38. 時は来た②

 フッと力を抜こうとしたとき。アイルの背中が地面とぶつかりトーマスの重みを感じた。


 そして…………


「お二方共、よく耐えました!!お手柄です!!!」


 と言うヒルデの大声が聞こえた。ヒルデの手には剣が握られていた。それでどうやら腕を切り落としたようだ。……なんだ、剣で切り落とせたのか……とぼんやりと考えていると、湖からまた腕が伸びてきた。


 ヒルデの剣を持たない方の手から鋭い風が放たれると、腕は即座に粉砕された。


 あれっ……剣いらなくね?と思うと同時に正気に戻ったトーマスが叫ぶ。


「ヒルデ!逃げるぞ!!来い!!」


 叫ぶトーマスに笑って答えるヒルデ。


「逃げても無駄です。この腕はあなたを湖に引きずり込むまでどこまでも追ってきます。あとは私にお任せください。私はそのためにこちらに来たのです。あなたのお父上のたった一つの願い……この呪いからあなたを守るために……。アイルさん、ミランダさん、私とあなたたちが出会い、ここまで来たのは運命。最初から決まっていたことだったんですよ。とにかく、私にお任せあれ!!!」


 アイルとミランダはハッとした。前主人は見つけていたのだ……トーマスを守ってくれる人を。きっと彼女なら呪いを打ち破ってくれる。世界一の魔術師と言われる彼女なら……!しかしそれと同時に悟った。彼女を見つけ出した前主人がここにいない。それは……湖に視線を向ける。彼は恐らくここに眠っているのだ。この男爵家にかけられている呪いによって。


 絶望と期待が混じった視線をヒルデに向ける。視線を受けたヒルデはコクッと頷くと……先程から背中に背負っていた何か大きな重たそうな袋と一緒に湖に飛び込んでいった。


「「「えっ!?」」」


 (湖の中で戦うのか?)


 (息できなくないか?)


 (?)


 3人は待った。10分……1時間……2時間……5時間……丸一日経ってもヒルデは出てこなかった。


「負けたのか?」


「だったら坊ちゃまを連れていくために、腕が出てきてるはずでしょ」


「じゃあ、相打ちか?」


「……不吉なことを言わないでください」


「なんでこんなことが……?さっきなんか女の人の暗い気持ちが心……?頭?の中に流れ込んできたんだが」


「坊ちゃま……感じられたのですね……」


「ああ……悲しくて悲しくて、憎い……そんな感じだった」


「そうですか……。私達はこうなることを知っていました。お伝えしたかったのですが……どうしてもできず。申し訳ありません」


「……今はヒルデが無事に戻ることを祈ろう」


 そう言いながらトーマスの瞳からはずっと涙がボロボロとこぼれ落ちている。


「「坊ちゃま(ん)……」」


「すまない……なんか止まらねえ。あの人の想いが流れ込んできてから止まらねえんだ…………」


 主人の涙を止めることはできない。それに、ヒルデをどうにかする力も自分たちにはない。自分たちにできることは途方に暮れることだけなのか……と無力さを思い知る。



 ガサガサと草の根をかき分けてこちらに向かってくる音がしたかと思うとジオとレイラが現れた。


「屋敷に誰もいないんだけど……どうしたのよ?皆でここで何してるのよ……。ヒルデは?ヒルデに言いたいことがあってきたのよ……」


 ヒルデと話したあの後ジオが家に来て自分の気持ちを伝えてくれた。まあレイラのもとに行くのが遅くなったのは緊張したのか発熱し、寝込んでいたためだった。まあ色々と迷惑をかけたので……いやかけられたような気もするがとりあえず報告がてらお礼をと思って男爵邸に来たのに誰もいない。待っても誰も戻ってこない。とりあえずよく彼らがいる森に来たら悲壮感たっぷりの3人に出くわしたわけだった。


 トーマスがヒルデが湖に飛び込んだことを話すと、あわてて、首にかけていたネックレスを取り出すレイラ。


「これで!キール将軍に相談してみましょ!これどうやって使うんだったかしら……将軍!!将軍~~~!!助けてください!!!ヒルデが大変なんです!!!」


 シーン……と無反応。


「いや、違うだろ。壊すんだろ」


 と言って、ジオが首から下げていたネックレスを外し、中央についていたを水晶を踏み潰す。その瞬間ーーーーー




 またもや頭上からキールが降ってきた。わけも分からず呼び出されただろうに、スタッと見事な着地を決める。動揺している様子もなく淡々と話しかけてきた。


「ヒルデはどこだ?」



と。




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