異世界転生したらロボットアニメのヒロインだったので、生き残るために死亡フラグを回避していく所存です(前題:転生機甲譚グリムムーン)
雨中若菜
第1話 端的に言えば異世界転生
熱帯雨林の中に似つかわしくない忌々しい無機質な青い顔。画面越しでは小さく見えるが、そのサイズは悠に1メートルを超える。
現在、美月の機体はこの敵の大型の人型兵器により抱きつくようにして拘束されていた。
遠距離戦闘を目的とするこのXAAG2-007、通称7号機には足はあっても腕は無く、捕まり持ち上げられれば対抗する術は無い。
コックピットを開こうにも、ハッチが相手の機体にぶつかり、外には出られなかった。
「美月、やっと捕まえた」
敵機の外部スピーカーから幼さが残る少女の声が聞こえる。
パイロットの
美月達、枢軸国側を裏切って連合国側に付いて、ずっと美月を付け狙う狂人である。
しかし、彼女を狂わせたのは他でもない、美月のせいだった。
美月は外部スピーカーのスイッチを入れて、敬子に語りかける。
「敬子、あれは
「知ってる。もう助からなかったこと、凄い苦しんでいたこと、全部知ってる。美月は悪くないよ。私が美月と同じ立場だったら、同じことするもの」
「だったら、どうしてこんなことをするのよ!貴方のせいで、無駄な戦闘が起きて、多くの人が死んだわ!」
「そんなこと、どうでもいいじゃない。私、美月の事が好きなの……。でも、美月とは結婚はできないし、美月は戦争に行って、いつ死ぬかわからない……。だから、今、一緒に死んで!」
「訳が分からないわよ!それに、誰があんたみたいな奴と心中するもんですか!お断りよ!」
「残念ね。自爆スイッチはもう入れてあるの。23秒で爆発するわ。うふふ、これで私たちはずっと一緒ね」
「あーもう、何なの!」
美月は足を動かしてみるが、拘束がとけることは無さそうだった。
美月は舌打ちをして、操縦桿から乱暴に手を離し、上を向いて目を閉じた。
「ったく、どうしようもないっていうの?まだ、何か手はあるはずよ。ああ、せめて、ティヤだけは、彼女だけは無事であって頂戴!」
その時、作戦本部からの通信が入った。
「目標、安全空域に到達、任務完了。部隊は直ちに撤収しろ」
今回の作戦は、ティヤを含め研究者を安全空域に避難させることだった。
つまり、ティヤは無事に逃げられたようだ。通信が終わるなり、美月は一息つくと、再び操縦桿を握る。
「どうした、どうした?諦めるの?」
「こんなとこで、諦められないっての!」
藻掻くのをやめて、何度も何度も敬子の機体に蹴りを入れる。
しかし、敬子の機体は近接戦闘向きである為、7号機の蹴り程度ではびくともしなかった。それでも、美月は蹴りを入れ続ける。
「私は、生きて、皆の所に帰るんだぁっーー!!」
「残念、もう時間切れね」
そして、敬子の笑い声が聞こえたと同時に、モニターが真っ白に光輝いた。
美月は思わずレバーを握ったまま目を閉じた。衝撃に備えて体を固くする。
しかし、いつまで経っても痛みは来なかった。
それどころか、光は一瞬にして消えてなくなり、辺りは暗闇に包まれたのだ。
(爆発の衝撃はなかったわ。どういうことなの?どうやら、システムはダウンしているみたいね。一先ず、状況を確認しないと)
恐る恐る美月は目を開けると、まず目に入ったのは濃い青い色の長い髪と青白く光る蔦のようなものが絡まり合っている床だった。
美月はどうやらその床の上に座り込んでいるようだ。
(何?転移したってこと?もしかして、ここはあの世とか?)
