第122話 襲い掛かる脅威


 Redoの世界に集結したウチの社員達。

 誰も彼も警戒した様子で周囲に武器を手にしているが……今の所変化なし。

 おかしい、先程のescapeの様子ならすぐにでも仕掛けて来そうだったのに。

 試合が始まってから既に十分近く経っている。


「来ないわね……」


 社員には皆、ある程度の武装は渡してある。

 しかしながら当然戦闘のプロという訳ではないので、こうして警戒してばかりでは疲弊してしまう。

 集中力は散漫になり、更に相手がここ最近暴れていた賞金首となれば、無駄に警戒して体力も削られる事だろう。

 その証拠に、会社を守っている駒達が集中力を欠いた様子でフラフラと動き始めている。

 全く……もう少し戦闘に関わらせないと駄目だな。

 今攻め込まれたら、真っ先に死ぬのは自分だと言う事が理解出来ていない。

 今後の社員教育のプログラムを見直すべきかと、思わず舌打ちを溢しそうになってしまったその時。

 ズドンッ! と。

 腹に響く様な衝撃がすぐ近くから響き渡って来た。


「報告しなさい! 何が起きたの!?」


「こ、攻撃を受けたみたいです!」


「無能! そんな事分かってるのよ! 相手は何処にいるのかって聞いてるの!」


 叫びながら窓の外を眺めてみると、ウチの敷地内に大砲でも撃ち込まれたのかというクレーターが出来上がっており。

 社員達は慌てた様子で走り回っているが……敵の姿が無い。

 これは、どういう事だ?


「ステルス……ステルス看破を一斉に使いなさい! escapeのスキルよ!」


 叫んでみれば、電子戦に長けた面々がスキルを発動していく。

 そして、ここら一帯の地域を包み込む程の威力を発揮してみれば。


「……fort、貴方って子は!」


 遠くで、此方に主砲を向けている戦艦が鎮座しているではないか。

 周囲の金属を呑み込み、ひたすら此方に向けて大砲を発射してくる。

 各種数字だけ見れば、攻撃力という意味でも、防御力さえも此方に居る子供達の方が上の数字を残している個体は多い。

 だとしても一般のプレイヤー程度なら、あの子の火力でも圧倒されてしまうのは確か。

 しかも先程の隠蔽能力は何だ?

 まさかescapeのステルス能力は、他者にも行使できる程に進化しているというのか?

 更に言うなら、コレだけの目があっても発見できない程に。

 あんなに馬鹿デカイ戦艦を隠すまでに、卓越したスキルに進化しているのか?


「遠距離部隊は一斉射撃! fort程度の装甲なら、十分貫けるわ!」


 指示を出してみれば長距離兵器を持った面々が横一列に並び、ライフルやミサイルランチャーを構える。

 確かにfortの戦艦は脅威だ。

 しかしそれは結局“特殊型”の中でもリアル寄りの性能でしかない。

 更に彼は子供、本物の戦艦というものを知らない。

 だったら、Redoの武器なら充分に通る。

 まずは一つ、相手の駒を奪ってしまおう。

 玩具の戦艦は、ココで沈めてしまえ。

 そんな事を考えながら口元を吊り上げた瞬間。


「ガァァァァ!」


 武器を構えたウチの兵士達を、端から蹂躙していく獣がすぐ近くから現れた。

 皆まとまって明後日の方向に武器を構えていたのだ、さぞ攻撃しやすかった事だろう。

 黒い獣が腕を振るえば一人、また一人と命の灯を消していくではないか。


「近接部隊は今すぐ黒獣を止めなさい! 相手は肉体能力以外に特別なスキルは無い! だったらスキルで抑え込んでしまえばなぶり殺しに――」


 指示と同時に近接戦が得意な面々が彼を取り囲んでいく、筈だったのだが。

 なんだ? 何が起きた?

 ある一定の距離まで近づいてから、皆が一斉に動きを止めてしまった。

 まるで時間が止まったみたいに、本当にピタリと動かなくなる。

 コレは一体?

 ひたすら困惑している間にもfortからの砲撃は続き、黒獣は暴れ回って動かないプレイヤーを端から狩っていく。

 いや、いやいやいや。

 本当に何が起きている? 相手はたった数人だった筈だ。

 だと言うのに、これは何だ?

 長距離砲撃で援護するfortに、乗り込んで来た黒獣という賞金首。

 それだけは分かるが、今この場で何が起きているのか理解出来なかった。

 何故前衛組は動けない? まさか黒獣の新しいスキル?

 あり得ない。

 Redoにおいてアバターの成長は、基本的に初期で方向性が決まる。

 だからこそ、あそこまでのフィジカルモンスターが今更“特殊型”に足を突っ込むのは不可能。

 だとすれば、別のプレイヤーが近くに居る筈。

 なのに、見つけられない。


「調査班は何をしているの!? まだ敵が居るわ! さっさと見つけ出しなさい!」


「は、はいっ! しかしこの乱戦状態では……」


「目の前に居るのはたった二人のプレイヤーなのよ!? こっちは何人居ると思ってるの!」


 一般のプレイヤーと、賞金首。

 そこには大きな違いがあり、埋められない程の溝がある……様に思われるが。

 実際の所、賞金首というのはRedoに注目されているプレイヤーというだけ。

 だからこそ、普通のプレイヤーでも対処する事は不可能ではない。

 だと言うのに……これは、何だ?


「あり得ない、あり得ないわ。この短時間で何人やられたの!? アレは何なのよ!?」


「わかりません! 黒獣が暴れ回っている事しか、新しい報告が入って来ません!」


 未知のスキル、その類も警戒したが。

 やはり他の人物が居ると考えて良いのだろう。

 此方が掴んでいる情報では、相手パーティの残りは二名。

 大葉理沙と、escape。

 後者に関しては未知数な部分が多過ぎるが、前者に関しては大した能力は無かった筈だ。

 だとすれば、思考から外してしまって良いかと甘い考えが浮かんで来るが……相手はescapeなのだ、弱小の駒ですら最大限に使って来るに違いない。

 もっと言うなら。


「escapeは、この状況でどう動くの……?」


 遠距離砲撃と、近接での圧倒的な火力。

 そして訳の分からないスキルの連発。

 この状況が整っていた場合、指揮官として全体を見ているのが普通だが。

 しかし。


「まさか……」


 彼の目的は、Redoの意味。

 それを調べる為のピースがウチの会社に存在している以上、間違いなく奪いに来る。

 だとすれば……彼は。


「既に社内に侵入している? だからfortは、建物には直接攻撃して来ない、とか?」


 そんな想像をした瞬間、ゾッと背筋が冷えた。

 仲間たちからの砲撃が襲って来る現場に潜入するなど、正常な判断能力がある人間のする事ではない。

 一発でも誤射してしまえば、自らだって巻き込まれてしまうのだから。

 それでも、その可能性が捨てきれないのであった。

 ここ最近で良く分かった。

 アイツ等は全員、それこそパーティ自体がぶっ壊れていると思って行動した方が良いのだろう。

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