2. 行方知れず②


 ヒルデ・シュタイン……腰まで届く漆黒のストレートヘアー。見たものが、宝石?と勘違いしてしまうほど美しいアメジストの瞳。戦場に出ていたにも関わらず、白磁の陶磁器のような白い肌。唇は紅いらずの艶やかな紅色。一つ一つの顔のパーツは、美の女神様が慎重に慎重を重ねて直接配置したのでは?というほどに美しい。

 スタイルは腰がキュッとしまっており、お胸は出すぎず小さすぎず程よい大きさで、女性たちから羨望の的だった。綺麗すぎて人形のような、まさに絶世の美女。


 見た目だけでなく将軍にふさわしい剣術、体術何よりも世界一と謳われる膨大な魔力量とそれを操る抜群の魔術コントロール。そんな彼女が声高らかに宣言していた得意技は、女好きの男たちにかます長い脚をいかした股間への一撃である。真似する女性が増え、わいせつ行為が減ったことは、彼女の数多くある実績のうちの一つである。

 

 魔力とはなんの関係もない撃退法だが、この世界では半分ぐらいの人間が魔力を持たない。あったとしても手のひらに火や水が出せるとか、軽いものを少し動かせる程度の人が多かった。彼女の魔力を利用せず、男性たちをやりこめる技術は女性たちの間で評判だった。


 更に宰相でもやっていけるんじゃないか?と噂される知性、教養も併せ持つ。所作も平民出身でありながら見た目がプラスされて王族以上に優雅であった。ただし、やる気があるときは……だったが。ふてぶてしい……もとい堂々としていたので人を従えるカリスマ性もあった。


 まさに超人。


「ふーん…。兵隊のお兄さんたちが探してるってことは王命だよね?なんで、今更探してるの?自分がクビにしたくせに」


 少し冷たい感じで姉の方が聞いてくる。


 彼女の将軍という肩書の前になぜ“元”がつくのか。答えは簡単__彼らの主君である王様が彼女をクビにしたから。彼の愛する人のやらかしたことの責任をとらせて。

 平民から将軍にまで登り詰めた彼女は民衆に人気があり、彼女を王宮から追放後、王の人気はやや下がった。若いながらもやり手の民思いの賢王なのだが、3年たった今でも愚策と言われている。


 まだ彼女が追放されたとき赤ちゃん、幼児だった姉弟が知っている。すなわち、ヒルデの処遇に対して不満を漏らしているものは今でもたくさんいるということ。


「他の人の前ではそういう言い方は控えようね。捕まっちゃうよ。なんで探してるのか、だったね?お兄さんもちょっとよくわからないんだよね~。特に理由は聞いてないし」


 家で家族に不平不満を言うのは構わないが、兵士の前で王の悪口はいただけない。しかし相手は子供。今後は言わないように注意だけしておく。


「ごめんなさーい。お兄さん優しそうだからつい…………。それにしてもお兄さんたちも大変だね。自分がクビにしたのに探せとか。それに、理由までわからないとか………まさに理不尽だねー」


 ねーと二人はキャッキャと笑い合っている。子供でも人の不幸はなんちゃらだ。


「………君たち難しい言葉知ってるね…」


 子供たちの言葉に力が抜ける大の大人の兵士二人。しかし脱力している場合ではない。


「ありがとう。商売の邪魔をして申し訳なかったね。そうだ!これお礼だよ」


 背負っていたリュックを背から降ろし、ごそごそと中から飴を取り出した後輩兵士。色とりどりの飴は王都に売っているもの。二人はめったに見ない飴に目を輝かせて、お礼を言うと去っていった。

 過度なお礼は彼らを危険に晒す恐れがある。花代を少しだけ多めに渡したり、飴を渡す程度が一番良いのだ。子供の背を見送った二人は今後の方針を相談し始めた。


「この街にはいないんじゃないか」


「いや、もう少し何人かに聞いたほうが良いんじゃないですか?」


「そうだな」


「じゃあ、また誰かに声掛けましょうか。………………?」


 誰に声をかけようか思案していると後輩のコートの袖が引っ張られた。殺気はないし、危ない者ではない。袖を見ると子供がいた。


「ぼくも見てないよ」


「?」


「ヒルデ将軍」


「ああ、そうなんだね。ちなみに元だからね。元。じゃあ、やっぱりこの辺りにはいないみたいだね。教えてくれてありがとう」


 先程のやり取りを見ていた子供だろうか。とりあえずお礼を言うが、子供はその場から動こうとしない。何かを期待するようにこちらの顔を見上げている。しばらくどうすれば良いのかとおろおろしてしまったがひらめいた。


「ああ!これ、お礼だよ」


 再度背からリュックを降ろし飴を取り出して渡す。子供はありがとうと言って去っていった。その背中を見送り、歩き出そうとした二人は………………急に20人くらいの子供に囲まれた。


「「!?」」


「ぼくも見てないよー!」


「ぼくも!」


「私も見てない!」


 20人くらいの子どもたちが見ていないと騒いでいる。


「…………これ、飴足りるか……?」


「たくさん持ってきてるんで、たぶん大丈夫です…………」



~~~~~


 最後の子供に飴を渡す。


「ありがとー。おじさんたち、頑張ってねー!」


 眩しいほどの満面の笑みで去っていく子供を見送った二人。


「…………どの子もいい笑顔だったな……」


「あはは……最後とかおじさんって言われちゃいましたね…………」


 あはは……と力なく笑い合う二人。先輩26歳、後輩24歳……まだお兄さんと呼ばれたい年頃だった。とりあえず、全員分に渡す飴があってほっとしたものの。


「俺、初めて知りました。子供って食べ物が絡むと恐いんですね……」


「…………そうみたいだな」


 思わず黄昏れてしまう。彼らは嫁も恋人もいないお一人様だった。王宮の敷地内にある軍の寮に住んでいるので甥や姪とも関わる機会は少ない。子供と縁の薄い生活なので飴で子供がたくさん近づいてくるとは思わなかった。



「おい……お前ら何してんだ?」


 重低音の落ち着いた声がした。二人と同じ格好をした、がっしりとした身体つきの非常に強面の男が近づいてきた。


「隊長」


 捜索隊隊長、彼らの上官だった。強面だが面倒見がよく、お嫁さんにも誕生日や結婚記念日やら、多忙にも関わらず必ず自分で贈り物を選び、自身の手で渡す愛妻家だった。その娘さんへの愛情も少々暑苦しいほどだった。娘さんの話しになると数時間拘束されることもあり、飲み会では恐怖の対象だった。


「自分の子供は飢えないように頑張ろうと考えていました」


「……そうか大事なことだな。でもな、嫁をもらってから考えような。それで、情報は?」


「ゼロです」


「お前ら……ふざけてるのか?」


 子供が飢えないことは大切なことだ。隊長もわかっている。よくわからないが彼らがそれを心から感じてくれたのは嬉しい。しかし、彼らがやるべきことはヒルデを探し出すこと。的はずれなことは今は不要。隊長は心を鬼にすることを決めた。






 その後、宿に戻った彼らはしこたま隊長にしぼられた。

飴も精神力も削られて、散々な一日だったな…と後輩兵士は一日を振り返った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る