第114話 勝利とは


『たっくん!』


「ぅ、うぅ……ん?」


 眠い目を擦って起き上がってみれば、部屋には誰も居ない。

 やけに慌てた声を上げるアリスを拾い上げてると……あれ? なんでこんな部屋の隅に転がっているんだ?


『敵からの強襲だよ!』


「え、は!? いやでも、現にこうしてリアルの方に居る訳だし……」


『違うの! リアルからの強襲をさっきまで受けてたの!』


 いやいやいや、どういう事?

 慌てて部屋の明かりを付けてみれば、確かに室内は荒れていた。

 靴のまま室内に上がって来た様な跡もあるし、襖だって真っ二つに折れている。

 だというのに。


「あの、アリス。これって……リアル、なんだよね?」


 思わずそう声を上げてしまった。

 だって壊れた筈の家具や、踏み荒らされていた筈の畳なんかが徐々に修復されていくのだ。

 まるで、Redo内のゲームエフェクトみたいなものを纏いながら。

 これが、プレイヤー同士が何かした場合の隠蔽?

 いやでも、こんなのってまるで……。


『それより今は、仲間達の事だよ! RISAさんと黒獣さんが、もう“向こう側”に入ってる!』


「わ、わかった! すぐログインしよう!」


 とにかく今は、二人への救援を優先するのであった。


 ※※※


「これはつまり、君の行動はQueenにバレてたって事で良いのかな。だからこそ、君を付けて例の派遣部隊がやってきた」


「大変、申し訳ございません……どうやら、その様です」


 何だかんだ言いつつも、相手もそれなりに警戒しているという事なのだろう。

 とはいえ、向こうが何をそこまで焦っているのか分からないが。

 自らの元へ攻め込もうとした俺達を潰そうとするのは当然の事、しかし現状俺達は逃げ隠れしている状態にも近い。

 一度噛みついて来た獲物を逃がすつもりはないのか、それとも別の理由で早めに此方を潰しておきたいのか。

 それとも俺を確保する為、というのもあるかもしれないが……妙だ。


「Queenに関して色々と聞いておきたいんだけど、なるべく早めに答えてもらって良いかい? 俺も仲間の支援に向かわないといけないから」


「えぇ、もちろんです」


 強く頷いたButlerは、再び鞄から書類の束を取り出して此方に渡して来た。


「これは?」


「例え私が狩られた場合でも、それに目を通せばある程度は察する事が出来ると思います。私も可能な限り逃げ隠れして、今一度時間を作りますから。すぐに仲間の元へと向かって頂いても構いませんよ」


 ほぉ、これはまたご丁寧に。

 予め此方に渡す情報はまとめてあったのか。

 とはいえ今この場でコイツを逃がしてしまっては、相手の罠に嵌るという事態も十分にあり得る。

 持ち込まれた情報や、相手の語る内容が全て事実だと言う確証はないのだから。


「なら、一応フレンド登録をお願いしようかな。君が生きているのか死んでいるのか、一応の判断基準にもなるしね」


 付け焼刃も良い所だけど。

 相手にフレンドを解除されてしまい、そのまま雲隠れされたらまた一から調べ直しな訳だし。

 なんて事を思っていると、彼はあっさりと此方の要求を呑みフレンド申請を送って来た。

 行動からすると、怪しい行動の方が少ない気がするが……俺まで簡単に信用する訳にはいかないだろう。

 ウチのパーティはあまりにも人が良いのが多過ぎる。

 だからこそ、最後まで警戒する役目を担う者がいないと。


「それじゃ、最後に質問。Queenは何故そこまでescapeを欲しがっている? そして何故わざわざ“向こう側”で、本拠地にはずっとプレイヤーが警備しているんだ? まるで俺達が近付いたら、急に警戒レベルを上げたかのようにも思える」


 これまでの調査で分かった、一番の謎。

 Queenの会社では、常に“あちら側”を警備しているのだ。

 俺達の強襲を恐れて、という可能性も考えたが……どうにも効率が悪すぎる。

 また別の何かがあるのではないかと警戒し、未だ攻め込む事に二の足を踏んでいる状態な訳だ。


「貴方がescape、という事でよろしいのでしょうか?」


「質問しているのはコッチだ」


 鋭い視線を向けてみれば、彼は今一度頭を下げた後。


「それらは全て一つの答えに集結します」


「具体的には?」


「Redoのルールを探る為、より深くまで情報を探れるescapeという存在が必要だった。本社をRedo内で警備しているのは、ゲーム内にしか存在しない者を守っているから。だからこそ敵対した状態でescapeに近付かれる事を恐れた。それらは全て……Redoで勝利する為」


 ゲーム内にしかいない者? つまり前回のnagumoの様な存在を手元に置いていると言う事か?

 だとしたら警備の理由も、近づかれたらより牙を剥いて来た理由も分かるが……Redoのルールと勝利の為というのは、どういう事だ?


「このゲームには、曖昧な点が非常に多い。それは個人によって条件が違うからだと、Queenは言っていました。そして何より、此方が確保しているRedo内にしかいないプレイヤー。彼女は“recorderレコーダー”と呼ばれており、このゲームの過去や未来も知っているのではないかと考えています」


「それはまた……御大層な。それで? ソイツは大昔からゲーム内に存在する預言者か何かだって言いたいのかい? そしてソイツのお陰で、Queenは負けなしだって? そりゃ勝利を掴める訳だ」


 ハハッと笑いながら腕を広げてみたが、相手は真剣な表情を崩さぬまま。

 なかなかどうして、話がぶっ飛び始めたな。

 まぁ確かに、Redoには怪し過ぎる点が多いのも確かだが。

 もしかしてその答えの一つを、Queenは既に手に入れていると言う事なのだろうか?


「そうではありません。recorderの言う事では、Redoには明確な“勝利”というモノが存在します。対戦がどうのこうのでは無く、絶対的な勝利。勝利者のみに与えられる特権というものが存在し、Queenが欲しているのはその一点。という訳です」


「Redoにおける、完全勝利……ねぇ」


 つまりこのゲームには、“クリア”の概念が存在するって事なのか?

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