第5章:急用で出かけた清司さん

『今年も11月が終わるねぇ』


清司さんは湖のベンチに腰掛けながら、不意に遠い目をしてかすれたような声で呟きました。もちろん、一人で来ているので誰かに話しかけているわけではなく、亡き真理子さんに心の中で語り掛けるのでした。清司さんはかじかんだ手を合わせて、湖の向こう側を見つめながらお祈りをして、その後合わせた両手を少し膨らませて『ハァー』と息を吹きかけました。


ほんの一瞬だけ暖かくなった手のひらをこすり合わせながら、深いため息をついた清司さんは、英恵さんが作ってくれたおにぎりと、少し形のいびつな卵焼きの入った弁当箱をリュックサックから取り出しました。


11月の最後の週になると、来月の販売計画を印刷して鞄に詰めた住吉さんがいつものように店に立ち寄りました。『お疲れ様です。』住吉さんは笑顔でそう言いながら店内に入ると真っ直ぐバックヤードへ入っていきます。


『英恵さん、清司さんは?』バックヤードのスライドドアを少しだけ開けた隙間から、住吉さんが片目をこちらに向けて英恵さんを呼び止めました。『今日は真理子の墓参りに出かけているんですよ。悪かったですねぇ、先に電話して置けばよかったかしら』英恵さんはタバコの補充をしながら住吉さんにそう答えました。


『あぁ、そうだったんですか。ちょっと年末年始の話もあるから、清司さんと話がしたかったんですよね。夜勤の時間には戻ってくるんですかね?』『ええ、23時にはアルバイトの子たちが帰っちゃうから、それまでにはご飯を済ませて帰ってくださいねって言ってありますよ。あ、いらっしゃいませ。』


それを聞いた住吉さんは、アルバイトの学生にたわいもない話をした後、もう一度接客の終った英恵さんを呼び止めて『じゃあ、今日は夜にまた来ますね。もうすぐ12月ですから引き続きよろしくお願いします』そう言い残すと、一度も開けることのなかった鞄を肩に掛け直して、住吉さんは車へと戻っていきました。

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