 だけど私の結界でも消せなかった炎を発生させた魔族。

 簡単に見つけられることもないだろう。


 しばらく探したのち、なんの手がかりも得られず、私たちは街に帰ることになった。



 ◆ ◆



 その後。

 街の冒険者ギルドに行き、私たちは今回の顛末をギルドマスターに伝えた。

 無傷で魔族を倒した私たちは、みんなに盛大に出迎えられた。


 しかしオリヴァーの表情は暗い。


 当然だ。

 魔族を倒したものの、オリヴァーが探している魔族には辿り着けなかったのだから。


 私たちはギルドが開いてくれる祝勝会も丁重に断り、それぞれの宿に帰ることになった。


「ここまで送っていただいて、ありがとうございます。オリヴァーも疲れているでしょうに」


 宿の前で、私はオリヴァーにそう頭を下げる。


 時刻はすっかり深夜になっている。

 先ほどの戦いが嘘だったかのように、街中は静けさに包まれていた。


「いや、いいんだ。暗い夜道は危険だからな。それに……君は美しい女性だ。変な男に目を付けられる可能性も高くなるだろう」

「う、美しいだなんて、そんな」


『美しい』だなんて言われ慣れていないので、こういう時どういう風に言葉を返せばいいか分からない。

 ただでさえ、オリヴァーはお世辞は言うタイプじゃないと分かっているんだしね。


「でも大丈夫ですよ? 私には結界の力があります。変な男が寄ってきても、返り討ちにしてあげますから!」


 照れているのを誤魔化すように、私は気丈に振る舞う。


「そういうことじゃないんだ。俺は君と……ああっ! こういう時、どう言えばいいか分からないな。自分が情けない」


 オリヴァーはもどかしさを抑えるように、自分の髪を掻きむしった。


「あまり不安にさせるのもあれだが……宿の中も安全とは限らない。部屋の鍵をしめるのを忘れるなよ」

『安心して』


 彼と話していると、グリちゃんが翼を上下に動かし、こう言葉を続けた。


『もし不届者が現れても、僕がアリシアを守るから。結局、魔族との戦いにおいても、良いところを見せられなかったからね。それくらいはさせて』

「そうだな。君がいれば安心だ」


 と表情を柔らかくするオリヴァー。


 グリちゃんに呪いをかけた魔族はいなくなったので、グリちゃんが私に付いてくる必要はない。


 だけど「恩返しがしたい」とグリちゃんは言って、しばらく私の傍にいてくれることになった。

 私としても可愛いペットが増えたみたいで嬉しかったし、断る理由はなかった。

 ペットというには、珍しすぎる生き物かもしれないけど。


「あっ、そういえばオリヴァー。涙輝姫(るいきひめ)というのはなんだったんですか? あなたのお母様のことですか?」

「…………」


 その質問に対する、オリヴァーからの答えは返ってこなかった。

 言おうか言わまいか、迷っているようにも見える。


「言いたくなければ、無理に言わなくても大丈夫ですよ。私だって、あなたに言えてないことがあるんですし」

「……すまない。君には言う必要があると思うが、心の準備をさせてほしい」

「分かりました」


 と私は引き下がる。


 人には言いたくないことの、一つや二つはあるものだ。


 ……そういえば、オリヴァーについて私はほとんど知らないかもしれない。


 凄腕のSランク冒険者。

 ちょっと感情が表に出にくいけど、実はとても優しい男性。

 お母さんを殺した魔族を見つけ出すため、冒険者になったこと。


 知っていることといえば、これくらいだ。


 急にオリヴァーが遠く感じた。


「夜も遅いですし、今日のところはお別れしましょうか。おやすみなさい、オリヴァー。また魔族の情報が集まったら、連絡しますね」


 そう言って、私は彼に背を向ける。


 だが。


「待ってくれ」


 その腕をオリヴァーに掴まれた。


「……? どうかしましたか?」

「いや……」


 視線が泳ぐオリヴァー。


 しかしやがてコホンと一つ咳払いをして、こう告げた。



「明日も君と会いたい。一日、俺にくれないか?」



「はい、いいですよ?」


 即答する。


 仰々しい空気で言い出すものだから、なんだと思ったけど……大したことないじゃないか。

 なのにオリヴァーがこういう表情をするのか、いまいち分からない。


「よかった」


 ほっと胸を撫で下ろすオリヴァー。


「では明日十時、街の噴水広場で待ち合おう。場所は分かるか?」

「ええ。この街に来て、結構経ちましたので。有名な場所の位置は、大体把握出来ています」

「明日はもっと、この街──そしてを知ってもらおうと思う。じゃあな」


 オリヴァーさんが私の腕を掴む手を離して、その場は立ち去る。


 今度こそお別れだ。

 もっとも、明日にはもう一度会うことになるわけだが。


『オリヴァーもなかなか情熱的だね』


 オリヴァーの背中を見送りながら、グリちゃんがそう言葉を漏らした。


「情熱的って、どういうことですか?」

『え? 分かっていないのかい。あれって、デートのお誘いっていうことだろ?』

「デ、デート!?」


 思わず声を大にしてしまう。


 今はみんなが寝静まった夜だということを思い出し、私は声を潜めて続ける。


「……そんなこと、ありませんよ。オリヴァーはきっと、今日のお礼がしたかっただけです」

『それがデートだって言ってるんだけど……まあいっか。こういうのはあんまり口を挟むと、野暮になるからね。明日は僕も街中を適当にぶらついてるから、二人で楽しんでおいで』


 微笑ましそうなグリちゃん。



 デート──。



 確かに、客観的に考えると男性と二人で出かけるのだから、そう言えなくもない。

 しかしどうしても、オリヴァーとデートという二つの単語が結びつかず、舞い上がることなんて出来なかった。


「……というか私がどうして舞い上がる必要があるんですか」


 オリヴァーは素敵な男性だ。

 だからといって、男として好きかと言われると首を傾げてしまう。


「いけません。明日のことは明日考えましょう。今日は疲れましたし、寝ましょうか」


 平静を装って、私は自分が止まっている宿の一室に向かった。


 ベッドで横になっても、先ほどの彼の顔が頭の中をグルグルと回って、なかなか寝付くことが出来なかった。

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