第55話 家庭事情
「おいガキ、今日も稼いで来い。成績に応じて、明日の飯を決めるぞ」
「……はい」
家に帰ってみれば、出迎えてくれるのはこの男。
当然僕のお父さんじゃない。
お母さんが急に連れて来た、派手な見た目の男の人。
でもお母さんからの指示により、僕と一緒に暮らす事になっているらしい。
良い成績を残せば、お母さんが帰って来て褒めてくれると言っていた。
だからこそ、これまで頑張って来たのだが。
「あの……お母さんは」
「お前はそれだけの成績を残したのかよ?」
「……いいえ」
相手に睨まれ、視線を逸らしてから。
ランドセルからRedo端末を取り出し、モニターを起動した。
一度だけ、イジメて来る奴等にこの端末を奪われた事があった。
その時はすぐさまお母さんが帰って来て、PTAって言うのと学校側に訴えかけ……というか、半ば脅す様な勢いでその日の内には手元に端末が返って来たが。
そして、この日だけは凄く怒られた。
コレは自分の命よりも大事な物だから、絶対取られるなと言われた。
こんな物が、お母さんにとっては僕より価値がある。
そう考えれば、どうしてもコレが好きにはなれなかったが。
「今日は俺が一緒に入ってやる。昨日みたいなミスするんじゃねぇぞ」
「……はい」
短い返事を返してから、端末を操作しゲームにログインしてみれば。
周囲の光景はそのままに、僕の体は鎧に包まれた。
凄くかっこ悪い、ずんぐりむっくりな短足の灰色の鎧。
コレが、ゲーム内での僕の姿。
更には、先程まで目の前に居た男も派手な見た目の鎧に変わっていた。
鎧の隙間から七色に変わる光が漏れている様な、変な見た目。
「んじゃ、行くぞ。さっさと戦艦を作れ」
「……“アリス”、スキル使用」
『了解、です。大丈夫? たっくん、まだ怪我が……それにまた昨日の奴が来たら』
「うるさいなぁ! 早くしろよ!」
『……わかったから、怒らないで』
モジモジと喋る端末にイラついて、つい大きな声を上げてしまった。
だって、コイツは。
僕の端末の“アリス”は、お母さんにとって僕より大事なんだ。
コレを貰った時は、凄く嬉しかったのに。
名前を決めてって言われた時に、思わず自分の苗字を名付けて兄妹の様になってくれればと思った程だったのに。
それが僕の名前で、コイツはアリス。
でも今では、そんな名前を付けた事を後悔していた。
コイツさえ居なければ、お母さんにとって僕は大切な存在になっていたかもしれないのに。
『鎧、“イージス”のスキルを発動……します。怪我には気を付けて……ね? たっくんの鎧は、現実に戻っても全部の傷を治してくれる訳じゃないんだから』
「うるさい、たっくんって呼ぶな……お前なんか、嫌いだ」
『酷いよ……』
そんな言葉を聞きながらも、周囲の物全てが僕に集まり始めた。
どんどんソレ等を圧縮して、僕の思い描く“要塞”を作り上げる。
戦艦。とにかく大きくて、誰にも負けない船。
もう死んじゃったお父さんが言っていた。
こういう“戦艦”は、簡単には沈まない海の上の要塞なんだって。
お父さんは船が好きで、よく一緒に海へ連れて行ってもらった記憶がある。
それに、海上自衛隊の基地を見学に行ったり、海外にだって連れて行ってもらった事だって。
そういうお祭りに二人で参加した時、僕は初めて戦う船の上に立った。
お祭りで展示されていた物だから、動いてはいなかったが。
でも、凄く興奮したんだ。
「ねぇお父さん! コレが戦艦なの!? 凄く大きいね!」
なんて事を叫んだ瞬間、父は楽しそうに笑って。
「何言ってるんだ巧、戦艦はもっとデッカイんだぞ? これは小さい方だ、その名もイージス艦。小さくて速い! いやぁ、恰好良いなぁ!」
だから、僕の鎧はイージス。
名前はfortなのに、僕自身はとても小さくて弱いから。
でもあの時のお父さんを思い描いて、お父さんが好きだった戦艦を作り上げる。
きっと僕が作り上げる船なんて、多分玩具のブロックで作った様に不格好だろう。
だが、コレでずっと戦って来たのだ。
お母さんに言われるままに、今ではこの男に指示されるがままに。
ソレが出来ないと、ちゃんとした生活が送れないから。
僕はお父さんの夢を、ただ生きる為に利用している。
「よし、適当に探索しろ。お前は対戦が始まったら勝手に特殊サレンダー送っちまう無能なんだ、こっちから勝負を申し込む事は出来ねぇ。乱入するぞ乱入、んで相手がこっちを確認するまえにズドン! ハハッ、索敵と隠蔽役が居れば簡単な仕事だろ? オラとっとと船を進めろ」
船の甲板に立つソイツから声が聞こえて来て、ゆっくりと戦艦を動かした。
あぁ、嫌だな。
また昨日みたいに、あの黒い鎧が迫って来たらどうしよう。
でもアレくらい強い相手じゃ無いと、戦う前から逃げてしまう人が殆どだ。
だからこそ、賞金首と呼ばれている奴等を狙う。
彼等を倒せば、ポイントがいっぱい入ってお母さんが褒めてくれるから。
その後は言われた通りにポイントを使って、残りは全部お母さんの端末に送れば僕のお手伝いは終わり。
もっともっと上手くやれば、いっぱい賞金首を倒せば。
きっとまた、お母さんは帰って来てくれる。
こんな生活は終わりに出来る。
それだけを目的にして、僕は日々を生きているのだ。
何度も引っ越しして、こんな事を繰り返して来たけど。
まだ、足りない。
だったら。
『全部やっつければ、お母さんも帰って来る?』
「そうかもな、しらんけど。俺はお前の世話を任されただけだ」
そんな会話を終えてから、今日もまた船は夜の街を進んで行くのであった。
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