⑨

 その後私達は、第三の現場に来ていた。こっちは、前の二件と違って全焼してしまっているので、今はもう片付けられ、更地と化してしている。幸いだったのは、この店の隣は、道路で、もう一つは空き店舗だが、こちらには被害がなかった事だろう。


「どう、乃兎?」

「うん。間違いないね」


 彼女はそう断言する。


「この火事の原因は、創想像スピレだね」


 専門家はそう言い切った。


「じゃあ、前二件もそういう事ってわけか」


 いよいよ、ここからが本番だ。そう意気込む、私に乃兎は目の前で指を振る。


「いや、違うね」

「えっ、どういう事?」


 私の問いに乃兎は答えない。その代わりに、彼女は道路の左右確認をすると、向かい側にある駄菓子屋へと向かって行く。私の問いには、答えない上に、まだ食べるつもりなのか。私も左右確認をして、彼女の後を追う。


 ここの駄菓子屋は、昔ながらの駄菓子屋で、子どもたちの間ではとても人気がある。子どもの駄賃でも買える値段設定に、種類の豊富なお菓子の種類、子どもが来ない理由が無い。


「いらっしゃい……って、なんだ、霧子か」

「なんだとは失礼ね。筆」


 店の奥から無地の白Tシャツに黒ズボンの男性が現れ、私は彼に対して挨拶する。


 この店の墨住菓子店すみずみかしてんは、私の幼馴染でもある墨住筆すみずみふでが店主をしている店だ。昔は、筆の祖父母が経営したのだが、二人が高齢という事もあり、経営していく事が難しくなり、店を辞めようとした所に、筆が後を継ぐと言い出し、無事に店は残る事になった。


 しかも、こいつには商売の才がったのか、店はこの町の人気店の一つになっている。


「あんたは暇そうでいいわね」

「これから、お得意様がたくさん来るんでな。この時間ぐらいじゃないと、休めないもんでな」


 お得意様、つまり、子どもたちか。まだ、子どもたちは学校だから、もう少し経てば、授業も終わって、学校帰りの子どもがここに来るというわけか。


「それで、何の用だ?」

「ああ、それは」


 そう言って、乃兎の姿を探すと、彼女は小さいカゴいっぱいにお菓子を詰め込んでいた。それは、もう無邪気に目を輝かせながら。この子、本当に成人しているのかしら?


「お前の連れか?」

「ええ」

「子ど」

「成人女性よ」

「………なるほど」


 短いやり取りをしつつ、カゴに夢を詰め込んでいく乃兎を二人で見続けた。



 カゴいっぱいの夢を買った乃兎は、さっそく美味しそうに棒付きキャンディーを舐めている。


「それで、取材か、なんかなのか?」


 筆のお店もよく特集でタウン誌で紹介しているから、その事かと思って訊いたのだろうけど、今回は違う。


「実は、お兄さんに訊きたい事があってね」

「俺に?」


 棒付きキャンディーを舐めながら質問する。


「向かいの雑貨屋で、火事があったそうだけど、その事を訊きたくてね」

「お前らもかよ」


 すでに、多くの人から話を訊かせてくれと言われたのか、嫌そうに筆が頭を掻く。本来であれば、いの一番に訊きに行くところだけど、なんだかんだで、疲れてそうだから、今まで訊くのは、遠慮してたんだけど。


「駄目なのかい?」

「………大した事は知らねえぞ」


 嫌そうな顔をしつつも、しっかりと、教えてくれる。優しい奴なのだが、私としては人が良すぎて心配になる事もある。


「感謝するよ」


 筆は、カウンターの丸椅子に座る。


「火事自体が起きた時ちょうどガキどもの勉強見ている時でな」

「あんた、そんな事もしてるの?」

「もののついでだ。それで、外が明るい事に気が付いて外を見ると、向かい側の店が燃えていた。通報自体は他の人がしてくれたみたいでな。俺は、ガキどもの安全を確保するのに必死で気が付けば、消防やら警察やらも来て、終わってた」

「店は全焼とのことだけど、怪我した人とかは居なかったのかい?」

「ああ、店は定休日で休みだったよ。まあ、その後来た店の店主は魂が抜けていたがな」


 それは、そうでしょ。同じ立場でも、きっと私もそうなる。


「出火の原因は判っていないんだね?」

「俺は知らん」

「じゃあ、あの店、もしくはその店主についてはどうだい?」


 そういえば、どんな店だったんだろう?


「こう言っちゃなんだか、あまり好感を持てなかったな」

「そうなの?」


 私の言葉に、筆は腕を組み頷く。


「ああ。あいつは、町外から来た人間でな。ここにも開店の挨拶に来たんだが、なんていうか気取った奴で、他人に対して舐めた態度を取るというかな、まあ、気にくわない奴だったよ。お前の書いたタウン誌の特集も馬鹿にしてたからな」

「そいつの住所教えてくれる」


 なんとも聞き捨てならない発言が筆の口から出た。これは事の詳細を聞きにいかなければいけない。


「落ち着きなよ」

「私は落ち着いているよ。取材に行くだけ」

「しょうがない。もう一つの飴ちゃんをキミに譲渡するから、機嫌を直したまえ」

「……貰っておくわ」


 私は貰った棒付きキャンディーを舐める。懐かしい甘さで、少しだけ理性が戻った。


「他に、何かあるかい?」


 乃兎の言葉に、筆は考えると、


「……そう言えば、ガキどもが妙な事を言ってたな」

「妙な事?」

「ああ」


 筆が私達を見ながら、その妙な事を口にする。


が走る回っているのを見たってな」


 そんな妙な事をもう一度訊く事になった。

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