第20話 ルカの夢

 しばらく待って、ようやくルカが顔を上げた。


「昔、アリスとまだ会う前に…… “理想の家庭” ってのに、憧れてた時があったな」


「理想の家庭?」


「ああ。あの頃は、両親がいて、子供がいて……食べ物や着る物に困らない、最低限生きていけるだけの経済力さえあれば、それだけで幸せだと思っていた」


(そうだ、ルカは小さい頃に両親が亡くなっているんだったわ……)


 あまり良い思い出ではないからと、ルカの口から聞いたことはほとんどないので、詳しい事情は知らないが、聞かない方が良かっただろうか、と質問したことを少し後悔した。


「……ん? あの頃は、って……今は違うの?」


「今は……

 他に、大切なモノができたから」


「大切なモノ……?」


 聞き返す私の顔を、ルカが優しい眼差しで見つめている。


(え、もしかして、それって……)


 私は、胸がどきどきして顔が熱くなった。

 誤解しちゃ駄目だと自分に言い聞かせながら、ぱっと視線を外す。


「……さ~って、そろそろ出発しましょう。

 早くしないと、陽が暮れちゃうわ」


 私が誤魔化すようにぱっと立ち上がると、ルカもそれに同調して腰を上げた。

 何となく気まずい。

 しばらく無言で歩いていたが、私が退屈に耐えきれなくなり、先に口を開いた。


「ルカって、ずっと髪の毛を伸ばしてるわよね。

 どうして髪の毛を切らないの?

 そんな腰まで長かったら、近衛隊長の仕事で邪魔にならない?」


 ルカは、驚いた顔で私を見ると、怪訝そうな顔をした。


「何でって……お前、覚えてないのか?」


「覚えてないって、何を?」


「……いや、忘れてるんならいいんだ」


 そう言うと、ルカがぷいっと正面を向く。

 どことなく拗ねているように見えるのは、私の気のせいだろうか。


「何よー、誰だって忘れちゃう事くらいあるわよ。

 ……それに、教えてくれたら、思い出すかもしれないじゃない?」


「知りたいなら、自分で思い出すんだな」


「えぇ~、何かあったかなぁ……」


 それから、しばらくあれこれと思い出そうと試みてみたが、全く手がかりすら思い出せなかった。



 その後も、私たちは、他愛もない会話を楽しみながら、歩き続けた。

 時々、ルカは背後を気にしているようだったが、今のところ、白い男が追って来ているような様子はない。

 空には、ぽっかりと浮かんだ白い雲がのんびり散歩をしているようで、昨夜のことが夢か嘘のように思えた。


 途中で何度か休憩を挟みながら、私たちは、前へ進んで行く。

 私は、ふとあることを思いつき、ルカに剣の使い方を教えてくれないか、と頼んだ。


「何を言うのかと思えば……

 そんな危ない物、持たせられるわけないだろう」


「大丈夫よ。少しくらい怪我したって、私……」


「いや、そうじゃない。

 アリスよりも、周りの人間が危ないじゃないか」


 私たちは、しばし見つめ合った。

 ルカがあんまり真剣な顔で言うものだから、私は、むっとした。


「……そうよ、ルカの言う通りよ。

 私は、いつも周りの人間に迷惑ばかりかけてる」


「……おいおい、まさか本気で言ってるのか」


「でも……だからこそ!

 昨日の夜みたいな事がまた起きないとも限らないし。

 私だって自分の身くらい自分で守れるようにならなくちゃ!」


 ルカが渋い顔をしたので、私は、何か悪い方に誤解させただろうかと焦った。


「あ、ルカを信頼してないわけじゃないのよ!

 ただ、守られてるだけじゃ何も見えてこないのよ。

 私だって、何かをしたい。

 じっとして、ただ守られてるだけなんて、嫌なの!」


「責任を感じるのはいいが……何もそう、一人で全てを背負う事はないんだぞ」


「え……」


 どういう意味か私が聞き返す前に、ルカが口を開いた。


「……わかった、剣の使い方を教えよう」


「本当? ありがとう、ルカ!」


「ただし、中途半端な気持ちで剣を使うと、痛い目に遭うぞ」


「私、真剣よ」


「それじゃあ、まず、この短剣を渡しておく。

 護身用だが、軽いから女性の力でも扱いやすいだろう」


 ルカから渡された短剣は、コバルトブルーの鞘に納まっていて、シンプルだが綺麗な銀の装飾が施された柄が伸びている。

 私は、手のひらの上で、剣が見た目より重たいことに少し驚いた。


「よーし、じゃあまず基本的な体型から……」


「ふふふ。前からやってみたかったのよね~♪」


「………話、聞けよ」

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