20. 目撃情報②

 足首が見えるのも気にせず軽くスカートを持ち上げて街中を全力疾走する先程兵士に声をかけられた赤髪の女性。普段走らないので息が上がる。目茶苦茶止まりたい……でも休んでいる場合ではない!彼女が目指しているのは幼馴染の男爵邸。更に言うならそこで働いている生意気万能使用人。


 男爵邸の門に到着した彼女ーーーレイラは叫ぶ。屋敷に入る時間も惜しい。少しでもはやく伝えなければ……!


「ヒルデーーー!ヒルデーーーーー!!!」


「はいはい」


「うおっ!?」


 突然目の前に現れたヒルデに自分が呼んだにも関わらず驚いてしまう。驚いている場合ではないと、はっ!とすぐに我に返るレイラがヒルデの両方の二の腕を掴みながら訴える。


「逃げるのよ!」


「はあ?」


「だから、あなたを捕まえにきた兵士が来たから逃げるのよ!!」


「なるほど」


 なにがなるほどだ。なんでこんなに落ち着いているのだ…!とこちらばかりが気が急く。そんな様子のレイラを気にする様子もなくヒルデはレイラの後ろに視線を向ける。


「あら坊ちゃま、お帰りなさいませ」


 ヒルデがレイラの後ろに向かって声をかけた。トーマスが帰ってきたのね。良いタイミングだわと後ろを振り返ろうとしたとき、腕を掴まれていたヒルデが今度はレイラの腕を掴んだ。


「レイラ様」


「なっなによ……」


「私を逃がしてくれようとしたこと心より嬉しく思います。しかし、ときにはそれが自分の身のためにならないことが多々ございます。私は自分のことは自分でなんとかできますので、レイラ様は自身のことを第一にお考えくださいね。………………彼女は私の友人です。彼女に手を出したらわかっていますよね?」


 その最後の方に心なしか低めに発された言葉にはっとする。後ろを向くとトーマスと共に3人の男性がいた。はっと息を飲む。一人強面が増えている。ちょっと余計なことを思ってしまったレイラ。丁寧ながらもどこか威圧を感じる言葉に強面ーーー捜索隊隊長が引き気味に…けれどしっかりと答えた。


「我々は見つけ出せと言われたのみ、嘘をついたものは罰せよとは命じられておりません。それに、我々も命は惜しいので」


 隊長が毅然と微妙にヘタレなことを言うのに兵士二人はうんうんと頷いている。そもそも嘘といってもバレバレだし……あれでは遠回しに答えているようなものだと二人は心の中で思っていた。レイラははて、と気づいた。


「トーマス。あなたが連れてきたの?」


「そうだぞ」


「なんでよ!?」


「聞かれたから」


 激昂するレイラに平然と答えるトーマスに更に激昂するレイラ。


「はあ!?何考えてるのよ!!!」


「何って……自分とかアイル、ミランダのこと……?」


 トーマスの答えに言葉を失うレイラ。だが、目が訴えている。ーーーヒルデのことは考えていないの?とーーー。


「さっき本人も言ってただろう?自分のことを考えろって。ヒルデは自分でなんとかできるって。俺たちに何かあったらそれこそヒルデは困ると思ったんだよ。ここに連れて来ればヒルデが対処すると思って……」


 トーマスの声量がだんだん小さくなっていく。レイラの眼尻がどんどんつり上がっていくのに気づいたからだ。しかし、隊長はほお……と目を細めていた。確かにトーマスが言っていることは正しい。この中で誰よりも強いのはヒルデだ。彼女に任せること、それが最善策だ。むしろ彼らに連れて行かれどこに行ったかわからなくなったり、人質にされたらヒルデが動きづらくなってしまう。


「坊ちゃま、間違っておりませんよ。しかしレイラ様も間違っておりません。その心優しさをこれからも大切に育てていって欲しいと思います」


 ヒルデはトーマスにもレイラにも二人の考えはそれぞれ間違っていないと穏やかに母親が子供に諭すように優しく声をかける。レイラもトーマスが言ってることは正しいとは思う。でもなぜか受け入れ難い。そんなレイラを見てトーマスが言葉を発した。


「レイラ……俺見てたんだよ。お前が逃げていくところ」


「えっ?」


「国の兵士相手に嘘は駄目だ。いや……つかなきゃいけないときもあるかもしれないけど。でも今回はヒルデに対処を任せるべきことだ。それに……さっきのことで何かお前が罰せられることがあったら本当のことを言った俺に免じて許してもらおうと思ったんだよ……」


 トーマスの言葉に下をむいてしまうレイラ。幼馴染が言うことも、自分のことを心配してくれたのもよくわかっている。自分の感情任せの行動が恥ずかしくなってくる。しかし、はて……?と気づく。


「レイラ……」


 顔を上げさせようとトーマスが近づくといきなり顔をあげたレイラ。その顔は真っ赤だった。


「どこから見てたの?」


「えっ?こちらの方たちが声をかけたところから……」


「見てたなら声かけなさいよ!!!それで、その後私の尻拭いをしてくれたってわけね」


「いや、尻拭いってわけじゃ……」


「じゃあ、なんなのよ!?」


「あれは……」


 なんだ?やり取りを見られて恥ずかしかったのか?友人を庇うなんて優しいやつ…と思っていたのに。レイラの早口に気圧され、トーマスが兵士とのやり取りを話しだした。


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