創想像 ー白詩乃兎の仕事ー

雲川空

火鼠

 ①

 私、波佐見霧子はさみきりこは、この町を見下ろせる高台から、缶のカフェオレを片手に持ち、何をするでもなく、ただ町を見下ろしていた。


 この雉見町きじみちょうは、都会というほどでもなく、かといってすごい田舎かと言えば、そうでもないなんとも中途半端は町だ。


 昔ながらのレトロな店や、商店街もあれば、駅近には商業施設などがあり、なんとも言えないカオスが混在していて、どこかややこしい。本当は、古い町並みを廃止して、新しい物にどんどん変えていこうという動きがあったが、それはこの町に居る人達の抵抗もあり、こういう中途半端な町になってしまった。


 中途半端は町と揶揄した、私ではあるが、今の私こそ中途半端な事この上ない。現に、今こうして、仕事の取材に出ているというのに、その取材に乗り気でなく、こうしてサボっている。


 しかし、心のどこかでやらないとなー。と考えている自分が居る、なんとも言えない状態なのだ。


 なんで、こんなにどっち付かずなのかと言えば、きっとあの事が響いているんだろうと、心の中で呟く。


 私はこの前、上司の会話を立ち聞きしてしまった。いや、本当に偶々出社したら、ドア越しに電話で話をしているのを聞いてしまったのだ。


「そうですね。このまま、だと…はい。終わってしまいますね」


 終わる? 何がだろう? 最近ベストセラーにもなった小説が、ドラマ化して中高生の間で流行っていると訊くが、それか? 


 いや、私の上司は学生ではない。まあ、あれは学生でなくても面白いから、見ていても不思議ではないけど。


 ドラマならいずれ終わるものだけど、それを惜しんでの会話って感じではない。終わる……まさか、私達が今作っているこのタウン誌自体の発行が終わるという事⁉


 そうだよ、それしか、ないよ!  


 私は何気にこの仕事を気に入っている。いつでも、さぼ………ゴホン。自由に仕事が出来るし、なんかんだで自分で集めた情報を人に伝える言葉にするのが好きだから。


 それなのに、終わってしまうだなんて……私はその話を上司に訊き返せないまま今日まで、来た。そして、次のタウン誌の特集の取材を命じられたわけなのだが、


「それで、ラーメン特集って……何度同じ企画を繰り返すんですか……はあ」


 まあ、ラーメンの特集は、私達が発行している雉見タウン誌では、結構好評なんだよね。私もラーメンは好きだから、気持ちは判るけど。


 でも、ラーメンよりも今まさに旬な話題がこの町にはある。そっちの方が話題にはなると思うけど、それこそ新聞記者が毎日の朝刊なんかでする事であって、タウン誌

には求められていないのかもしれない。


 だけど、それを特集すれば間違いなく、多くの人に読まれて、我らが雉見タウン誌は廃刊になる事を免れるのではないだろうか。


 でもな、こう言ってはなんだか、私はそういった事を調べた事なんてない。あっても、今回のようなラーメン特集、カレー特集、パン特集………あれ? 私、食べ物の特集しかしていない…だと。そんな事に気が付いてしまった。


 そんな事実に気が付いてしまったのだが、私の懐から携帯の着信音が鳴る。このタイミングで電話が掛かってくる、果たして誰だろう?


 掛けてきた相手を見て、私はなんてタイミングだと思った。このまま、スルーしてもいいのだが、ここで出ないと後で面倒な事になるのは間違いない。


 一つため息を吐くと、画面を押す。


「はい、もしもし」

「おお、波佐見、取材はどうだ?」

「ああー」

「なんだ、その間の抜けた返事は……お前、まさか」


 まーずい。サボっているのがバレてしまう!


「違うんですよ、実は取材を申し込もうとして、電話しようと思ったんですが」

「ですが…なんだ?」

「忘れて。今、高台で缶コーヒー飲んでます」

「すぐ仕事しろ」


 そして、通話が切れた。最初誤魔化そうと思ったが、ここは正直に話そうと思ったのが、裏目に出たか。

仕方ない、いい加減仕事をしに行くか。飲み終えた缶コーヒーの缶をゴミ箱に放り投げる。投げた缶は綺麗な放物線を描いて、ゴミ箱に入……らずに、縁にぶつかり、カン、カン、カンと転がる。


 誰も居ない高台で一人虚しくなりつつ、缶を拾い、ゴミ箱に確かに捨てるのであった。こういう時は、入るもんでしょうが!

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