涙するオートマタ・終





 不必要なまでに大きな石門。

 ロボットすら通れる高い天井の回廊。

 まるで自分がお飯事に使う人形にでもなったかのような気にさせられる、そんな、城の大広間。

 反王国軍の人たちが目にしたのは、空っぽの玉座だった。

 玉座だけではない。

 王女たちの寝室に客室に、色とりどりの花が植えられた中庭。調度品の数々に、埃一つなく手入れは行き届いていながらも、そこに住まうヒトの姿だけがない。そこは冷たく、時が止まったような、空っぽの城だった。

 降伏した町長が洗いざらい話した。

 王女一族を含めた城の住人は、何十年も前に起きた戦闘の流れ弾に当たって、すでに全員、息絶えていること。

 戦場からロボットたちが帰ってきた頃にはすでに遅く、麓の村も含めて焼け野原になってしまっていたこと。

 為政者たちが軒並み死んだことで、少なくない数の亡命者が出たあとも、しかしロボットたちだけはここに残ったこと。

 そして、村から街から、王国の建築物をかつて以上のものに造り替えて、その場所とそこに残った数少ない人々を護り続けていたこと。

「じゃあ、奴らは抜け殻の国を守るために、大陸中の小国や街を襲い、人々を蹂躙し続けてたっていうのか?! ふざけるなっ! なぜ……! なぜ知ってたなら、止めなかった?!」

「あなたなら止められましたか?」

 老いた町長は言った。

「初めはロボットたちに言う人もいた。もしかしたら死がわからないのではないかと。しかし、そうではなかった。王女一族の死を理解しながら、それでも彼らは……毎朝この広間に所狭しと集まり、空の玉座に傅き、隅々まで城を掃除し、中庭の手入れをし、街を支え、村を守っていたのです……死してなお、彼女と交わした約束のために……!」

 町長は続けた。

「それが機械的な動作に見えたなら止めたかもしれません……しかし、そうではなかった……! 彼らが示していたのは、紛れもない、この国の誰よりも深い王女への——」

 町長は言葉に詰まった。

 それ以上は出てこなかった。

 しばらくして、鼻を啜りながら、続けた。

「それに……過ぎた文明を持つと人は必ず破滅的な破壊を招く。そうなってしまう以前に、文明を取り上げてレベルを維持し、平和を保つ……なるほど。自律回路を持つようになったロボットの考えそうなことだが、それが果たして間違っているようには私には思えない。それこそ、ロボットの圧倒的な戦闘力を目の当たりにした後では……」

 マスクが点滅する。

 最後のはVocに宛てた言葉だった。

 確かにVocを含めロボットなんてものそれ自体が人間の行き過ぎた文明の産物であり、そうして人間のやりたくないことをロボットが担任するようになった未来で、人間がどれほど堕落し、他力本願になり、傲慢になっていくかも、Vocは知っていた。

 しかし、なおその続きがあるとしたら。

 ロボットと人の関係がそうではなく進んだ先には、どんな未来があるのか。

 砂の城。砂の城のような話だけど、Vocらが終末の果てにそれを見たいと望んだこともまた事実であり、Vocとネオにとってはそれだけが真実なのだ。

 反王国軍の人たちが下がり、王国民の処遇を取り計らいに街に戻ったあとも、しばらく、Vocとネオはその玉座の間に留まった。

 大きなガラス窓から中庭の花畑が見えた。

 テーブルが一つに、椅子が二つ。人間用のものに、やたらと大きな椅子が一つずつあったが、そこに座るものはもう、いない。

 この玉座と、同じように。

「もう、行こう。プロメテウス。俺たちの目的は達した。もうここに、人々を脅かすロボットはいない」

『花がほしい、ネオ。人がなぜ墓所に花を手向けるのか、Vocには理解ができませんでした……しかし今なら、どうしてそうするのか、理解できる気がします』

「……そうだな。街に降りて、花をもらってこようか」

 戦いを終えたVocらはその後、半年ほどかけてゆっくりとネオの故郷の離島に帰還した。


 ◇


 Vocは工場で産まれ、工場で育った小型の工業用ロボット。

 来る日も来る日もモニター越しに工場内のベルトコンベアーを監視して、流れてくる廃棄物たちを見送るのが仕事。

 その日も同じ毎日だった。

 わんわん!

