第31話 電子の亡霊


「こんな事しちゃって良い訳? リユ。しかも君のマスターに内緒で」


『えぇ、少々気になる事がありまして。“スクリーマー”を調べて頂きたいのです。Redoの奥深くまでアクセスできる貴方にしか頼めないお仕事ですから。よろしくお願いします、escapeエスケープ


 通話状態で繋がっているのは、相手の端末の“リユ”のみ。

 持ち主である“AK”には、この会話は聞かれていない状態。

 というか本人は、今まさに戦闘中だ。

 おかしな話を持ち掛ければ、此方が狩られかねないと思ってしまう程の暴れっぷり。

 仲間に誘っておいてなんだが、恐ろしいプレイヤーも居たモノだ。

 人とは、あそこまで理性を捨てられるのかと感心してしまう。

 コレが狂った殺人鬼とかならまだ納得できるのだが。

 リアルの方では、そこらの人間よりずっと社交的に見える人物なのだ。

 人は見た目では分からないってヤツなのかね。


「プレイヤーネーム“AK”、唐沢歩からさわ あゆむ。彼の事は結構調べたつもりだけど、なかなか凄い人生を送っているようだね。何より運が悪い、どこの職場に行っても悪い人間の下に就く。そっちの上司も調べたけど、凄いね。鬱病患者は当たり前、自殺者まで出しているのに未だに会社の上層部に居座っている様な人間ばかりだ。それに、彼は実家の方も凄いね。父はギャンブル狂いで、未だに唐沢歩の名義でどうにか借金を作ろうとしている。そして母親は――」


『私が知りたいのは“マスター”の話ではなく、“スクリーマー”です。彼の過去なら、私にだって話してくれますから。相棒として、それくらいの信用は得ています』


 ピシャリと言葉を遮って来るリユの声は、どうにも人間臭かった。

 Redoの端末にも色々ある。

 性格が違ったり、口調が違ったり。

 ウチの“ゴースト”なんか、必要な事以外ほとんど喋らないし。


「リユ。君……俺が黒獣に接触した時、気が付いていたよね? でもあえて接近を許した。それは主人の能力を信用しているから、なんて言えば聞こえは多少良くなるかもしれないけど。お前、“この為”に俺を引き入れたな?」


『何を仰いますか、フレンドになりたくて近づいて来たのは貴方ですよ。想像でモノを語らないでほしいですね』


「へぇ、しらばっくれるんだ」


『事実を述べたまでです。たまたま私達にとっても、そちらにとっても都合の良い存在同士が出会った。偶然とは不思議なモノですね』


 よく言うよ、ホント。

 そもそも、俺に対して“匿名”でirisアイリスの情報を流して来たのはお前じゃないか。

 Redoのフリー掲示板、そこで明らかに此方に対してのメッセージを残した。

 周辺でまた特殊個体が生れる可能性がある、新しい“賞金首”になりえる存在だと言って。

 だからこそ、その誘いに乗った。

 面白そうだったから。

 新しい賞金首も、勝手に動き回るRedo端末も。


「それで、何が知りたい? 君達の方がこのゲームには詳しいだろうに。プレイヤーである俺に何を問いかけるんだい?」


『先程言った通り、“スクリーマー”のステータスを奥深くまで探って下さい。そして、Redoに関わった事で“一つの存在が二つに変わってしまった現象”などが無いか。過去のプレイヤーの記録を。私達では、他のプレイヤーを直接探る“権限”がありませんので』


「随分と大事にしているんだねぇ、君のご主人様の事を」


『いけませんか?』


「いや、羨ましいと思っただけさ」


 それだけ言ってから、ウチの端末を撫でてみれば。

 画面上に、イライラしていますと言いたげなアイコンだけが表示された。

 こいつ、“ゴースト”は。

 俺の“表側”のテンションと同じく、喋りたがらない癖に画面の向こう側だったら感情を表してみせる。

 だからこそ、この“リユ”の様に俺の事を心配してくれるのかと聞かれれば……ちょっと分からない。


「ま、いいや。了解したよ。でも報酬は貰うよ? 少しだけポイントを、なんてケチ臭い事は言わないんだろ?」


 どうせこんな事になる事が分かっていて、“彼等”と組んだのだ。

 だったら、今更文句を言った所で時間の無駄というモノだろう。

 そして、相手からの返事を待っていれば。


『私から差し出せる物は多くありません。なので……』


 やけに引っ張るじゃないか、リユ。

 やはり君は、Redoの端末にしてはどうにも人間臭い。

 まるで他とは違う個体みたいに。


『プレイヤーネーム“iris”のスキルを譲渡します。奪えるスキルはランダムですから、確定したお約束は出来ませんが。アレだけ急速に育っている個体です、割と良いモノが手に入るのではないかと』


 こいつはまた、おかしな事を言いだした。


「まるでirisとの対決に、黒獣が絶対に勝つと言っている様な物言いだね。それに彼女のスキルを奪ったとなれば、黒獣が手放すとは思えな――」


『問題ありません。マスターは使用できるスキルが手に入らなければ、確実にポイントに替え、換金または鎧を強化するよう指示を出して来ます。なので、私の管理下に入ります。そしてマスターなら、間違いなくirisに勝利するでしょう。負ける要素が見つかりません』


 随分と自信満々に言い放つじゃないか。

 なんて声を返してやろうかと思ったが……無粋というものだろう。

 リユだって、感情だけで言葉を紡いでいる訳ではない筈だ。

 そして俺から見ても、彼があの女王蜘蛛に負ける未来が視えない。

 だったら、悪くない話だ。


『ですが、“勝ち過ぎてしまう”状況になった時が問題なのです。なので、早めにお願いします。嫌な予感がするんです』


「Redo端末に宿るAIが、これまたおかしな事を言うじゃないか」


『私の様な存在が語る“予感”です。この意味が、分からない貴方ではないでしょう?』


 その言葉に、思わず口元が吊り上がった。

 本当に、退屈しないよこのゲームは。

 覗き込めば、更に深い闇が見えて来る。

 だからこそ、止められない。


「良いだろう、受けるよ。でも、確実な情報が得られるかは分からない。相手はそこらのスパコンどころの話じゃないからね」


 Redo、この訳の分からないゲーム。

 完全にファンタジーに片足を突っ込んだ、絵に描いた様なデスゲーム。

 その真相を見る挑戦を、今一度始めようじゃないか。

 一度は失敗し、そのせいで“賞金首”に指定されたというのに。

 我ながら、懲りないものだとは思うが。


「面白くなって来た」


『貴方も大概……狂っていますね』


「そうじゃなきゃRedoプレイヤーには選ばれないさ」


 皮肉合戦を最後に、俺達は通話を終えた。

 黒獣の戦闘はまだまだ続いている。

 先ほど次の目標地点を送信しておいたので、体力お化けは今でも建物の上を走り回っていた。

 仲間の雄姿を眺めながら、こっちはこっちの戦闘準備を始めようじゃないか。


「あぁ、本当に。電子の未知ってのは面白いね」


 呟きながら、周囲の機器と鎧を繋いだ。

 コレが俺の戦う世界。

 誰も居ない電子の世界で、0と1を相手にひたすら挑み続ける。

 こんな事を、もう何年続けて来ただろうか?

 それでも、真相にはたどり着けない。

 だから、今日も一人で戦うのだ。


『一人じゃない』


「……そうだった、今日もよろしく。“ゴースト”」


 そんな訳で、本日も徹夜で電子の世界を旅するのであった。


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