⑪

「大した怪我も無くて良かったね」


 私の横を歩く、乃兎はいつもと変わらぬ口調でそう言う。


「まあね。というか、あなたが無傷なのが一番の謎なんですけど」

「潜っている経験が違うからね」


 見た目は私より幼く見えるとのに。


 あの後の事を語るのだとすれば、店から脱出した私達は駆けつけた救急の人達によって病院へと搬送された。大将と私は軽微の火傷や煙を吸い込んでしまっていたので、大事を取って入院する事になったが、乃兎に異常はなく、一応一日だけ入院して即退院した。


 私達は、体調が戻ると、警察から事情を訊かれたが、その聴取は形だけのもので、すぐに終わり、事故という事で片付いた。本当の事を話す事も出来ないので、どうしようかと思ったが、それで終わって良かった。


 これは推測だが、きっと乃兎が手を回したに違いない。


「そう言えば、ずっと聞きたかったんだけど」

「なんだい?」

「あの鼠、創想像スピレはどうやって倒したの?」

「別に倒したわけじゃないよ。保管したのさ」

「保管?」


 乃兎は、またあの白い本をいつの間に出したのか、手に持っていた。そして、あるページを開くと、私に見せる。


 そこには、一ページに大きな文字で『火鼠』と書かれていた。


創想像スピレはね、こうして名を与える事で、本に保管する事が出来る。これが、ボクの、司書ライブラの仕事さ」

「じゃあ、あの時、乃兎が火鼠って言ったのは」

「そう、この本『辞典ブック』に保管する為。まあ、それをするにも、ある程度力を削ぎ落とす必要があるから、今回は苦労したけどね」

 白い本、辞典を閉じる。


「なんで、鼠だったのかしら?」


 あれが、大将が生み出し物なら、なんで鼠の形をしていたのか。


「それは、実際に燃えている鼠を見たからだよ」

「燃えている鼠を見た?」

「一件目の火事の時、店の商品に引火したと言っていたろ」

「そういえば」


 そんな事を、従業員の女性は言っていた。


「その商品は、ねずみ花火だったみたい」

「ねずみ花火って、あのくるくる回るやつ?」

「そう。彼は、その光景が脳裏に保存されて、想像したんだよ、燃えている鼠をね」


 そんあ連想ゲームみたいなので、あんな怪物が生まれたのか。その話を聞いて、私は一つ疑問に思った。


「でも、創想像って、不特定多数の人の共通認識で形になるのよね」

「よく覚えていたね」


 それくらいは、覚えているわよ。


「どうやって大将の想像を、他の人は知る事が出来たの?」

「この町には、インターネットと同じくらいのネットワークがあるだろ」


 その言葉で私は考える。もしかして、


「主婦の人達の事?」


 パチンと乃兎は指を鳴らす。正解みたい。


「上流階級みたいな喋り方をする女性が居たろ」


 第三主婦の事だろう。というか、乃兎もそう思っていたのか。


「霧子君が入院している間に彼女に訊いたんだ。彼女が言っていた噂は誰から聞いたかって。そしたら、彼女の友達が、ある店で聞いた事を広めていると判ったんだ」

「その店って」

「そう、麺やべえだよ。まったく客が来ないといっても、ゼロじゃない日だってあるだろうからね。その時に、世間話のつもりで喋ったのが拡散されたんだよ」


 第三主婦の友達だと言うと、きっとあの人達だ。広まる理由も納得だ。


「それは、そうとキミのタウン誌を見たよ。特集は火事で無くしたんだね」

「うん」


 当初は、今回の火事の事を書こうかと思ったけど、それは止めて、大将の店を載せる事にした。焼け落ちて、無くなってしまったあの店を。


「どうして、大将は想像したんだろ」


 私は、呟く。大将の口からその事をまだ聞けていない。


「嫉妬と怒りだよ」

「えっ?」


 そんな私の呟きに、乃兎は答える。


「二件目の飲食店、四件目のカフェは最近この町に出来た店。そうだろう?」

「そう、だけど」

「そのせいで、恐らく、彼の店の客足が少なからず遠のいていたんじゃないのかな」


 そう言えば、特集で何回か店に行ったが、お客さんは居なかった。


「飲食店は朝早くから夜の遅い時間まで営業している。それに、カフェは、長く入れるし、若い人達なんかは、気になってそっちに行くだろう。客を獲られたと思ってもしょうがないよ」

「じゃあ、三件目は?」


 三件目は、雑貨屋だ。大将が嫉妬なんてするわけない。


「それは怒りだね。覚えているかい、駄菓子屋の彼の言葉を」

「あいつ、なんか言ってた?」


 乃兎は、やれやれという仕草をする。

「彼は、あそこの店主がタウン誌を馬鹿にしたと言っていただろ。恐らく、その事が大将の耳に入ったんだよ」

「それって、自分の特集の事を言われたから……」


 私だって、そんな事言われたら腹が立つ。


「そうかもしれない。でも、ボクはそれ以外の可能性も考えている」

「違う可能性?」

「あれを作っている誰かの為に怒ったって事さ」


 その言葉に私は、立ち止まってしまった。そっか。


「さて、霧子君。少し、小腹が空かないかい?」

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