第129話 笑え、彼の様に
黒獣とescapeの会話を聞きながらも、大葉さんの元に到着してみれば。
「大葉さん! 離れて下さい!」
相手の兎マスコットを轢きながら登場して、大砲を相手に向けた。
些か大葉さんと敵の距離が近すぎて攻撃できない、だからこそ相手の兎を潰しつつどうにか状況を整えようと試行錯誤していたのだが。
「巧君、君も協力して。この下らない戦争を終わりにするよ……」
やけに覚悟の決まった様子の大葉さんが、rabbitと手を繋ぎながら此方に歩み寄って来るではないか。
いや、え? 待って。
それ、敵。
「おいfort、いつまでも私の相棒を潰してるんじゃねぇよ。とっとと退け」
「え、えぇ?」
とりあえず駆逐艦を退かしてみれば、下から這い出て来た兎が此方の船によじ登って来た。
ひぃぃ、これまた金属奪われるんじゃないの!?
とか何とか、いろいろ警戒しながら背筋がゾワゾワしてしまう状況ではあったのだが。
「私達は、囮であってサポート役。だったら、存分に目立とう」
船の上に立った大葉さんが、長剣を抜き放ってからピッと音がする程の勢いでQueenの会社に切っ先を向けた。
そして。
「全速前進。私達だけで、“囮”をやるよ。ウチのパーティの最高戦力は黒獣、その獣の枷を外すには……これしかない」
これまでに無い程、鋭い声が上がった。
本当に命令口調というか、今まで抱えていた不安が吹っ切れた様な言葉。
そんな声を上げる彼女は。
「rabbit! fortの船に寄生して! fortは本拠地に全速で向かいながら金属を全て回収! 全部奪うよ、全部使って相手を攻めるよ! こっちには“作り出す”能力が二つもあるんだ、資源は多い方が良いでしょう!?」
叫びながら、今までとは全く違う雰囲気で相手の本拠地を睨むのであった。
「大葉さん……あの」
「コレが終われば、雫ちゃんも巧君も完全に開放される。ちゃんと昔の記憶を思い出す事が出来る。だったら、今回で終わりにしよう」
どこか鬼気迫る雰囲気で、彼女は僕達に進軍の指揮を出す。
確かに、先程のescapeと黒獣通信を聞く限りは急いだほうが良いのだろうが。
ちょっと、危ない感じがしてしまうのはなんでなんだろうか。
大葉さんも焦っている、escapeもいつも通りじゃない。
だとすれば。
「黒獣……」
一番の不安定な存在とも言える彼に賭けてしまうのは、無謀なのだろうか?
※※※
「行ってください! 黒獣!」
そんな事を言いながら相手に攻め込み、長剣を振るった。
先程までrabbitと対決していた為、既にボロボロの状態だが。
それでも、相手に叩きつけて道を開けてみれば。
「どけぇぇぇ!」
rabbitが兎マスコットの全兵装を使い、賞金首の子供達を散らしてくれた。
結果、正面には結構なスペースが確保され。
「黒獣!」
叫びつつ視線を向けてみると、姿勢を落とした彼の姿が。
「コレを“貸し”だなんて思うんじゃねぇぞ、白兎。ソレはescapeに付けておけ」
「そんな事思いませんから! 早く行って下さい!」
言った瞬間、彼は駆け出した。
それはもう、私でもスキルを使わないと追い付けないんじゃないかって速度で。
そのまま建物に向かって飛び込み、壁やら何やらぶっ壊す勢いで突き進んで行ったようだ。
「どう言うつもりか知らないけど、rabbit……お前、終わりだよ」
