「夢美月のひと」

 薄青く静まり返った明け方の街並みに

 微かな水音とともにやってきて

 私の寝惚けまなこをそっと撫でていくひとがいる

 私が目を覚ますと遠く乾いた土埃の匂いを残して

 そのひとはいつの間にかいなくなってしまうのだけれども


 それでも凍てつく冬の寒さがそおっとやわらぎ

 角が取れた道端の雪のかたまりの中の

 まだ薄い日差しを反射した光の中に

 あるいは綿雪の花を散らせた木々の姿に

 ようやく顔を出して灰色に乾いたアスファルトの路面に

 私はそのひとの面影を見るのだった


 そして雪解けをたっぷり吸い込んだ黒土から

 淡い黄緑色の芽吹きが顔をのぞかせ

 裏の雪山がすっかり小さくなって

 街にも 人々の心にも春の知らせが届き始めると

 そのひとは足跡のひとつも残さずに消えてしまうのだ


 夢美月のひとよ

 冬の老いた頃にあらわれて

 いつも私を撫でていくひとよ

 私の前に姿もなくあらわれて

 春になればいなくなってしまう

 私の心の中にただひとときだけ

 透明な面影を残していくひとよ

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