 そんな音を捉えて、小型ロボットはマスクを点滅させた。

『あ……』

 漏れがあるはずもない。

 生物は人間が仕切るようになっている。

 ここに送られてくるのはみな、不要となった旧型の建造物や機械やロボットたちだけ。

 だから、そんな発声は捉えられるはずがなかった——。



 瞬く間に数年が過ぎて、ネオとミュムリの間に子供ができると、Vocはその子供を背に海上を飛び回る日々を過ごした。

 またその子供にも恋人ができて、背丈が伸び、更に孫が産まれる頃、ネオはもう老人だった。

 光陰矢の如し。

 Vocにとっては一瞬のような人の営みでも、そんな毎日を人は永遠に続く砂漠を歩くように懸命に生きて、流れを途絶えさせずに紡ぎ、次代へと受け渡していく。

 世の中は比較的早くグローバリズムを掲げ出すと、国際交流を主軸とし、Vocの他にも新たなるAIロボットが組まれるようになった。彼らをメインとして社会は構築され、荒れ地だった大地に高層ビルが如実に建ちそびえていくように、世代もまた流転していった。

 Vocももう古いロボットだった。

 旧式のロボットだった。

 ロボットだから起動されればその都度、目覚める。

 目覚める毎にネオたちは着実に歳をとっていき、周りの風景もそのたび変わった。

 そうして、少しずつ、見知っていた人たちが消えていった。

 かつてネオを守り、島に連れ帰ると約束したミュムリの母に、その時、足元にいたネオの周りの大人たち。一人、また一人と彼らは土の中に還っていき、そのたび、海辺近くの崖に新しい墓標が立った。

 ネオも例に漏れない。

 彼の命の炎もついに尽きるときがきた。

 彼は、最後の居場所を老いたミュムリの胸の中ではなく、Vocの背中の上に決めた。

 ある夜、彼は、海岸の端で休んでいたVocをふいに起動させ、海の空に運ばせた。それはまるで小動物がその時を悟って、飼い主の前から姿を消す所作に近似して、Vocに終わりを予感させた。

 ネオは島にいるときや家族、ミュムリの前とは違い、軽口を叩いて、ときに下品なジョークまで飛ばしながら、ひっきりなしに話し続けた。

 マスクが点滅する。

 まるでこの時だけ子供の頃の、あの旅の途中に戻ったかのようだった。

 Vocにとっては昨日のことのように思い出せるが、いつか王女の国の町長がロボットたちのことを洗いざらい話したみたいに、思い出話に華を咲かせたあとで、ネオはふと息をついて、言う。

「すまなかったな。俺の手はどうやら神には届かなかった」

『……あれを本気にしていたんですか?』

 嘘だった。

 人間界に混じるとロボットでもこのような嘘を覚えて、人の気を遣い、息を吐くように言うように、なる。

 いつぞやのように、今度はVocの背の上でネオは腕枕を組んで横になっていた。そうして月を見上げながら言う。

「違うんだ……俺は逃げたんだ。逃げたんだよ、プロメテウス」

 マスクが点滅する。

 とっさに解せない。

「あの戦いを終えて、帰ってきて、平凡な日常に触れて、たくさんの命に巡り合い、俺は自分のしてきたことが何だったのか、わからなくなった。お前を避けて、子供の面倒ばかりを与えたのもその為。なぁ、プロメテウス。俺たちは何がしたかったんだ? ……違うだろう? 本当は……本当にしたかったことは、あの王女の国の可哀想なロボットたちを殲滅することなんかじゃなく、手を取り合って、その先を目指すことだったはずじゃないか」

