第23話 念珠授与
がらっ。
「たっだいまー!」
シズクが戻って来た。
「お、シズクさん、お帰りなさい」
どすん、とシズクはマサヒデの前に座って、
「マツさんは、ドレス選び?」
「ええ。すごかったですよ。
ただの白いドレスなのに、目が眩みそうに光ってたんです。
なぜだろうと思ったら、なんと銀の糸が編み込まれているそうで」
「ええ!? 銀が!? いや、でもそれって錆びないの?」
「特注で、錆びないように出来ているそうです」
「はあー! さすがはマツさんだねえ・・・
銀の糸のドレスかよ・・・すっげえー・・・
で、マサちゃんは普通の紋服袴?」
「ええ・・・釣り合いが取れませんよ。
マツさんの隣に居たら、私、浮いてしまわないかどうか・・・」
「大丈夫じゃない? 雲切丸! あれ差してけば、皆びっくりだって!」
「でしょうか・・・」
クレールとレストランで会った時の事を思い出す。
マツもアルマダも、それはもう派手だった。
マサヒデは負けているな、と・・・
「あ、いや! 思い出しましたよ!
前にクレールさんとブリ=サンクで会った時、刀は預けて入ったんですよ。
中に入る時は、武器は預けないといけないんです」
「そうなの?」
「まあ、人も集まるでしょうし、腰に差してたら邪魔ですよね。
ごつごつぶつけてしまいますから」
「そっかあー・・・あ、じゃあ私は棒は持ってかない方が良いか。
あれ、預けるよって渡したら、潰れちゃうかも・・・」
「ですね。人が潰れたりしたら、いきなり大事故です」
ん、とシズクが首を傾げて、
「ちょっと待ってよ。それじゃあ、クレール様の計画、失敗じゃん」
「クレールさんの計画?」
「ほら、皆にマサちゃんの刀、見せつけるって。
預けたら、皆、見れないじゃん」
「ああっ! そうじゃないですか!
なあんだ、じゃあ、雲切丸じゃなくて良いじゃないですか。
でも、ちょっと安心しましたよ。
正直、あんなど派手な拵えの刀は心配でしたし、父上が見たら・・・」
「良かったじゃん」
「そうですよ。あんな派手な刀じゃ、浮いちゃいますって」
「じゃ、私も稽古に」
がらり。
シズクが立ち上がろうとした所で、玄関が開いた。
「む、出てきます」
マサヒデが立ち上がると、
「ご在宅か!」
おや。寺の住職だ。本か?
マサヒデは早足で出て行って、玄関で頭を下げた。
随分と機嫌が悪そうだが、これは何かあったか。
トモヤが何かしたのか? 招待状の不備か?
「これはご住職、足を運んで頂きまして」
「む。上がって良いか」
「どうぞ」
「ふん」
すたすたと居間に上がり、マサヒデが出した座布団に坊主が座る。
「茶をお持ちします」
「うむ」
マサヒデが台所に下がって行く。
シズクが気不味そうに、
「あの、おはようございます・・・」
じろ、と坊主の厳しい目がシズクを刺すように見る。
「ふうん。この家には鬼がおると聞いておったが、本物だったか」
「あ、ええと、はい」
ふん、と坊主は鼻を鳴らし、
「悪鬼ではないようだな。安心しろ。お前が悪鬼でなければ、何もせん・・・
と言いたい所が、鬼が相手では、拙僧など何も出来まいな」
シズクは返事に困ってしまって、
「あ、ううんと、ええと・・・何もしないから、大丈夫です?」
「ふん」
そこでさらりと奥の間が開き、マツが出て来た。
「あ、これはご住職・・・ご無沙汰しております」
「マツ殿、済まんが茶を出してもらえんか。
あの若造が出した茶など、飲みたくもない」
「はい」
マツが台所に下がって行くと、マサヒデが棚を開けている。
「あ、マツさん。茶菓子ってどこに・・・お皿は」
「マサヒデ様、代わりますよ。ご住職のお相手を」
「助かります」
マサヒデはちらっと居間の方に目をやって、声を潜め、
(何でしょう、すごく機嫌が悪そうでしたよ)
(分かりません。どうしたんでしょう)
(招待状に不備でもあったんでしょうか。
何か、寺には送ってはいけない、みたいな)
(ないと思いますが、どうなんでしょう。
あったとしても、そんな事で怒る方ではありませんし)
(じゃあ、先に行きますね)
(はい)
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マサヒデが戻った後も、坊主はちらっと目を向けただけで、口を開かない。
部屋の空気が重く、シズクも隅で小さくなっている。
少しして、マツが茶を持って戻って来た。
マツが坊主に湯呑を差し出そうとすると、手で止め、マサヒデの前に膝を進めた。
「・・・」
無言で、じっとマサヒデの顔を見つめる。
「あの、何か」
ぱん!
