第24話 白い謎の男<再来>

 このままでは、ルカの体力が持たないのでは……と、私が不安に駆られた時、ルカが夜盗たちにまで聞こえる声で、盛大な溜め息を吐いて見せた。


「……警告にも気づかない、か。あとで後悔するなよ」


 そう言って、持っていた剣を握り直す。

 夜盗の一人が嘲るように笑った。


「ふん、何のことだ。後悔するのは……お前の方だろっ!」


 そう言って、男がルカ目掛けて迫りくると、頭上高くから長剣を振りかざした。

 しかし、ルカは微動だにしない。


(危ないっ)


 私は、思わず目を瞑った。暗闇の中で、私の耳に、剣が弾かれる高い音と、男の悶絶するような声が聞こえた。


「ぐぅっ……!」


 私は、驚いて目を開けた。

 そこには、腹部から血を流して倒れている男と、それを青い顔で見つめる夜盗たちの顔があった。倒れている男は、先程、ルカに向かって剣を向けていた男だ。

 ルカは、血に塗れた剣を振って血を払うと、再び剣を構えた。


(ルカがやったの……?)


 血を流して倒れている男は、微動だにしない。死んでいるのだろうか。

 私が茫然とそれを見ていたら、ルカがこちらを振り向かないまま言った。


「目を瞑っていろ。……すぐに終わる」


 その言葉に逆上した夜盗たちは、闘志を再熱させると、一斉に剣を手にルカ目掛けて襲いかかった。

 しかし、今度は、ルカの容赦ない反撃に、一人、また一人……と、血を流しながら倒れていく。


(……これで5人…………す、すごい。

 ルカが強いのは知ってたけど……

 こんなに間近で、それも実戦なんて、見た事なかったもの)


 私は、ルカに目を瞑っていろと言われたことも忘れて、目の前に繰り広げられている光景から目が離せなかった。


 ルカは、敵の攻撃を剣で受け流すと、今度は剣を払い落とすだけでなく、確実に相手の急所を狙って反撃を続けた。

 暗い所為で、赤い筈の血飛沫が黒い何かの液体にしか見えず、不快感はあまり感じなかったが、ルカの前に倒れる男たちの数が増えるに従い、周囲に血の匂いが充満した。


(……8人……10人……12……)


 私は、倒れていく男たちの数を数えることで、冷静さを保とうとした。


「くっそー……こいつ、何でこんなに強いんだ。

 こんな話、聞いてねぇぞ!」


 ついには、20人以上はいた夜盗たちが、立っているのは、たった3人きりとなった。


(……本当に、すごい。

 この国で、ルカに適う人なんて、本当にいないんだわ)


 私は、改めてルカのすごさを知った。

 信じていなかったわけではないが、少しでも不安に思ってしまったことがルカに申し訳ない。


 ルカは、真っ黒な液体に汚れた剣を自分のマントで拭うと、残った3人の夜盗へ剣先を向けた。


「お前らの敗因は、己の力量と、相手の力量を見極められなかったことだ」


 夜盗たちは、その表情に明らかな恐怖の色を浮かべてルカを見ていた。

 手には剣を持ち続けているが、無意識の恐怖から手が震え、逃げ腰になっている。


 これなら勝てる、と私が確信した時、ふと背後から近づく白い影に私は、気が付かなかった。

 突然、背後から白い腕が伸びてきて、私の視界に入ったと思ったら、気が付くと私は、何者かに羽交い絞めにされていた。


「……え、きゃっ!」


「アリス?」


 ルカが私の声に振り返った。

 慌てて私の方へ駆け寄ろうとしたが、私の背後にいる人物の次の言葉で動きを止める。


「動くな。大事なお姫様の顔に傷が付いてもいいのか?」


 その声に私は聞き覚えがあった。

 昨夜、私を殺そうとしていた白い謎の男だ。


 私の首筋に、ひんやりと冷たい金属が触れるのがわかった。

 どうやら刃物を突き付けられているようだ。


「……る、ルカ」


「きさまっ……! アリスを離せ!」


 ルカが鬼のような形相で私の背後にいる人物を睨みつける。

 でも、私を人質に取られているので、動くことができない。


「このお姫様がそんなに大事か。

 ……なら、態度で示せ」


 どういう意味かと私が目線を背後にやろうとすると、白い男は、私を拘束している腕に力を入れて、無理やり私を前に向かせた。


「あんたは、よく見ているといい。

 あの男の忠誠心とやらが、どの程度のものなのか。

 そして……」


 白い男が私の耳元で囁くのと同時に、ルカの周りを、残った夜盗の3人が取り囲む。

 先程までの劣勢を忘れて、勝ち誇ったような顔で剣を構えた。


「あんたのために、忠誠心を持った兵が一人、死ぬところを

 しっかり目に焼き付けておくんだ」


 私は、耳から血の気が引いて行く音が聞こえた。


「ひ、卑怯者っ! ルカは……ルカは関係ないでしょう。

 私を連れて行きたいのなら、連れていけばいい!」


「アリス!」


 ルカは、余計なことを言うな、とでも言うように、私に向かって無言で首を横に振る。


「剣を捨てろ」


 白い男の言葉は、ルカへの死刑宣告のように聞こえた。

 ルカは、持っていた剣を遠くへ投げ捨てる。


(どうしよう、このままじゃ……ルカが殺されちゃう)


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