第九話 ちょっと、これはブチギレ案件なわけですよ。


 二日目も恙無く終わり、最終日。

 今日はハイグレードの発表日だ。


 ハイグレードのひとたちにとっては、ただ実力を見せびらかす場でしかない。

 だから実力が無い低クラスの生徒たちなんかは出ないことが多いらしい。

 それでも、ハイグレードAクラスの生徒たちはその年齢にしてはまあよくやるなって子が多かった。

 …闇属性の生徒は、今のところハイグレードからはひとりも出ていない。

 ハイグレードの生徒でも、闇属性の子はやっぱり不遇な扱いを受けてるんだろうか。


 数グループ、発表が終わった頃。


「ねえ、メディ。フランソワたちはどうしたの?」

「え?始まる前に教師に呼ばれてったけど…そういえば、戻ってこないなぁ」


 まあ見るだけならタダだし、勉強にもなるし、ということで今日も見る予定だったんだけど、フランソワ、リエット、マルガレータはこの訓練場の観覧エリアに入る前に教師に呼び止められた。

 彼女らにだけ用がある、とのことだったのと、フランソワから「先に行っていい場所を確保しといてちょうだい」と言われてたから、私は先に入ってきていたんだ。


 私の答えに、リオルが渋い顔をする。


「…僕と同室の、トールたち覚えてる?」

「同じ闇属性の子でしょ?うん」

「彼らもフランソワたちと同じように、ここに入る前に教師に呼び止められてたんだ」


 ……えー。


「…偶然かな」

「…それは」


「リオル様、メディア様!」


 叫ぶようにかけられた声に、振り返る。

 息を切らして駆け寄ってきてくれただろうヴァネッサが、慌てた様子で声をあげた。


「大変ですっ、皆様が…、闇属性を持つローグレードの皆様がっ」

『おうさま、たいへん!』

『闇の子たち、すがた変えられた!』


 ぶわ、と周囲に数多の精霊たちが集まった。

 リオルみたいに多少なりとも姿が見える生徒もいたんだろう。目を丸くしている。


『精霊避けが施されて部屋に入れなかったのですが、中から連れ出された精霊はひとりを除き、皆闇属性です』

『事態を察知したユリウス・ツェルンガとジェーン・カリスタが止めに入ったが、教師に阻まれた』

『精霊避けが施されている部屋から悲鳴がさっきから聞こえてる。あれは上級の水のミストだと思う』


 中級、上級精霊たちも集って報告してくる。

 その内容に唖然としていると、これから発表予定のグループが呼び出された。


「次、ハイグレードAクラス所属三学年テオドール第一王子殿下、二学年ジャック・ビュエラ殿、一学年フィリップ第三王子殿下、マリオ・トルク殿、アルス・ヤディール殿」


 中央エリアに向かうグループはアルスと攻略対象者たち。…もちろん、ユリウスやジェーンはいない。


 そして攻略対象者のひとりであるマリオ・トルク伯爵令息がなにか大きなカゴを抱えていた。

 布をかけられているからカゴの中身は分からないけど、ギャアギャアと鳥の叫び声のようなものが聞こえる。


「それでは、発表始め!」


 ―― 嘘でしょ?