マサヒデの頬が叩かれた。
「・・・」
皆、驚いて坊主とマサヒデを見つめる。
マサヒデも驚いて、坊主を見る。
「愚か者が!」
ぱん!
反対側の頬が叩かれる。
「ふん!」
坊主が席に戻る。
マサヒデは頭を下げ、
「ご住職、私めに何か無礼がありましたでしょうか」
「あったわ!」
「お教え下さい。私が、どのような無礼を働いたのでしょうか」
「拙僧にではない! マツ殿とクレール殿にだ!
お前、マツ殿と結婚してから、式は挙げたのか!」
「いえ。アルマダさんに立ち会って頂き、誓いを立てたのみで」
「クレール殿とは!」
「挙げておりません」
頭を下げたマサヒデに、ごつん! と坊主の拳骨が落とされた。
「ええい、何故、拙僧に言わなんだ!
今か今かと待っておったら、結婚式は飛び越えて、お七夜のパーティーだとお!
若造! お前は、少しは嫁に華を持たせたいと思わんのか!」
「・・・」
「拙僧の所で式を挙げんと言うから、怒っておるのではないぞ!」
坊主はぐい、とマサヒデの頭を両手で掴み、マツの方に向けて、
「マツ殿を見よ! よっく見よ! どうだ!
これ程の嫁を迎え、お前は、お前は、祝おうとは思わなんだのか!?
見よ! 祝ってもらい、喜ぶ顔を見たいと、思わなんだか!
何か言う事があるか! あれば言うてみよ!」
「私の不心得、何も言う事は御座いません」
すごい勢いで怒鳴る坊主に呆然としていたマツが、慌てて前屈みになり、
「あの、ご住職、式を挙げるとなりましたら、たとえ内々と言っても両親も呼ばねばなりません。国からここまでとなれば、どんなに急いでも半年はかかりますし」
む、と坊主がマツに顔を向ける。
「それに、私のお父様も、クレールさんのお父様も、仕事柄、滅多に国は離れられませんし、此度は、マサヒデ様をお許し下さいませんか。私も、クレールさんも、十二分に満足しておりますし、国に報せはもう送りましたので。何卒」
「くんぬ・・・ええい!」
ばん! と掴んでいたマサヒデの頭を畳に叩きつけ、ふん、と席に戻る。
「マツ殿もクレール殿も満足しておるなら、何も言う事はないわ。
仕方のない事情もあるようだし・・・ならば、良い」
「ありがとうございます」
「もう良いわ。若造、頭を上げろ。済まなかったな」
「いえ」
あまりの勢いに、シズクは自分が叱られたかのように、正座して縮こまっている。
おずおずとマツが茶を差し出すと、坊主は湯呑を取って、ずっと啜った。
差し出されたまんじゅうを取り、もちゃもちゃと食べた後、ぐっと茶で流し込み、
「ふん! お七夜には顔を出してやる。
拙僧の宗派は、特に酒も肉も禁じられておらんから、変に気を回さんで良いぞ」
「ありがとうございます」
「さてと。若造、手を出せ。マツ殿も」
2人が手を差し出すと、坊主は懐から小さな箱を出して、
「自分でもあまりに手抜き過ぎて呆れるが、これを念珠授与とする。
若造、念珠とは、寺で行う結婚式で渡す数珠だ。さあ」
と言って、マサヒデとマツの手に乗せた。
もう、坊主の顔の怒りは収まり、いつもの顔になっている。
もう一つ出して、マサヒデの前に差し出し、
「これはクレール殿の分だ。留守であるなら仕方がない。お前から渡せ」
「は」
「念珠を出し、手にせよ」
マサヒデとマツが箱から数珠を出して、じゃら、と指に掛ける。
坊主は立ち上がって、ば! と襟を正し、縁側に座り、空を見上げた。
見上げたまま、
「そこな鬼。マツ殿の後ろへ並べ」
「は、はい!」
慌ててシズクが立ち上がり、マツの後ろに正座する。
少しして、坊主がゆっくりと頭を下げた。
「マサヒデ殿。マツ殿。クレール殿。
このお三方の出会いをお導き下さいました事、御仏に感謝致します。
これからのお三方の幸せを、どうぞ見守り下さいませ。
これからのお三方が幸せに暮らせますよう、お導き下さいませ」
マサヒデ達も、ゆっくりと頭を下げた。
少しして、坊主は頭を上げて、立ち上がった。
「若造、マツ殿。幸せを願っておるぞ」
「ありがとうございます」「ありがとうございます」
「では、帰る。邪魔をしたな」
「は。ご足労いただき、ありがとうございました」
「ふん・・・」
坊主は静かに去って行った。
去り際、恐る恐る、ちら、とシズクが目を上げると、坊主は小さく笑っていた。
マサヒデとマツは、坊主が出て行った後も、玄関に頭を下げていた。
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