それだけ言って、先程まで黒獣と戦っていた面々が此方の前に集まって来る。
最初期に比べれば随分と減っている、半分以下と言って良いだろう。
しかしながら、私にとってはまだまだ多い。
生憎と、私は彼等と戦える程の実力はないのだ。
だからこそ、fortやrabbitの様には戦えない。
このまま行けば、私は足手まといにしかならない。
けど。
「一個だけ、思い出したんだよねぇ。お前等はどうか知らないけど」
それだけ言って雫ちゃんが私よりも前に歩み出し、両手を広げて見せた。
当然他の面々は武器を向けて来るし、絶体絶命って雰囲気ではあるのだが。
彼女は、笑っていた。
「大事な人が死んだ瞬間、金をやるから安心しろって……なんか違うよね? まるでさ、私達の家の状況を事前に知っていたみたいに、大金ばら撒いて。そして私達にはRedoに参加しろ? そのポイントは指示通りに使え、残りはこっちに寄越せ? 今考えるとさ、ガキでも分かるくらいおかしいよね? コレって」
ケラケラと笑う彼女の後ろに、多脚型の兎マスコットが寄って来て全身の装備が展開した。
コレを合図にしたかの様に子供達の一人が、彼女に向けて矢を放ったが。
「ハッ、私の装甲の硬さは知ってんだろ? Apolloのレールガンクラスじゃねぇと、貫くのは無理だよ」
ガツンッと結構重い音を立てたが、彼女は少しバランスを崩した程度で全く効いている様子はない。
相手の攻撃はやけに光ってたし、強そうに見えたんだけど……それでも、rabbitの硬さはそれ以上だった様だ。
そりゃ私の剣が通る訳無いよね。
「分かってるのか? rabbit。それは、母さんを裏切る行為――」
「その“お母さん”がおかしいだろって言ってんだよ。そもそも何で、私達がRedoに関わる前から資料が揃ってんだよ。しかも指示通りに生活を始めれば、あの人に頼る他無い状況にどんどん追い込まれて行った」
彼女には私が知っている限りの情報を伝えた。
その結果なのか、彼女は。
霧島雫は、Queenに対して一時的に牙を剥く事を決意してくれた。
せめて、真実が判明するまではと。
「来い、来いよマザコン共! 私が相手だ!」
マスコットに続いて、彼女の全身にも武装が集結していく。
そして雫ちゃんの後ろに居る兎からも、更に大量の兵器が。
変化はそれだけに収まらず、巧君の操る船も接近し。
「挨拶が遅れたけど、君達と同じ存在だった“fort”だよ。よろしくね」
それだけ言って、fortが全兵装を準備するのであった。
圧倒的高火力、そう言う他無い。
この二人が協力したら、他の面々なんて抵抗が出来ない程銃弾の雨に晒される事だろう。
以前この二人が戦っていた時は、たった二人で“戦争”をしていたくらいなのだから。
「おいRISA、お前が指揮役だ。私をこっちに引っ張り込んだ責任、ちゃんと取れよ?」
「はい?」
「大葉さん、お願いします」
二人から声を貰い、思わず変な声が出てしまった。
しかし、相手は既に臨戦状態。
だったら、もう迷っている時間は無い。
「敵は皆賞金首、手加減してたらこっちがやられる。二人は鉄を補充しつつひたすら射撃を繰り返して。その間は……私が囮と前衛を担当する! 二人とも、撃てぇぇぇ!」
声を上げてみれば、rabbitとfortの二人が全弾発射する勢いでバカスカ撃ちまくる。
いや、え。ホントに死なないよね!?