 教師の掛け声とほぼ同時に、カゴにかけられていた布が取り払われた。

 そこには黒いカラスが数羽。中には怯えて隅で縮こまっている子もいる。

 そのカラスの中で一羽だけ、見覚えのある鮮やかな水色の鳥がいる。


 ひとには分からないだろうけど、精霊にはすぐに分かる。

 あれは精霊だ。精霊じゃない。強制的に、何らかの手段によって精霊に変じさせられた人間。


「では、始めようかアルス」

「うん!」


 テオドールの言葉に笑顔で答えたアルス。なにか詠唱を始めた。手に光が集まっている。

 手早く、ジャックが周囲に結界を張った。あれは中にいる者を外に出さないようにするためのものだ。

 マリオがカゴの蓋を取り払った、と同時に逃げ惑うカラスたちの中で二羽だけ、アルスたちに歯向かうように魔法を発動させる。

 一方は闇魔法を、一方は水魔法を。

 けれど無情にもそれはフィリップが打ち払った。魔法についてはいつも通りの詠唱ができないということもあって威力が出なかったのだろう。

 余分な力が含まれたフィリップの魔法は、容赦なく二羽に襲いかかった。

 カラスを庇うように、水色の鳥がカラスの前に飛び出す。


「メディ!!」


 あれが誰かなんてすぐに分かる。

 フランソワと、ミランだ。


 観覧エリアの椅子を蹴って中央エリアに向かって飛び出そうとしたそのとき、リオルが私を抑え、そして私よりも先に誰かが中央エリアに飛び込んだ。

 ユリウスと、ジェーンだ。

 教師陣が止めようとしたが止めきれなかったらしい。ジェーンの風魔法ですっ転んでたみたい。ざまぁ。


 水色の鳥が地面に伏している。

 そのそばで庇われたカラスが鳴いていた。


「メディ、下から回ろう!ここから飛び込んだら教師共に食い止められる可能性が高い!」

「…分かった」


 食い止められても、ぶっ飛ばせばいい。

 けどあとから困るのは自分だと、散々神様やリオルから言い聞かされていた私は引き下がった。

 リオルと一緒に、学園生活を楽しみたいと思っていたから。余計な騒ぎを起こすのは本意じゃない。…もう、手遅れかもしれないけど。



 騒然とする場内。

 誰もが混乱する中、中央エリアに軽々と私たちが足を踏み入れることができたのは、そのエリアで行われていたことに教師たちも手出しができなかったからだと思う。


「どうして、どうしてそこに立つの!危ないってば!早くどいてよ!」

「あなたが何をするか分かって退くと思って!?それをこの子たちに当てたら、この子たちが死ぬでしょう!!」

「死なないよ!!治してあげるんだってば!!」

「わざと精霊にさせた上でか!実験しているようなものではないか!!」

「そうだよ!そのための発表会じゃないか!僕が、僕がこの魔法で彼らを治してあげることができれば、精霊になってしまった人たちを救ってあげられる!!」


 …たしかに、精霊になった者を治すことは人間にはできない。体の構造を根本的に変えられるからだ。

 でも解決策がないわけじゃなくて、精霊王や神様に真摯に祈りを捧げれば治るのだ。

 私だってリオルと一緒にいたこの半年余り、真摯に請われて、祈りを捧げてきた者と精霊になってしまった者の魂の状態を見て問題なければ治している。


 つまり、アルスは。

 我々の領域に手を伸ばそうとしている。

 その手に集めた、綿密な術式が練られた魔法の光球を使う気だろう。


 ゲームでもこの展開はあった。

 精霊になってしまった人間を治すための研究を始めていたアルスは、攻略対象者たちと協力しながら、その方法を突き止める。

 そのきっかけになったのは義兄のディランが悪人に精霊に変えられたからだ。そして、研究の結果が出たのは。今、彼らは一学年だから時期尚早というもの。


 ―― そして、ゲームでは実験台なんて用意しなかった。

 アルスは真摯に祈りを捧げ、精霊王と神様に協力をこいねがい、その協力のもとで魔法を完成させたのだから。

 万が一があったときは、精霊王と神がどうにかするって話で。


 精霊王はそんな願い、聞いていない。

 たぶん神様もそうだろう。そんなことがあれば私にも話が来るはずだから。

 ということは、アルスは自力であれを組み立てたことになる。あんな複雑な術式の魔法を?たった十六年そこらしか生きていない、人間が?


 精霊王と神様しか知り得ない術式が、どうして組み込まれてるの?


 ギッとテオドールがジェーンたちを睨みつける。


「こんなに頭が固いやつだったとは!大方、ユリウス殿同様、そこの後ろにいる闇属性の平民共に惑わされたのだろう!そんな女は我が妻には相応しくない!!ジェーン・カリスタ、お前とは婚約破棄する!!」

