5. 失態  

 彼らの誕生から時は流れ、こちらは辺境地の森。


 魔物の雄叫びがする。公爵家(カサバイン家)の騎士が相対しているのはワイバーンの群れだ。斬っても斬っても新たなものが向かってくる。上空にはまだ何十匹というワイバーンが旋回している。


 この世界では急に空間が割れ魔物が現れる。普段は別空間にいる魔物だが、たまにこの世界と魔物の世界がつながり紛れ込んでしまうことがある。大人しく帰ってくれれば良いのたが、いかんせん会話ができないのでこの世から強制退場をしてもらっている。


 その役目を担っているのがカサバイン家や各貴族家の私兵、国お抱えの兵士たちだったが、察知能力が高く移動速度も早いカサバイン家の者が出動することがほとんどだった。


 何体ものワイバーンの亡骸が転がる中、まだ幼い8歳の少女が戦闘服を着て剣を振り回していた。アリスだ。


「!?深追いしないで、他の者に任せて!!持ち場を離れてはいけないわ!!!」


 子供らしい甲高い声が戦場に響き渡る。が、若い……まあアリスよりは年上だが……新人騎士は無視して突き進む。追いかけたワイバーンを仕留め満足気にどうだ、と馬鹿にしたようにアリスの方を見た彼は青褪めた。


 彼の近くで戦っていた先輩兵士の周りに何匹ものワイバーンがいたからだ。応戦はしているもののそんなに長い時間は保たないだろう。慌てて持ち場に戻ろうと駆け出すが先輩が目の前のワイバーンを斬り捨てている間に背後から2匹が猛スピードで近づいてきた。


 アリスは誰よりもたくさんのワイバーンがいるところにいるためすぐには動けない。すっと彼に向かって手を伸ばす。ワイバーンが彼の背中を鋭い牙で襲ったとき……その首がズルリとずれた。


 その背に立つのはカサバイン家の三男カイルだ。その手には魔法で作り出した刃がある。首を掻っ切った彼は吠える。


「アリス!お前が指揮官だ!お前がこいつらの命を握っていることを忘れるな!カサバイン家に同僚殺しの殺人鬼は不要だ!!!」


 そう言いながら、バッサバッサとワイバーンを斬り捨てていく。そんな彼の姿に勝機を見出した兵士らも活気を取り戻していく。


 暫くして魔物の鳴き声は一つもなくなった。


「あのっ……!」


 カイルに声をかけたのは命令を聞かなかった新人兵士。


「先程はありがとうございました!あとっ、すみませんでしたっ!」


 カイルはその無駄に良い頭ですぐになんのことか理解する。


「ああ。この場の責任は指揮官のものだ。お前が別に謝ることじゃない」


 そう言って去るカイルを羨望の眼差しで見送る新人兵士。他の兵士には声をかけることなくアリスのもとに行き、何やら話している。最後にアリスに拳骨を食らわすとそのまま姿を消した。


 たんこぶを撫でるアリスを見て、やはり自分の魔物を退治しようとする姿勢は間違っていないのだと確信する。だってまだ18歳という若さでありながら国一の剣豪と言われるカイルが声をかけたのは自分のみ。自分が優秀だから、見込みがあるから声をかけられたのだ。


 ……声をかけたのは自分なのにカイルがアリスを除き彼以外の騎士とは声をかわさなかったので自分の都合の良い用に頭の中を書き換えてしまった。


 彼はアリスに哀れみの視線を送る。認められた自分、家族なのに殴られたうえ認められない彼女……アリスを蔑む視線がまた一つ増えたのだった。


 一方のアリスはまた兄の信奉者が愚かなことを……と思って内心笑っていたが、目の前のことに集中する。先程襲われていた兵士の背中に大きな傷ができ、横たわっていた。


 すっと手をかざし傷を癒やす。


「……アリス様、ありがとうございます……」


 苦痛に閉じられていた目を開ける兵士。


「いえ、私の責任ですので……。私が不甲斐ないばかりに申し訳なく思います」


 起き上がろうとする彼の背に手を添え、助ける。


「…………。あいつも悪いやつではないんですよ」


 確か彼らは訓練中もよく一緒にいた仲だったはず。ですが先輩よ……こちらを見る新人兵士の目には優越感が見て取れますが。自分のせいで怪我した先輩を気にする様子もありませんが。先輩よ……子供相手に優越感を抱き、人に怪我をさせても気にしない者なんて性根が腐っているとしか思えません……。


「わかっています」


 心の中の声は隠して適当に返事をする。その返事に信じてないだろと言いたげにククッと笑っている先輩兵士……確か名前はフランクだったか。その瞳を見て悟る。彼も外面用に言っただけだと。


 でもどこか寂しげな色も見える。彼女は彼らの身上書を思い出す。確か彼らは同郷。ああ……彼はそのよしみで彼に親しみを覚え期待していたのだ。もしかしたら少しでも性根を直そうと側にいたのかもしれない。


「世の中はままならないものですね」


 そう言って横たわるフランクの肩をぽんとたたき去る。フランクは一瞬何を言われたか理解できなかった。なぜなら相手は8歳の娘さん。彼は理解すると思いっきり爆笑した。

 



 アリスはゲラゲラ笑う彼に楽しそうだこと、と小さくつぶやく。


 はあーーーーーーっ。


 長い溜息が出る。彼が羨ましい。自分はこれから屋敷に戻ったら説教タイムだ。


 空を仰ぐと眩しい光が全身に降り注ぐ。


 自分の心とは正反対のそれに、再びなが~い溜息が漏れるアリスだった。


 


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