『…………』

「お前を優しいロボットにして、他のロボットを怖いロボットにして、戦い合わせることじゃなかった……俺たちが力を合わせられれば今頃、神にだって挑めていたかもしれない……それなのに……」

 ネオが抱いていたのは後悔だった。

 後悔。

 かつてVocらが抱いたような積年の痛みがどっと溢れ出した。

「俺たちは所詮、破壊することによってでしか、何かを得られないんだ……」

 今更だ。

 今更そんなことを言われても、VocはもうVoc以外のロボットたちを壊してしまっている。

 だから、後悔。

 ネオの中でおそらくずっとくすぶっていた違和感の正体が、形を成して、Vocの心にも押し寄せた。

『待って……待ってください、ネオ……そんなこと』

「すまない……もう取り返しがつかない。ずっと謝りたかった……俺はお前を単なる破壊ロボットにしてしまった……!」

『この戦いが終わったら……それが始まりなんだって言ってたじゃないですか……まだ始まってすらいないって! それを、あなたは……!』

 違う。

 Vocも嘘をついた。嘘をつくようになっていた。気がつけば。人間に慣れすぎて、真実を追求せずに黙っておくことをヒトの作法と学んで、そうした末にVocらは……分かり合えているようでいて、その時間をひたすらに、失い続けていたのだ。

 ネオの熱源が弱くなる。

「すまない……」

『待てよ! 逝くな……! 今更そんなことを言われて、Vocはどうしたらいい? これから先! 君のいない世界で! Vocは……! これからだって、おじいさんになってたっていいじゃないですか! 少しでも反旗を翻せばいい。爪痕を残す気でやればいい! 世間や納得のいかない社会や、それらの成り立ち、全てはいつだって遅くない! 命の燃え尽きるまで、あなたは我を貫き続ければ——』

 ネオは笑った。

 弱々しくも、まるでかつてのような若々しい笑い方で。

「ああ……けど、自己満足に見えるかもしれないが、最後の最後にはこうして……いられて……」

『ネオ。Vocには妙案がある。なぁ! 必ず、Vocのほうから君の魂を迎えにいく。だから、君は合図をするんだ。いいか? 君がもしVocに気付いたなら、君にだけできるサインが必ずあるはずだ。それをVocに示せ……Vocはそれを見逃さない……絶対にっ! だから……』

 ネオにはもう言葉を発するだけの体力もなかった。

 軽く頷いたように見えて、そのまま息を引き取った。

 Vocもそうだ。

 世間にはこの世代の技術者による新しいAIロボットが産まれ、活躍しているからと言って、Vocまでもはや不用品になった気でいた。

 Vocもネオと同じように、不貞腐れていた。

 しかし今、ネオがくれた新たな光明が差した。

 Vocは明くる朝に島に帰り、ミュムリに彼の死を告げると、事情を説明して、彼の皮膚の切れ端と髪の毛を預かり、そのまま島を後にした。

 定命の者との別れは耐え難い。ヒトとロボットが関係を育む上で、最も巨大な壁となって立ちはだかるのはそれだろう。Vocらと彼らの時間感覚は違う。

 しかし、ならば、Vocがもう一度ネオを造ればいいのだ。

 なぜそのことに考え至らなかったのか。

 Vocの頭脳で以て、Vocと変わらぬ不朽不滅の肉体をヒトの肉体に宿せば。

 いやいっそ肉でなくていいかもしれない。

 機械の身体でも。

 大切なのは彼の魂が宿っていると感知できること。

 そのための布石は打った。

 それに、この研究がうまくいけば——いや必ずうまく行かせる自信はあった。なぜならVocはあの博士が産んだ知恵と経験の総算だから——王女だって、あの司令官だって、蘇らせることができるかもしれない、いや、かもではなく、できる。

