謝罪会見2
先に言っておくが、これは現実逃避ではない。
休日の部屋着のような、ラフな格好をした四人の男たちは昔懐かしのゲームコントローラーを握り締めて20インチもない小さな画面の前に集まり顔を寄せ合っている。
年齢的に昔とは違って視力も低下しているため、あまり距離があるとよく見えないのだ。しかも四人対戦ともなれば自分が扱うキャラクターがどれなのかも分かりづらい……。普通の格闘ゲームよりはキャラに多様性があるので区別はつくが……。
単独で主役を張っているキャラが一堂に会してお互いに吹っ飛ばし合う――十年以上もシリーズが続いている「あの」パーティゲームだ。
四人の男たちがプレイしているのはシリーズ第二作目である……、彼らが小学生の頃、ちょうど発売されていたものだ。
同年代が集まれば当然、思い出話に花を咲かせることになり――当時流行ったものをまた遊んでみたくなるのは自然の成り行きだった。
偶然、実家に残っていたようで……ひとりの男が本体とゲームソフトを持ってきていた。コントローラーを四つ繋げて……こういう作業も懐かしい。
昔はそれぞれがコントローラーを持ち寄って使っていた。自分専用のコントローラーで対戦をしたものだ。
機能に差はないが、自分専用、という部分にロマンがあったのだ。ちなみに言えば、今では当たり前になっている無線通信もなく、有線ケーブルで携帯ゲーム機同士を繋いで通信対戦や交換をしていた……、四台のゲーム機を繋げる時は二本以上のケーブルが必要で……と、今より不便ではあるが、それが魅力だった部分もある――。
新しいものを否定しているわけではないが、あえて面倒を残す、というのも粋ではないだろうか。
「四人がこうして集まれるのも滅多にないからな……三人が集まれてもひとりは仕事、とか……プライベートの用事があるとか疲れてるから寝たいとか――こういう日でないと集まらないんだから、このチャンスを逃すわけにもいかないだろ」
最新タイトルほど多くはないが、それでも普通の格闘ゲームで選べる数よりは圧倒的に多いキャラ数に迷いながら……それぞれのカーソルが右往左往している。
「俺はこいつにする」
「あっ、被った! ……同じキャラは面白くねえしな……」
暗黙の了解だ。選べないわけではないが(カラーを変えれば見分けもつく……が、年を重ねた男たちには色が違っても見分けるのは困難だが)、同じキャラを使うのは空気が読めていない。
本気の勝負ならまだしも、まだ肩慣らし程度の試合である。使い慣れていないキャラでプレイしても問題はないだろう……。
そもそもこのタイトルを触ったのは学生以来かもしれない。であれば、使い慣れていないキャラも使い慣れているキャラも、プレイスキルはさほど変わらないのではないか。
四人がそれぞれキャラを選び、ステージセレクト……子供の時はここで揉めたが、大人になった今では「どこでもいいぞ」と意見が一致している。ただ、全員がどこでもいいとなれば、それはそれで揉める原因になりそうだが――「ランダムでいいか」
ランダムで選ばれたステージは遮蔽物が特にないステージだった。時間経過で地形が変わるものの、スキル不足の四人にとっては逆転しやすいギミックになるだろう。
「よし、負けた奴が全員分の飲み物を奢るってのはどうだ?」
「それを直前で言うか? ……まあいいけど……でも、飲み物でいいのか? 今日の夜、飯にいくならその会計を最下位が奢るってのは?」
「ちょっと待て。……それをこの一戦で決めるのは重過ぎるだろ……十試合やって戦績が最下位の奴が奢ることにしようぜ」
「十試合もできるか? 時間まで……まあ、巻いてやればいけるか」
「十試合までいかなくても、開始直前までやった試合の戦績にしよう――始まる五分前までなら粘れるだろうし――」
全員が頷いた。
それぞれコントローラーを握る手の力が強くなる……みしみし、と経年劣化しているコントローラーが小さく悲鳴を上げていた。
……男四人の、一食分……夕飯だが、酒がメインとなる――とは言え、奢るとなると金額は膨れ上がっていくだろう。
幸い、全員が独身なので使えるお金は多いが……だからと言って喜んで払う者はいなかった。
たとえ相手が幼馴染でも、嫌なものは嫌である。
だが勝負だ。負けたら払うことに異論はなかった。
『さて――』
全員が臨戦態勢を取る。
首を左右に倒す、指を鳴らす、手首のストレッチ……などなど、気合は充分だった。
やがて、画面が動き出す――――試合が、始まった!!
『――ぶっ潰してやるッッ!!』
「あのー……みなさん、そろそろお時間ですけど……いけますか?」
「ああ、すぐに準備していくよ。――おい、もうすぐ始まるぞ。負けて悔しいのは分かったから、立ち直れって」
「う……、おれの給料……ごっそりと……」
「遠慮して食って飲むからさ……ほれ、スーツ」
壁にかけてあった黒スーツを渡す。部屋着から急いでスーツに着替えて……
「でもさ、その顔は意外と好印象かもな……ほら、反省してる感じが出るんじゃないか?」
「落ち込んでるだけだろ」
「それが反省してるように見えるんだって。小学校の頃だってさ、ハキハキと喋る奴より泣きながら落ち込んでいる奴の方が先生の説教は短かっただろ? そういうもんだよ……俯いて暗ーくしてれば反省ってのは表現できるんだ」
「それは……そうかもしれないが……でも、俺らがやるのはまずいだろ。ハキハキと喋るのは良くはなさそうだが、ぼそぼそと喋ってもそれはそれで印象は悪い気がする……」
「まあ、出たとこ勝負だな。台本はあるし、これに沿って喋ればいいわけで……質問への答えはアドリブになるけど、謝って、改善点を述べてこれからどうする予定かを言えば大丈夫だ。ようは『やらないよりはやった方がいい』ってだけで――全員が分かってる……これはやらなかったことで出てくる非難を避けるための茶番だ……難しく考えるなって、代表取締役」
「…………はぁ、胃が痛いな……」
「飲みにいかなくていいんじゃないかな……?」
『お前の奢りなんだからいくに決まってんだろ』
そして、会見の開始時刻となった。
黒スーツを身に纏った三十代の男たちが並ぶ。目の前には多くの記者とカメラが彼らに注目していた……、ひとりだけやけに重苦しい表情と雰囲気を醸し出していたが、見ていた記者たちは違和感を抱くことはなかったようだ――
これから始まるのは謝罪会見である。
彼の暗い表情は、場に合っていたのだ。
代表取締役がマイクを取った。
表情を作り、そして、大きくもなく小さくもなく、聞き取りにくくはないがそれでも意識しなければ聞き取れないような声とトーンと滑舌で、言った。
「――この度は、誠に申し訳ございませんでした」
揃って、全員が頭を下げた。
五秒以上……、さらには十秒以上も頭を下げ続け――
その間、彼らの頭の中に広がっていたのは反省だ……反省ではあるが……。
「(最後の試合は復帰ミスの自滅とか……だせぇなあ……)」
「(あいつの必殺技のタイミングが分かっていたのに避けられなかった……、さすがにもう指が追いつかなくなってんのかねぇ――)」
「(楽しかったな……家に帰ったら買い直そう)」
「(うぇ……金が消し飛ぶことを考えたら気持ち悪くなってきた……)」
それぞれが反省をしながら――やがて顔を上げた。
謝罪会見は、始まったばかりだ。
…了
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