何て事を思っていれば、爆炎に紛れて飛び出してくるのが数名。
「アンタがコイツ等を狂わせた元凶か」
そんな事を言いながら、やけに派手な長剣を振りかぶっているプレイヤーが急接近してきた。
あぁなるほど。
彼等は“賞金首”、武装だって一つ一つがとんでもない恐怖を感じる。
それは、間違いはないのだが。
「私が見て来た人達とは、全然違う」
「あ?」
「一人逃しておいて、何をデカイ顔してるのかな。勝てない相手は追わないって選択をしてる時点で、君は子供だよ。言いつけ以外の事は出来ないのかな」
迫って来る相手に此方から踏み込み、腕の間接に肘を叩き込んだ。
そのまま敵のバランスを崩す様に足を絡め、背負い投げの様な状態で敵陣に投げ返してみれば。
「お前……ウザいな、今この場で殺してやるよ」
安っぽい台詞を吐きながら、彼は立ちあがるのであった。
全然効いてない、それは分かってるけど。
なるほど、そう言う事なのか。
“作られた”賞金首と、“発生した”賞金首。
今まで見て来たfortとかrabbit、それこそApolloとか。
作られた彼等でも、尖った性能の鎧ばかり見て来たから実感が湧かなかったけど。
彼を見て、ハッキリ分かった。
この子達は、自分が勝てる戦闘しかしてこなかったのだろう。
用意された条件を満たしただけで、自らが一番強くなった気でいる彼等と。
常に正面から挑み、何者にも屈しなかった人物には越えられない壁が存在する。
それがこれまで見て来た賞金首と、彼等の差なのだろう。
本気で生き残りたいと思って抗った人間と、本気を出さなくても生き残れてしまった人間。
彼等の不幸は認めるけど、同情もするけど。
その力に溺れて好き勝手やっていたのなら、たまには痛い思いをする事だって必要だよね。
彼等の境遇は“必然”だったが、そう言った環境は“偶然”であっても起こりえるんだから。
他の人にだって、突然降りかかる可能性のある不幸だったのだから。
ソレを知らぬまま育ち、人形の様に従うだけのこの子達には“覚悟”が足りない。
助けと言うモノを知らずに戦い抜いて来た人達とは、根本から違う。
だからこそ、その些細な差にここまで大きな壁を感じる。
賞金首を相手にしているというのに、一撃でも貰えば死んでしまうかも知れないのに。
この子達自身には、何の恐怖も感じないのだ。
「巧君、補充は?」
「問題ありません、残して来た戦艦も此方に向かわせています」
「雫ちゃん、武装の消費具合は?」
「ハッ! この程度で弾切れなんぞ起こさねぇよ、任せな」
二人の声を聞いてから、大きく息を吸った。
すると相手は非常に警戒した様子で、此方に武器を向けて来る。
覚悟のない強敵って、“こんなに脆いんだ”。
私が知っている人達は、全然違った。
黒獣はまさに代表例って感じだし、escapeだって常に自らの実力を発揮していた。
そして巧君は進化し続け、戦艦もどんどんと新しくなっていく。
雫ちゃんはまだ分からないが、それでも圧倒的な兵器の知識を誇っている様にも見える。
もっと言うなら……紗月だってそうだ。
人を使う力。
ソレを管理し、状況を支配する力。
多方面に能力を分散し、マルチタスクで事態に当たる。
彼女のスキルを使って、良く分かった。
アレは、片手間に扱えるスキルじゃない。
だからこそ、分かるのだ。
私の知っている“賞金首”は、この程度ではない。
「あぁ……やっぱり子供だよ、君達は。だって私なんかを警戒しちゃってるんだもん」
クスクスと笑いながら彼等の事を挑発してみると、相手からは非常に反発的な瞳が向けられた。
兜に隠れているのに、凄く分かる。
fortとrabbitという強敵が目の前に居るのに、私に注目している事が。
「さぁ、戦おうか」
構えた長剣を揺らしながら、兜の奥底で口元を吊り上げた。
彼等をこの場に留める事。
それが叶ったと言うだけで、私は皆の役に立った気でいる。
でもその程度でも嬉しいのだ、私みたいな雑魚は。
だったら……この子達は。
“お母さん”からの指示を達成できた時は、どれ程の幸福を感じていたのだろう。
例え一方的に作られた愛情の形だったとしても。
ホント、クソくらえだ。
憎いからこそ、笑え。
楽しくないからこそ、笑い飛ばせ。
そうすればきっと、黒獣みたいになれる。
私程度でも、“強者”を演じられる。
「ク、クハハハッ! ホラ、おいで? 私達が相手してあげるから。戦おう? それが君達の存在意義なんでしょう? さぁ、始めよっか」
無理やりにでも、口元を吊り上げるのであった。
そうしないと、賞金首相手に挑める勇気が湧かなくて。
あぁ……もしかしすると、黒獣が笑う理由もこういう事なのかもしれない。
だってあの人は、唐沢さんは。
本当は闘う事を望まない、凄く優しい人なんだから。
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