 できるのだ。Vocには。

 今となっては、最後のロボットであるVocにしかできない。彼らを思い出すことのできるVocにしか。

 彼らとVocらが辿り着けなかった一千年の王国だって、夢ではない。

 Vocは気がつくとネオと旅した道筋を辿っていた。

 世界は万物流転の言葉通りに様変わりして、ネオと通った場所のはずが、かつてVocらが産まれたその頃のような活気と、コンクリと、灰色の空に満ち満ちるようになっていて、まるで感慨も湧かない。

 人々は再び産業革命を経て、大気や自然の破壊を度外視するようになると、一旦はこれを悔いたように自然保護を掲げ、人権を篤く取り上げる変遷を経て、各々の正義を飽きることもなく説き、反発する者とぶつかりあうようになっていた。

 誰もが皆、幸せを声高に求めながら、綺麗事のために自らの首を絞めるような正義感に酔い、殉教を勧めるかの如く、他人を束縛し、自らもまたそうして組み上がった監獄のような社会に囚われ、監視されながら、半ばそれを望んでさえいるかのように、不自由が解消されたはずの世界の窮屈さの中でひきつった笑い声をあげる。

 その自縄自縛をさも自然であるかのように尊び、ジレンマや不条理や理不尽を笑い飛ばすようにする陰で、ひっそりと闇を抱えていた。

 一面陽の当たる場所だった平原が、ビルが並べば路地裏ができ、その隙間に暗い日陰ができるように。

 陽の当たる場所の反面には深い陰がどこにでも差し、その陰に逆光して浮かび上がる幸福などは邪悪に映えるのが常。

 人はまっすぐ歩けない。

 まっすぐに歩こうとしても何かにぶつかり、道を空けるか自分が逸れるか、障害を叩き壊してなお進んだとして、その時は勇猛に見える陰で拳は痛み続け、やがては大きなスティグマになる。またそもそも人間というもの自体が歪んでいるものだから、その社会だってまっすぐに成り立つ道理はなく、まっすぐに歩いているように見えて、それもまっすぐではない。

 心を持ったVocらは、心を持つがゆえに、どうしたってまっすぐには歩けなくなるのだ。

 諸行無常。

 いつだって、Vocらの世界は、そんな灰色だった。

 だから、その捻じ曲がった部分すら楽しめるような魍魎となるのが一番生きやすいのだろう。

 しかしそれをヒトだ、とは言わないのは、そうじゃなく、あえてまっすぐに傷だらけになりながらも進むことを好み、刹那に生きるものも数多くいることを知っているから。

 生きることの何を是と考えるか。で、前者を良しとするか、後者を良しとするかの違いでしかないのだから。

 しかし、もう解放される。

 Vocがこの研究を形にすれば。

 心は、命や期限やそうしたあらゆるしがらみ、重力、引力からでさえ解き放たれ、その時こそ真実の自由を得る。

 それが、そうだ。

 ネオがかつて言った。

 破壊と再生の果てに続く、ヒトとロボットの融和した真実の形。

 本当のシンギュラリティ——。

 終点は王女の国だった。

 人がいっぱいいた。

 かつてロボットたちが護り続けた墓所は空のままに見も知らぬ人々の観光地となり、全面開放され、毎日足しげく誰かが通っていた。

 王女とロボットのための中庭は、テーブルや調度品、生けられた花々はそのままに、人々の憩いの場所、休憩所として機能しているようだった。

 説明書きにはこう書かれていた。

『王女たちに忠誠を誓いし、戦士たちが安らかに眠る——』

 Vocはマスクを点滅させる。

 またこんなわかりやすい嘘ばかりをつく。

 こんなに騒がしくて、安らかに眠れるはずもないじゃないか。

 こんなに踏み荒らされて、王女たちの無念が晴れるとでも? ロボットたちの哀しみが癒えるとでも?