「なっ、殿下!?」

「ユリウス殿も我が国の発展を邪魔だてするのであれば、正式に国から抗議させてもらう!!」

「…っ、同意を得ていない人を実験台にすることを是とするのか、この国は!!」


 一瞬、テオドールが怯んだ。

 けれど代わりにフィリップが叫ぶ。


!!闇属性になど、人権はない!!」


 ―― ああ。


「ミラン先輩!トール、みんな!」


 リオルがカラスたちに駆け寄り、ぐったりとしている鳥に触れた。

 びくりと体を震わせたのは、その怪我の酷さからだろう。

 フィリップの炎をまともに被ったせいだろう。火傷がひどかった。


 治癒魔法を使えるのは風属性が主だ。

 闇属性のリオルやユリウスではどうにもならない。

 ジェーンならなんとかできるかもしれないけど、今は向こうから目を離したらどうなるか分からない状況。

 相手は貴族ばかり。抑えられるのは、ユリウスかジェーンしかいない。

 野良精霊は基本、人間に手出しはしない。どんなことがあっても。


 他の子たちも守れるよう、精霊たちに私たちのところに集めてもらった。

 ここに来る前に、ヴァネッサに精霊避けが施されている部屋に行ってミストを助けてもらうように予めお願いはしてきた。たぶん、もう少しでミストもすっ飛んでくるはずだ。


「…め、めでぃ」


 ボロボロとその瞳から涙を溢しながら、リオルが希う。

 ずっと傍にいたカラスのフランソワも「カァカァ!」と訴えてきている。


「おねがい、お願いだ…ミラン先輩、たすけて…しんじゃう…!」

「リオル…」


「もう!どいてよォ!!僕は治せるんだから、僕はなんだから任せてよ!!」


 アルスの手に集まっていた光球の維持が難しくなったからか、アルスはこちらに向かってそれを投げつける。

 ゲームの中では精霊を救う魔法だった。

 でも、


 本能的に悟ったのだろうユリウスとジェーンが防御魔法シールドを展開する。

 それは正解だ。

 アルスの魔法がふたりの防御魔法シールドに接触した途端、大きな光を出しながら膨らんだ。


 私は、ユリウスとジェーンを魔法で引き寄せると、周囲に闇の防御魔法シールドを張った。

 次の瞬間、爆発と爆音…も起きたんだと思う。私の力の方が強かったんだろう、音は一切聞こえなかったし、衝撃波も来なかった。


「め、メディアさん…?」


 目を丸くするジェーンと、ユリウス。

 リオルはミランを優しく抱きかかえながらボロボロと泣きながら「ごめん、ごめんメディ」と呟いていた。


「リオルのせいじゃないよ」

「でも、だって、メディは僕と一緒にっ、学園、生活してみたかったって…!」

「うん。だから目立ちたくなかったし、リオルにストッパーをお願いした。リオルと一緒にキャッキャウフフなキャンパスライフしたかったし、あわよくばリオルにもいい伴侶が見つかればいいなって思ってたけど、まあ不可抗力だし、そもそもこれは私にとってはブチギレ案件なわけでもうリオルからストップかけられても無理だったというか」


 魔法を解除すると、辺りは凄惨を極めていた。

 教師陣は自身が大怪我をしている者もいれば、巻き添えで怪我をした生徒たちを救助している者たちもいる。

 中央エリアは私たちがいるところ以外は土が抉れ、基礎が見えている状態だ。

 死人がいないのが救いかもしれないけど、まあ、賠償はすごいことになりそうだねぇ。


 アルスたちも、多少怪我はしているものの無事なようだ。

 呆然と立ち尽くしている。


「なん…なんで…この前は、成功したのに…」


 へぇ。これの前に同じようなことをやったのか、お前。

 それにしては野良精霊たちからの報告がなかった…ということは、きっと今回と同じように精霊避けを施した場所でやったな?


『ミラン!!』


 解放されたミストが飛んできた。

 遠くの方でヴァネッサが止めようとする教師を押しのけて、こちらに向かってくるのが見える。

 リオルに抱えられた精霊となったミランを見て、ミストは殺気立ってアルスたちを睨みつけた。

 精霊は、自在に人間に姿を見せる見せないというのができる。ミストは普段から、ミランを守るように姿を見せていることが多かった。

 ミストの睨みにアルスがびくつくと、テオドールがアルスを抱き寄せ、フィリップとジャックが庇うように前に出る。


「ミスト。手出しはしないで」

『でも…っ』

「ミストが人間を傷つけたと知ったら、ミランはどう思うと思う?」


 そう言えば、ミストは口をつぐんだ。

 ふわふわとリオルとミランの傍を漂いながらも、アルスたちに敵意を向けるのは変わりない。

 ヴァネッサがジェーンに駆け寄り、泣きそうな顔で「よくご無事で…!」と叫ぶ。


 それとやや遅れて、バタバタと遠くから学園長のフラッグと副学園長(名前忘れた)が駆け付けてきた。

 サッとヴァネッサがジェーンの前に出る。自然と、ユリウスと並び立つ形になった。


「この状況は一体どういうことですかな!?」

「え、と…」


 フラッグ学園長の怒声にアルスが怯み、ジャックがサッと前に出た。

 また何かを言おうとしたフラッグ学園長を押しのけて、副学園長が前に出る。


「第一王子殿下、第三王子殿下ご無事ですか!?」

「問題ない。観覧席の皆は?」

「はい、ローグレードを中心に被害が大きいですが、現在手当を行っております。ハイグレードの皆様は、座られていた座席周辺の結界により問題なく」

「そうか、良かった」


 ほーん。

 つまり、ローグレードは結界がない、もしくはハイグレードに劣る結界が施されていたと。

 王族も含めてローグレードの怪我人続出にはなんとも思わないんだ、こいつら。クソだな。

 ユリウスの国もクソだけど。


 フラッグ学園長が周囲を見渡して私に気づいて、目を見開く。


 うん。この学園ではフラッグ学園長だけは私の正体知ってるんだよねぇ。彼についている上級精霊とは仲良かったし、きちんと信頼関係を築いていたようだったから、学園で私がどんな存在か知っておいてもらう唯一となってもらっても問題ないと思ったから。

