32. 先王
キールが帰った夜、皆が寝静まったのを確認したヒルデは自室で水がなみなみと入った木のタライとにらめっこしていた。ふっとタライに手をかざすと………男性の顔が映し出された。金色の髪をした、少々年は取っているが精悍な顔立ち。まだ若い王様よりも王様らしい威厳のある顔立ちをした男性だった。その顔は非常に現在の王リカルドに似ている。男性に向かってヒルデが声を掛ける。
「お久しぶりにございます。先王」
そう、彼の正体はリカルドの父親であり先王であるレスター・エルゼルクだった。リカルドとレスターはよく似ており王太子時代に父親に似ていると言われたリカルドがイラッとする姿が思春期にはよく見られていた。王として父として尊敬していたが、思春期とはそういうものである。
「何用だ?」
貫禄のある静かな落ち着いた声だった。筋肉質ではあるがスリムボディなのになぜ貫禄な声が出るのかヒルデは前から不思議だった。
「キールに気付かれました」
「まあやつなら気づくだろうな。あいつもかなりの魔術の使い手だからな。なぜか皆あまりそのことに触れないが………」
呆れたような表情をするレスター。優秀な能力も規格外の天才の側では輝けないものなのだろうか。
「まあ何が起こってるかは察したようですが、私がどのような行動を取るのかは観察中といったところでしょうか」
「………意外と察しがわるいんだな。いや、お前の隠し方がうまいのか………」
「どうなんでしょうねぇ。私の考えとやらはよく普通ではないと言われますので」
「お前はちょっと変わってるからな。っていうか、気狂い?」
「レディに向かって失礼ですよ。………まあ、自覚してますからいいですけど」
いいですけど、といいながらジロッと先王相手に睨みつける。そんなヒルデを無視してレスターは再び話し始める。
「もうそろそろか?」
「はい、そろそろだと思います」
「うまくいきそうか?」
「やります。それが彼との約束ですから」
「………うまくいったら、まさに彼とお前との出会いは運命だったというわけだな」
「何を言っていらっしゃるんですか、運命に決まってるじゃないですか。彼と私は運命の赤い糸で繋がってるんですよ」
「………頭大丈夫か?」
「至って正常です。愛とは人を狂わせるものです。なので、普通のことです」
「そうか」
「そうです」
赤い糸やら愛やら男相手に恥ずかしくないのか……。ヒルデが幼い頃から彼女のことは知っているが昔から結構失礼なこと恥ずかしいことを平気で言う子だったと懐かしく思う。しかしそんな思いとは裏腹に、その表情には不安が浮かんでいる。
「先王、ご心配なさらず。私が失敗したとしても国にはなんの影響もありません。………………たぶん」
「まあ、そうだろう。お前が失敗したら、現状が続くだけのことだ………………たぶん」
二人共多分という相手の言葉はスルーする。
「お前は本当にそれでいいんだな?」
「構いません」
「なら私からはこれ以上何も言うつもりはない」
「フフッ」
「なんだ?」
「ありがとうございます。人から心配されるというのも悪くないものですね………先王も陛下も王妃様も。他の者は私のことなど怪物のように扱い、心配などしてくれないものですから、新鮮です」
「まあ、天下の将軍様だったからな。しかも規格外」
いや、キールは?と思ったものの黙るレスター。
「元ですけどね。先王こそ御身を大事にして、長生きしてくださいね。もうそろそろ身体もおつらい年齢でしょう」
「……………俺はまだ40代だ!」
フッと先王の顔が消えた。クスッと笑うヒルデ。短気だなー、高血圧かしら…と失礼なことを考えていた。ちなみにこの国の平均寿命は90歳である。
ヒルデがやろうとしていることを知っているただ一人の人物である先王。いや、彼女にその役目を担わせた人物のうちの一人と言ったほうが良いかもしれない。
自分とて少々不安はあるのだ。先王と話したことでそんな不安が少し…………本当に少ーーーしだけ薄れた気がしたヒルデだった。
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