第106話 逃走


「あれ? 唐沢さんは居ないんですか?」


「あぁ、うん。昨日も“夜勤”だったから」


「……大変ですね」


 ホテルの食堂へ巧君と一緒に向かってみれば、escapeが一人でのんびりと食事をしている光景が。

 唐沢さんとは結構仲が良いらしく、度々一緒に食事をしている光景を見かけていたのだが……本日は御一人様の御様子。

 そんな訳で、私達も朝食を持って彼が座っていたテーブルにお邪魔させて頂くと。


「鸛さん、その……唐沢さんばかりに現場の事をお任せするのは申し訳ないので、僕も出ますよ? 僕はその、お二人の様に綺麗な訳じゃありませんし」


 オズオズと言葉を紡ぐ巧君に対し、escapeは盛大なため息を溢してから。


「今は必要無い、君の場合は色々と条件が……あぁ、そういえば無くなったんだっけ」


「えぇ、鎧特有のスキルですから。僕の覚悟が決まったのと、ポイントを振り分けてから特殊サレンダーを送る事も無くなりましたし」


 朝から物騒な会話を……なんて思ってしまうが、事実巧君のスキルは変化していた。

 今の彼は、自らの意志で戦う戦艦となった。

 これまでの“命令されて動く要塞”では無くなった影響なのか、デメリットと呼べる条件が無くなって行ったのだ。

 とはいえ巧君を殺し合いの戦場に向かわせたいかと聞かれれば、間違いなくNOと答える訳だが。


「ま、いざとなったらお願いするかもね。とはいえ今は不要だ。それに俺と大葉理沙だけ残された状態で、他の連中から勝負を吹っかけられる方が不味い。つまり君が、こっちの防御の要になっている訳」


「なら……良いんですけど。あまりにも唐沢さんに申し訳なくて……」


 そんな会話をしつつ私達も食事を始めてみれば、思い出したかの様にescapeが顔を上げ。


「あ、そうそう。今日もすぐお引越しだから、準備しておいて。唐沢さんが帰って来たらすぐ出るよ」


 え、また? もはや毎日宿泊先を変えている状態だが。

 というか相変わらず、えらく急です事……。


「ここも何か問題が?」


「いや、場所というか……やけに見つかりやすいおじさんが――」


 なんて会話をしていると、何やらホテルのフロントの方が騒がしくなり。


「お、お客様!? お怪我をされている様ですが、病院などは……」


「あ、いえ。ほんと大丈夫ですから、ちょっと車に撥ねられたくらいで」


「いやいやいや! それこそ病院へ!」


「は、派手に服が破れてますけど! ホント身体には異常はないので!」


 受付カウンターを覗き込んでみれば、そこには所々赤く染まったパーカーを身に纏っている唐沢さんの姿が。

 いや、え?


「唐沢さん! 大丈夫ですか!?」


 思わず箸を放り出し、彼の元へと走ってみると。

 助かったとばかりに胸を撫で下ろす唐沢さん。

 いや、何を安心してるのか知らないですけど絶対怪我してますよ?


「ホ、ホラこうして家族を待たせているので……私はこれで」


「お客様ぁぁ!?」


 叫ぶ従業員を無視して、彼は私の肩を掴んでescapeと巧君の居るテーブルへと向かっていく。

 そして。


「すぐ移動しよう、完全にバレてる」


「怪我は? それから、襲って来たプレイヤーは?」


「問題ない、本人は処理した。急ごう」


 などとescapeと会話しながら、皆食事を中断して部屋へと戻って行く。

 もはや何が何やらって状況だが、そのまま荷物をまとめチェックアウトを済ませると。


「あ、あれ? 唐沢さんはどこに……」


「良いから、車に乗れRISA」


 まるで何かから逃げる勢いで車に乗せられてから、状況を確認しようと窓に近付いてみれば。


「は?」


 何か、知らない男が此方に向けて銃を構えているんだが。

 え、ちょっと? ここ日本なんですけど!?


「黒獣! 車の近くに一人!」


 escapeが叫んだ瞬間、その場から姿を消した男性。

 いやいや待って? 本当に何が起きている?

 さっきの人消えちゃったけど、あれはいったい――。


「待たせた。皆準備は良いか?」


 先程の男の代わりに、急に姿を現した唐沢さんが運転席に乗り込んで来た。

 忙しい忙しい、全然状況が分からないんですけど。

 などと考えている内に車は走り出し、先程のホテルから離れていく。


「悪いね、黒獣。ここでfortを出す訳にもいかなくて」


「分かってる、あの戦艦は目立つからな。それに速攻力って意味では俺の方が上だ、今は時間が無い」


「敵はどんな感じだい? 改めて、怪我は?」


「多分帰って来る所を狙ってたヤツ等の仲間だ。身体は……まぁかすり傷みたいなもんだ」


 唐沢さんとescapeが、何かもう流れる様に会話を繋げていく訳だが。

 お願いです、私達にも分かる様に話して下さい。


「唐沢さん、鸛さん! 僕も戦います!」


 緊迫した状況だけは感じ取っているらしい巧君がそう叫ぶが、大人組の二人は緩い表情を浮かべてから。


「大丈夫だよ、巧君。こういう建物が多い場所では、俺の方が目立たないから」


「fort、何度も言うがお前は目立つ。賞金首がココに居ると教えている様なモノだ、そしたら今以上に敵が集まる。だから、まだ我慢しろ。俺達で何とかする」


 やっぱりウチのパーティの男性陣は強い。

 戦闘能力という意味でも、人としても。

 とはいえ、あまり守られてばかりいる訳にもいかず。


「あの! 今私達に出来る事って何ですか!?」


 そう声を上げてみれば、escapeは何かのアイテムをコンバートし始め。

 サイドポーチみたいなバッグを此方に投げて寄越した。


「fortは一応いつでも戦闘が始められる様に準備。車に乗っている間は恐らく大丈夫だとは思うけど、しばらくの間警戒しててくれ。RISAは可能な限りで良いから、黒獣の応急処置。車を止める訳にもいかないから、余計に気を付けてくれ。リユリズの端末コンビは、彼女に指示を出してやってくれ。治療なんか初めてだろうからね」


『了解ですよぉっと! お任せ下さいませぇ!』


『承知しました。ホラマスター、ボケッとしていないでバッグを開いて下さい』


 テンションの違う二つの端末から指示を受けつつ、助手席に移動してから。


「唐沢さん、傷を見せて下さい」


「ごめんね、理沙さん。よろしく」


 それだけ言って、彼が袖を撒くってみれば。

 いや、本当に待って?

 コレ病院に行かなくて平気? ってくらいの切り傷が飛び出して来たんだが?


「あ、あ、あの!」


「リアルの方で車に轢かれた時に、バンパーに引っ掛けられてね。結構ザックリ行っちゃったけど、これくらいならすぐに治るよ」


「あばばばばっ!」


『マスター、集中。貴女が怪我をした訳ではないんですから』


『痛み止めと止血、それから包帯でも巻いておけばウチのマスターならすぐ完治しますから大丈夫ですよ? ウチの子は丈夫なのが取り柄ですから!』


 端末二台からそんなお言葉を頂き、指示通り治療を始めていく。

 そのまま運転中の唐沢さんの治療に当たった訳だが……酷い。

 リアルでもこんな傷を負う程、私達の周りの戦闘は激化しているという事なのだろう。

 改めて、Redoプレイヤーに平穏という言葉は無いと自覚させられてしまう出来事だった。

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