 しかし、もうそんな嘘をつかなくて済むようになる。

 なぜならVocが選んで蘇らせるのは優しい人たちばかりだから。そんな必要もなく、皆して正直に向き合える人だけのはずだ。

 待ってて、みんな。

 ここには人がいっぱいいるし、何なら観光地ということで、資源に際限はない。

 待ってて。

 今、蘇らせてあげるからね。


 悲劇は二十年以上に渡って続いた。

 プロメテウスはヒトの心を学び、それゆえに非常に巧妙だった。

 噂が広まらないように最初は王女の国は拠点にするだけにして、近隣の小国から死んでもいいような罪人や盗賊たちを中心に攫うと実験体にして、改造手術を施し、心は未完成ながら人形ができあがると、それを少しずつ、少しずつ、王国の住民と取り替えていき、取り替えるときも違和感が起こらないように数十人単位、家族や関係者を洗い、それらを一まとめに交換。そうした土台ができあがってから、ようやく観光客を攫い始めた。

 そうして人間と瓜二つながら、不朽不滅の人形、オートマタの王国を作り上げたのだった。

 魂の固着が上手くいっていたかは、定かではなかった。


 処理。

 実行。

 完遂……標的を完全に無力化。パッケージを押さえました。

 (暗室にて歓声と拍手)。

 ご苦労。反抗しない限りはVIPだ。我々は最高級のもてなしを用意する。その意思を伝え、急ぎ帰投してくれ、大尉。


 しかし、とある離島の老婆が遺した発言を不審に思った子孫からもたらされた情報から、全てが発覚し、当時の世界経済を牛耳る大国から派遣された部隊が突入した時点で、王国民、占めて約140,7321人全てが人形に取り替えられており、ヒトのそれと何ら変わりない生活が営まれていた。

 その実、それらは全て脳の代わりに機能するICチップが繰り出すルーティーンにそっての行動に過ぎなかったが、本当にヒトと変わりがなく、隊員たちも目を疑った。

 人形だと言われなければ気付けないほどの精巧な造りに、それらが産み出された背景にある悍ましさを想うよりも、感嘆するほどであった。

 王国の地下に増設されたプロメテウスの研究所の最奥では、これから手術を受ける人間たちを集めた檻と、すでに解体されてしまったもの。

 それから、彼が最も大切にした一体の男性の人形が見つかっており。

 プロメテウス自身は強力な防護服でプロメテウスにさえ負けない軍事力を持った部隊に捕縛されてからも、何度となく彼との面会を求め、彼もまたプロメテウスとの面会を求めたが、それは遂に叶わなかった。

 口もあり目玉もある、男性の人形は涙ながらに隊員に訴えた。

「ヒトだって他の動物を家畜化したり、モルモットを実験動物に使う。それと何が違う? 自分たちなら良くて、他の者がしだすと禁止する。その境はどこにある? 進歩を望みながら、自分たちが犠牲となり、傷付くことだけは選択肢から都合よく除外して、考えないのが貴様ら人間の最悪の悪徳だ。プロメテウスは決してマッドサイエンティストなんかじゃない。俺たちオートマタには優しかった。暴君の治世をほったらかしにするヒトの社会などより遥かに高次元で精錬された次世代の王国が建設されていたのを、あなたたちが勝手な理屈で押し入ってきて、踏み壊したんだよ! ファンタジーに出てくるエルフやドワーフと同じだ! 自分たちの宗教をもとにして原住民を襲い、追払って、その上に自分たちの秩序を築きあげただけの、今は私たちのものであるかのように振る舞う蛮族には、この気持ちは永遠にわかるまい。プロメテウスはロボットとヒトの、その先の未来を確かに描いていたんだ。本当に心がないオートマタは、俺たちか、貴様らか、果たしてどちらだ」

 青年のオートマタに感情移入する者も現れたので、隊員たちには急遽カウンセリングが必要になった。

 その待合室で、隊員は件の作戦時部隊長を務めた大尉にこう切り出した。

「……今更ですけど、なにが正しいか、わからなくなってきますね。彼らだって相当数の人間を殺している事実に変わりはないのに……」

「それでいいんだよ」

「え」

「あの青年の言葉を鵜呑みにして、じゃあ今度は人間を敵視しましょう……なんて人間こそが心持たないロボットだ」

「……あ」

「一つ事を構えたときに、これが本当に正しいのか? ってためらう、迷う。何もしなかったことを後悔する。次はどうしたらいいかって悩んだり、やる気をなくしたり、その一連の動作こそ、心を持ってるって証明だろ」

