夫婦みたい――1

 休日が明けて月曜日。


 この日の四限目は調理実習だった。家庭科室に移動した一年二組の生徒たちは、五人一組の班に分かれる。


「萌花がいてくれて助かるな」

「ええ。これでうちの班は安泰あんたいね」

「えへへへ。頑張ります」


 俺の班は、美風、萌花という、いつものメンツに加えて――


「なになに? 萌花ちん、料理得意なん?」

「ああ。プロ級の腕前だ」

「お父さんが料理研究家なのよ。その影響ね」

「へぇ! すごいね、永春さん!」

「そ、それほどでも……」


 人懐っこそうな笑顔が印象的な女子と、中性的な顔立ちの男子だ。


 ライトブラウンのツインテールを揺らす、ギャルっぽい女子の名前は、猫宮菜々ねこみや なな


 スレンダーな体つきで、ボーイッシュな女子と聞かされても違和感がない男子の名前は、柳尋海やなぎ ひろみ


 ふたりとも、江信に入学してからできた友達だ。ちなみにだが、柳は唯一の男友達でもある。


 今回の調理実習で、課題となる料理はマフィン。先生からレシピや調理手順を教わったのち、調理実習がはじまった。


 早速、俺は萌花に指示をあおぐ。


「萌花隊長! 我々はどうすればいいでしょうか?」

「うむ。では、蓮弥隊員にはオーブンの予熱を命じます」

「了解であります!」

「菜々隊員は、調理器具の用意と後片付け」

「かしこまりっ」

「柳隊員は、薄力粉とベーキングパウダーをふるいにかけてください」

「わかったよ。任せて」

「美風隊員は、マフィン用カップの準備をお願いします」

「そのノリ、あたしもやらないとダメ?」

「わたしは材料を混ぜて生地を作るね。じゃあ、みんな、頑張ろう!」

「「「「おおーっ!」」」」


 全員で拳を突き上げて、俺たちはそれぞれの仕事をはじめた。





「これでOKっと」


 オーブンの設定をするだけなので、俺の仕事はすぐに終わった。あとは時間が経てば任務完了だ。


「よし」とひとつ頷きをして、考える。


 待ってるだけってのも退屈だし、誰かの手伝いでもしようかな。


 俺は四人の様子をうかがった。柳がふるいをトントンと叩き、美風がカップにグラシン紙を敷き、猫宮さんが調理器具をせっせと運んでいる。


「んしょ、んしょ」


 そのうちのひとり――萌花の仕事は、幾分いくぶんか大変そうだった。


 ボウルにいれた無塩バターを泡立て器で練る萌花は、額に汗を滲ませている。


 レシピによると、バターはクリーム状になるまで練らなくてはいけないらしい。なかなかに根気のいる作業だろう。


 よし、手助けをするのは萌花にするか。


 そう決めた俺は、萌花の隣に移動した。


「代わるよ」

「え? いいの?」


 声をかけられた萌花が、目をパチクリさせる。


「バターを練るのは力がいるだろ? こういうのは任せてくれ」

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 ほわんとした微笑みを浮かべて、萌花が泡立て器を手渡してきた。


 想像通り、バターを練るのは結構大変で、混ぜるのにもコツがいる感じだった。俺は無心で泡立て器を手繰たぐる。


「いい感じだね、蓮弥くん」

「ああ。なめらかになってきた」

「じゃあ、砂糖と塩を加えるね。今度は、空気を含ませるみたいに混ぜてくれる?」

「こうか?」

「うん。そうそう」


 萌花の手ほどきを受けながら、俺はなおもバターを混ぜる。


 そんな俺たちを、猫宮さんと柳がポカンとした顔で眺めていた。


 俺と萌花は首を傾げる。


「ふたりとも、どうかしたのか?」

「わたしたち、なにか変?」

「いや、全然そんなことないんだけどさ」

「じゃあ、どうしてだ?」


 ブンブンと首を振る猫宮さんに尋ねると、代わりに柳が答えた。


「ふたりとも、息ピッタリだからビックリしたんだよ」

「そーそー。なんていうか、いつも一緒に料理作ってるみたい」


 猫宮さんの発言に、俺と萌花は揃ってギクリと体を強張こわばらせる。


 いつもではないが、萌花が料理をしているとき、俺はよく手伝いをしている。猫宮さんの発言は的を射ていたのだ。


「まあ、そんなわけ……って、え? なに、その反応?」


 図星を突かれた俺たちのリアクションに興味を引かれたのか、猫宮さんが、ずいっと身を乗り出してくる。

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