立ち上がり、視線を上げると、そこには形容し難い美人がいた。
カラーコンタクトのような緑色の瞳が特徴的な、どこの国とも分からないような顔立ちをしている。その肌の色は青白く、生きているとは思えないほどだ。
まさに、リアルなゲーム作品に出てくる美女だった。
しかし、裸体のその女性の体は青い心臓のようなものと一体になっていて、鼓動しながら床にある管に青い液体を流し込んでいた。
美月は女性の顔に見覚えがあった気がしたが、余りにもグロテスクなその光景に思わず目を逸らす。
女性が透き通るような凛とした優しい声で美月に声をかけた。
「すいません、突然呼び出してしまって。私は
話しかけられたので、美月は意を決して女性に目を向ける。
確かに、そこには恥ずかしげに目を伏せ、頬を赤らめた蓮の姿があった。
「こんな姿で、すいません」
「あのエンディングを考えたらそうかもだけど。って、セレネクって、アニメよね?」
「確かに、貴方の世界ではロボットアニメとして知られていますね」
「まさか、ここはセレネクの世界だとでも言うつもり?」
「そうです」
「……本当?」
CELESTIAL NEXUS、略称セレネクとは、美月の世界で第3次世界大戦が勃発する前に放送されていた全13話のロボットアニメである。
舞台は美月の現実世界同様、第2次世界大戦で日本が勝利した世界線の遥か未来だ。
(セレネクの、主人公は
エーテルノイドというのは、太古の人類が開発した生物兵器で、制御を失い、人類の存亡を脅かす存在だ。
CELESTIAL NEXUSでは、煌たちテクストライクスのメンバーとエーテルノイドとの戦いが描かれている。
「頬をつねって痛いってことは、現実みたいね。手も足も全てあるし」
「本当ですからね」
「嫌だな、よりにもよってセレネクの世界って」
「どうしてですか?」
「バッドエンドで暗い話じゃない」
この作品のあまり評価が高くない点として、バッドエンドなことがあった。
まず、テクストライクスのメンバーは最終決戦までに全滅する。また、主人公の煌もコアエーテルノイドを持って宇宙に飛び立ち、そのまま爆散して死ぬ。
しかも、キャラ一人一人の殺し方が無造作で、突然打たれたり、成すすべなくエーテルノイドに無残に殺されたりと、一方的に一瞬で死ぬことが多い。
そして何よりトラウマ回なのは、最終回だ。ヒロインの蓮が最終決戦でコアエーテルノイドにより食べられて死ぬと言う残虐な死に方をする回なのだ。
キャラデザ、機体デザイン、サントラ、声優、作画、全てにおいて問題は無く、OPとEDが神作品と呼ばれていたのに、ストーリーが悪かったとして評価が二分した作品である。
「それで、私は今、どうしてここにいるの?」
「そうですね、貴方の現状について簡単に説明すると、そもそも、未来も過去も現在も一次元に散在していて、近くしている時間とは異なる時空がありますよね。その異なる世界、つまりもう一つの確率の世界の情報を人類は偶に夢という形で知る事があります。その夢の断片を複数人がつなぎ合わせて、物語が形成されます。だから、物語を考える時、良い作品は自然とそうなるべくしてできるのですよ。それはさておき、貴方は今、肉体と魂が切り離されたので、私の手で意識を他の時空間に移動させました。ここは、貴方の知るアニメ、CELESTIAL NEXUSのエンディングの後の時空間です。ですが、貴方はまだ魂だけの存在であり、肉体が無い為、非常に不安定な存在でして、このまま放置しておくと、輪廻に戻るので臨時的措置として私の魂と一部融合させてます。その為、私以外何も見えないので、大変不便をおかけして申し訳ありません」
蓮の説明を腕を組みながら聞き終えた後、美月は大学で量子力学とかやったなとか思い出しつつ、内容を自分の中で要約した。
「つまり、その……、端的に言えば異世界転生って事?」
「そうですね、まだ肉体は無いので、厳密な言葉の意味を介さなければ、魂だけパラレルワールドであるCELESTIAL NEXUSの世界に貴方は来たという事です」
「……まあ、何となくわかったわ」
「あ、矢継ぎ早に喋りすぎてすいません。久しぶりの会話だったものでして」
「まあ、別に気にしてないし、そのままで、いいわよ」
事実、蓮が喋りすぎても美月は気にも留めていなかった。
何故ならば、美月は蓮の会話をあまり真剣に聞いていなかったからだ。
彼女は現在、敬子に殺された事実と、あり得ない光景が広がっている事実で激しく狼狽していた。
(まさか、敬子が東南アジア戦線まで現れるとは。そして、爆破されて、死んで、今、蓮の目の前にいて。つまり、どういうこと?異世界転生?私、この後どうなるっていうのよ?そもそも、これって現実なの?夢落ちとかやめてよね)
「あの、美月さん、聞いてますか?」
「あ、ごめん、ちょっと考え事を。それで、蓮はどうして私をここに連れて来たの?」
「貴方にやって欲しいことがあるからです」
「やって欲しいこと?」
「私に転生して、
暫しの間、沈黙。美月は二度瞬きをし、再び蓮に向き直る。
一方、蓮はどこか不思議そうな顔で美月の事を眺めていた。
「何かおかしなことでも言いましたか?」
