第二章 祝いの客
第3話 来客準備・1
からからから・・・
玄関を開けると、カオルが頭を下げる。
「すみません、遅れました」
ふわふわとした心地で、ギルドからここまで歩いてきた。
勿論、嬉しくてふわふわしていたのではない。
マサヒデの顔色は蒼白だ。
「おかえりなさいませ」
「カオルさん・・・」
「どうされました、お顔の色が」
は! とカオルが驚いた顔で、
「まさか、お医者様から何か!?」
マサヒデは慌ててぶんぶんと手を振り、
「あ、いえ! 違います! そうではないんです」
「何があったのです?」
「あの、クレールさんがまたレストランを借り切って、パーティーをするって」
「パーティーですか。祝の席ですね」
「道場の皆や、ギルドの方々とか、80人を目安にとか・・・
100人は入るからって、多ければそんなに集まるんですよ!」
「それがどうされました?」
「100人ですよ!? それもパーティーだなんて!」
『パーティー』と聞いて、マサヒデは何か思い違いをしているのだ。
カオルはくすっと笑って、
「ご主人様、集まる面々を良く考えて下さい。
今回は内々で、王族や貴族の方々を呼ぶのではないのでしょう?
ご身分のある方は、奥方様、クレール様、ハワード様くらいです。
ああ、門弟の方にも、貴族の方はいらっしゃいますね」
「あっ・・・あ、そうか。貴族が集まるパーティーじゃないんだ・・・」
かくん、とマサヒデの肩が落ちた。
「ふふ、お分かりになりましたか。そういう事です。
ご身分のある方も、ご主人様と懇意の方ばかりです。
紋服はお召にならないとなりませんが、固い場とはなりませんよ」
「ああ・・・パーティーだなんて聞いて、すっかり慌ててしまいました」
「ふふふ。落ち着きましたか。
さあ、お上がり下さい。奥方様と、お子様がお待ちですよ」
「はい!」
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「すみません、遅くなってしまって」
「お待ちしておりましたよ」
マツとクレールがにっこりと笑って、マサヒデに顔を向ける。
「マサヒデ様、見て下さい! カオルさんが良い物を用意してくれてました!」
床の間に目を向けると、1尺四方くらいの大きさの厚い小座布団が置かれ、タマゴがその上に鎮座されて、もやもやと黒いもやを垂らしている。
「おお、これは良いではありませんか」
うんうん、と2人が頷き、
「落ち着いてみると、このもやから感じる魔力! これはすごいですよ!
さすが、マツ様のタマゴですね! 大魔術師は間違いなしですよ!」
「うふふ。本当、将来が楽しみです」
「マツ様、正直に申し上げますけど、このタマゴが大きくなって、もやが出るのを見た時、私、怖くなっちゃったんです。あの魔剣みたいだって」
「まあ! そんな風に見てたんですか!?」
「でも、落ち着いて見たら、すごく綺麗に見えるんですよね」
クレールが頬に手を当てて、うっとりとタマゴを見つめる。
「吸い込まれるような、この黒い鱗。その隙間から見える、ルビーのように輝く赤。でも、その鮮やかな赤をほんのりと黒いもやが包んで、鮮やか過ぎず、いやらしくなくて・・・私、茶器はかじった程度ですけど、古の茶の名人が黒を好んだというのが良く分かります」
「あら、クレールさんたら、お上手ですね」
「私はタマゴが出来ませんから、残念です」
にこにこと笑いながらマサヒデも座り、
「ふふ、もしクレールさんにタマゴが出来たら、どんな色になりますかね」
「クレールさんでしたら、きっと釉裏紅(ゆうりこう)のタマゴになりますよ」
「ゆうりこう?」
すっとカオルが茶を差し出し、
「白磁に、綺麗な赤の入った陶磁器をそう呼ぶのです」
うん、とマサヒデが頷く。
「なるほど。クレールさんにぴったりですね」
マツが頷き、
「800年から700年程前の時代の物ですね。
釉裏紅は王宮で使われる器として、特に選ばれた釜で焼かれたのですよ。
品質に叶わない物は全て破棄されていたので、ほとんど残っていないのです。
今では滅多に見られない品なのですよ」
「へえ・・・」
感心しているマサヒデの横で、カオルが眉を寄せてぴっと背筋を伸ばし、
「それより皆様、のんびりしてもいられません。これからお客人が参られますよ。
カゲミツ様、アキ様、ハワード様方、ラディさん・・・
シズクさんがどこに回っているか分かりませんので、他にも参られるやも。
私、今すぐブリ=サンクにサン落雁を買い足しに参りたいのですが」
あ! とマサヒデ達はカオルの方を向いた。
「あ、そうでした!
シズクさん、報せに行くって言って、早めに出て行ってしまいましたよね。
まだ戻ってないって事は・・・たくさん・・・」
「はい。すぐにも参られるかもしれませんから、皆様、今のうちに急いで昼餉を。
申し訳ございませんが、ギルドか、三浦酒天で願えますか。
私は急ぎブリ=サンクへ」
「分かりました! マツさん、クレールさんは待ってて下さい。
私、三浦酒天で弁当買ってきます!」
ぱ! とカオルが駆け出て行き、慌ててマサヒデも立ち上がる。
「あ! マサヒデ様、お茶、お茶も要りますよ!」
「お茶!? カオルさん、お茶の葉はどこで・・・」
「茶葉なら私が!」
と、マツが立ち上がったが、慌ててマサヒデが止め、
「マツさん! いくらお医者様に大丈夫だって言われたって、産後なんですよ!
しかも、ほんの二刻前じゃないですか!」
「そうですよ! それにマツ様が留守にしてる間にお客様が来られたら!
ええと、ええと、そうだ、待ってて下さい!」
クレールもマツを引き止め、立ち上がって台所にぱたぱたと駆けて行き、茶の葉が入った袋を持って奥へ走って行き、小袋を持って来て「ぱん! ぱん!」と縁側で手を叩く。
「誰か!」
「は!」
「この茶の葉を探して買ってきなさい!
見つからなければ、店で一番高い茶葉を買いなさい! 緑茶ですよ!」
「は!」
するーっと町人姿の男が縁側の下から出て来て、袋を見、葉を摘んで匂いを嗅ぎ、
「しかと!」
頷いてクレールが金の小袋を手渡すと、男が音もなく駆け出していく。
「もう1人!」
「は!」
すうっと縁側の横の開けられた雨戸の影から、商人姿の男が現れる。
クレールが金の小袋を手渡し、
「落雁だけでは足りません! まんじゅうと羊羹を!
高ければ宜しい! ただし、量を揃えるように!
お父上、お母上、ホルニ様御一家、ハワード様達と・・・あとは・・・
15人! いえ、余裕を持って、20人分用意しましょう!」
「は!」
ぱ! と商人姿の男も駆けて行く。
「私も行ってきます!」
マサヒデもばたばたと駆け出して行く。
クレールは縁側から居間のマツに振り返って、
「私は座布団を出してきますね!
マツ様、湯呑と小皿の用意をお願いします!」
「そ、そうですね!」
「うー! 出産って大変ですね!」
ばたばたとクレールとマツも家中を駆け回る。
ちりん、と笑うように風鈴が鳴り、床の間のタマゴの黒いもやが静かに流れる。
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