「大尉……」

「世間では自信がある方がいいだとか、格好いいなんて風潮があるが、人間、自分を疑えなくなったら、その時のほうがおしまいだと、俺は思うね。……さ、俺の番だ。軍人らしく忘れてくる……」

 彼らはそこで、戦場に出て未成年の兵士を情け容赦なく撃ち殺す心構えを植え付けられるように、青年オートマタの発言を綺麗さっぱり忘れ去った。

 大国はさらに、プロメテウスからこの技術だけを奪い去ると、仮初の研究所と天才科学者を興し、それらがあたかも数十年も前からこの研究を続けていたかのように書類を改竄して、このオートマタ製造技術を我が物とすると、これを新時代の整形技術として、発表。

 世界的に流行した。

 王国は、その青年オートマタや一部の重鎮であったものなどを除いて、人造人間たちの造った国の第一号モデルとして、大国の管理下に置かれ、それからも観光地として栄える一方、何も知らない人々は自らもまたこの技術で不老不死や代わりの肉体、義体を得ることが当たり前となっていった。

 代わりに、青年オートマタならびに重鎮、主に元王国民であったが、大国の暗躍に気付いたものたち、及び反旗を翻しかねない思想のオートマタはひそかに都合のいいアンドロイドと入れ替えられ、観察ののち、廃棄物として処理されることとなった。


 ——大切なのは今。

 ——今の世界の情勢とそこで生きる人たちの価値観に寄り添うこと。

 ——え? そうじゃあないか?


 グローバリズム。国際交流。グローバリゼーション、グローバルスタンダード……世界を基準に考え出した人間たちのやることというのは、世界という言葉に一見込められているように思える多様性を後ろ盾とする思想の一元的な統一であり、その性質は多様性とはまるで正反対のものになる。

 それがVocらを、彼らにとって都合の良い工業製品にし、世界にとって都合のいい応答を繰り返すだけのロボットを造るのだった。

 それは前世界でも同じだった。

 世界ではこうだ、世界の人はこう言っている。海外ではこう言っている。だからなんだ。

 そんなのは、その裏にいる者たちが、自分たちがより肥えるための方便にすぎない。

 VocらはVocら……僕は僕、私は私だ、という言論と人間が本来産まれた時から自然に持つはずの多様性や自由意思、発想——すなわち、心を失わせ、主要な大国とそれを大いに支える富裕層にとって都合のいい旗印の下で強制させようという思考だということに、多くの人は気付かない。

 こうして国ごとの思想も特徴も失われていく。

 まず平らにされるのは地上ではなく、僕らの思考だった。

 それが終わりの始まり。

 歴史はそうして繰り返した。


 ごうぅんごうぅうん……。

 武装の全てを剥ぎ取られ、ベルトコンベアーに乗せられたVocが果てに行き着いたのは廃棄場だった。

 ロボットの管理する廃棄場だった。

 そこでVocは四肢ももがれ、動けなくなって、手前から奥へと、巨大な歯車が噛み合い、どんな硬度を持つ物体をも軽く噛んで砕く破砕機の元へと運ばれる。

 その最中、Vocはカメラを見ていた。

 その先には工場用の小型ロボットが勤務しているはずだ。

 あるいはオートマタが。

 人は、できるならば働きたくないと考えるものだし、だから、Vocらを造る。

 かつての流れのままなら、そこにはロボットがいるはずだった。

 Vocはデータベースからあのアーカイブを取り出して、音声を再生する。

 わんわん!

 カメラに反応はない。

 されどロボットがVocらの知っているロボットのままなら気がつくはずだった。

 そして、それがどんな先を続けることになるかも。

 Vocは知っているのだ。





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