 そして何度か会って、会話しているから普段の私がどんな雰囲気なのかも知っている。


「……第一王子殿下、第三王子殿下。彼らの後ろにいる鳥たちは、一体」

「学園長、お伝えしたでしょう。精霊ですよ」

「精霊を捕まえたことは聞き及んでいます、が、なぜこうも闇属性ばかり…」

「彼らはローグレードクラスの生徒ですわ。それに、彼が抱きかかえて水精霊が心配そうに寄り添ってるのは、ミラン・グランツ様です」

「……は?」


 ジェーンの言葉に、フラッグ学園長の顔色が青を通り越して白くなった。

 一方、副学園長はふんと鼻息荒く「それがどうしました」と答え…あん?

 ジェーンもフラッグ学園長もその回答は意外だったようで、目を丸くした。


「グランツ様がそのような者たちの傍に行くからそんな事態に巻き込まれるんです。まあ、あとで精霊王なりに頼んで戻してもらいますよ。伯爵がうるさいでしょうから」

「エインリッヒ!君は何を言っているんだ!!」

「精霊王なんてそういうときぐらいしか役に立たないでしょう」

「副学園長、あなたは何てことを仰るんだ…精霊王に対してそのような言葉は不敬だ、取り消すんだ!」

「やる意味が見いだせませんな、ツェルンガ皇子殿下」


 ふーんへーほー。


「メディ…?メディ、ダメだよ」

「そればっかりは、聞けないお願いだなぁ。リオル」


 ユリウスとジェーン、ヴァネッサの前に立ち、バチバチと周囲に魔力を溢れさせる。

 ハッと気づいたフラッグ学園長が私に向かって土下座した。

 へぇ、この世界にも土下座って文化あったんだ。

 ガタガタと体を震わせるその様はまさに、捕食者に見つかり震える小動物のよう。


 その後ろでは、ボロボロになったテオドールが、同じような状態の主人公であるアルスを守るように抱きしめて信じられないといった表情で私を見ていた。その周囲には真っ青な表情で今回、アルスが人物たちがボロボロになったまま立ち竦んでいる。あと、名前を覚える必要がない副学園長とかいう人間。


 私の後ろにはリオルとユリウスと、ジェーン、ミラン、それから入学してから仲良くなった子たち。

 ミランと仲良くなった子たちは人の姿をしていない。


 そう。人の姿をしていないの。人じゃない姿にさせられたの。


「お、畏れ多くも御名をお呼びすることをお許しくだ「許さない」…えっ」


 通常通りの、格式張った挨拶をしようとしたフラッグ学園長の言葉をぶった切った。

 だって、聞くつもりはないもの。


「メディア嬢、落ち着くんだ!」


 ユリウスが叫ぶ。


 落ち着け?

 震えてるじゃない。泣いてるじゃない。

 ミランに至ってはかすり傷と呼べない、重い怪我をしているじゃない。声を出すのすら辛い状態じゃない。


 「メディフェルア!!」


 リオルの悲鳴にも似た叫びが聞こえる。

 その名を聞いて、テオドールとフィリップとユリウスが驚愕の表情を浮かべた。


 ねえリオル、ミラン、ユリウス、ジェーン。

 さすがにね。ちょっと、これはブチギレ案件なわけですよ。


 闇属性かつ、精霊王たる私の目の前で、闇属性の子たちを殺す気で攻撃してきたなんてことも。

 禁忌とされる精霊に無理やりこの子たちに変化させたことも。

 そして心優しい水属性のミランが彼らをかばって大怪我して、闇属性のユリウス、そして風属性のジェーンも身を挺して守ろうとした。そんな彼らに対して更に攻撃を加えたバカどもにはブチギレてもいいよね?神様。



《いーよー。あんまりひどいようなら国ごとプチってしようか!》



 軽い返事ぃ、でもオッケーもらったから良し!


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