「まあ、おかしなことだらけなんだけど、私、蓮になるの?」
「そうです。私の過去の肉体に貴方の魂を送り、貴方は蔡の目論見を止めてください。本来、蔡は、エーテルノイド・ドメインの部隊長で、最終決戦でコアエーテルノイドに闇雲に突撃して亡くなるはずなのですが、私が時空間を移動している際に間違えてある人間の魂を蔡の中に入れてしまったことにより、未来が大きく変わってしまいまして。私がコアエーテルノイドに取り込まれて、煌がコアエーテルノイドごと自爆するところまではアニメと同じなのですが、コアエーテルノイドは無傷で煌のみ死んでしまい、その残ったコアエーテルノイドを蔡が入手してしまうんです」
早口で長々と語る蓮の言葉を一つずつ飲み込み、美月はなんとか理解する。
「わかりました?」
「つまり、異世界転生者の乗り移った蔡が悪いことをしようとしているので、過去の貴方になって止めて欲しいということね」
「端的に言えばそうですね。それで、蔡の目的は、どうやら貴方と結ばれることみたいでして。コアエーテルノイドの力を使いあらゆる未来で自分と貴方が結ばれるようにするつもりのようでして。問題はその点では無くて、勿論、貴方にとっては問題だとは思いますが。蔡により無理やり時空間を変えていけば、時空間に歪みが、パラドックスが生じるんです。そうすると、パラドックスによって真空崩壊が生じ、最悪、多くの時空間が消滅します。私の力で何とか食い止めていますが、蔡にコアエーテルノイドの権限が奪われるのも時間の問題です。本当に、良くも悪くも、流石、人類の英知の結晶ですよね」
「……コアエーテルノイドって凄いのね」
コアエーテルノイドとは、CELESTIAL NEXUSの最終話に出てくるラスボスである。
このコアエーテルノイドの存在により、エーテルノイドの大規模侵攻が行われ、人類は滅びかけるのだ。
勿論、最終回でコアエーテルノイドを主人公の煌が相打ちで倒すことで世界は救われる。
「ねえ、蔡になった魂って、まさか敬子とかいう名前じゃなかった?」
「そうですね。私も、貴方と敬子さんの関係は存じ上げております。それで、コアエーテルノイドはこれだけの力を持っていながら、人間が作り出した存在であるが故に、簡単に人間が制御できるようになっているんですよ。私が融合していなければ、今頃、どうなっていたことかです。あ、でも、実際、真空崩壊は結構、起こっているので、蔡がよほどのことをしなければ、直ぐには影響はないかと」
「ったく、また、敬子が面倒を引き起こしてるのね」
美月ため息をついた。どこまで行っても、彼女の運命には敬子が立ちはだかるようだった。
「あの、どうか、世界の為に異世界転生の件、引き受けては頂けませんか?」
「元はと言えば、私が原因だし、放置していても良くないんでしょ?」
「ええ、そうですね」
「なら、選択肢なんて無いでしょ。私、貴方になって、敬子を止めるわ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
蓮は頭を下げて感謝の意を示す。美月は気だるげにそれを受け取り、再びため息をつく。
「敬子によって死んで、死んでも尚、敬子に振り回されるっていうのは嫌ね……」
「まあ、こればかりは仕方ないですね。あ、そうそう、実は貴方で過去に送れるのは最後かもでして」
「嘘でしょ!」
「既に8人ほど私に転生させているのですが、誰もCELESTIAL NEXUSのエンディングまで生き残れていなくて。全員、もう輪廻の輪に還ったのでいないのですが」
「……全員、死んだのね。やっぱり、エーテルノイドに殺されたの?」
「いえ、死因一位は人間に殺されることですね。蔡が邪魔してくるので、皆殺されちゃうんです。かと言っても、コアエーテルノイドによる大規模侵攻で僅か一週間で人類が滅びる時にみんな死んじゃいますけどね。生き残っても、私みたいにコアエーテルノイドに食べられますし」
「つまり、私は蓮に転生したら、全力で生き抜いて、かつ敬子の目論見を止めないといけない。そして、失敗したら世界は滅びると」
「残念ながら……」
蓮が悲しげに俯いていると、美月の足元の管が一本、はじけ飛んだ。
「不味いですね、そろそろこちらも時間がなさそうです。少々、手荒かもしれませんが、貴方を強制的に過去に送ります」
「ちょっと待ってよ!まだ心の準備ってものが……」
「蔡がもうそこまで来ているんです。このままだと、貴方を過去に送れなくなります」
蓮はどこからともなく無数の触手を伸ばすと、美月を掴み、その全身を覆った。
「まって、蓮!まだ聞きたいことが……」
「どうか、貴方の未来に幸いがありますように」
美月はその声を聴いた後、急に眠気に襲われそのまま目を閉じた。
心地いいぬくもりと湿度が美月を眠りに誘う。しかし、このまま寝ては駄目だと美月は腕をつねって眠気に抗う。
そして、眠気に抗いながら這い出すようにして必死に目を覚ますと、今度は打ちっ放しのコンクリートの天井が見えた。美月にとって、見知らぬ天井である。
それもそのはず、美月は蓮の過去に転生したのだった。
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