第30話 勇者、再び!

 ◇


 ホールには、案の定すでに臨戦体制で毒瓶を握りしめる王子と、デスヴォイスのウォーミングアップを始めているシド先輩の姿があった。


「お待たせっす。っていうか、シド先輩と王子は危ないから下がっててくださいって」


「そんなこと言って、さっきフルボッコにされたのどこのどいつよ♡」


「うっ。い、イヤァ。さっきはあまりにも数が多かったもんで……でも、王子の薬も効いてるし、今度こそイケる気が!」


「ほんとかねえ?」


 胡乱な目で俺を見てくるシド先輩。俺が爽やかな顔で親指を立てると、余計に不安そうに肩をすくめていた。


「まぁいいや。それで、残念聖女は?」


「王子の見張りをお願いしときました。きっと、あとで来てくれると思います」


 俺が別室の扉をチラ見しながらいうと、シド先輩はけらりと笑った。


「〝護衛〟から〝見張り〟に変わってる件」


「おい。それじゃまるで俺が危険人物みたいじゃないか」


「街中で毒物を持ち歩いている時点ですでに危険人物かと……」


「ブハッ。違いねえ。ま、さっきの王子の毒霧や毒餌、超有用だったし、俺的には攻めのヒーラーもアリだと思うけどな♡」


 シド先輩が適当なことを言って弦楽器を構え始めると、王子は満足そうにウムと頷く。


「俺の毒はよく効くと評判だからな」


 とても一国の王子とは思えない、恐ろしすぎる評判なんだが。


「ま、まあ、確かに毒に助けられた面も大きいんすけど、ヴァリアントの未来に何かあったらと思うとさすがに胃が痛いんで、極力下がっててもらえるとありがたいんですが……」


「案ずるな。俺は逃げ足も早い。いざとなったらお前を盾にして逃げる」


 この王子、なかなか抜け目がなく容赦もない。


「う、うす。自分、その方が助かります……」


 まあ、スポンサー枠だし仕方ないかと割り切り、ある程度はもう王子の好きにさせることにする。とにかく俺は、できる限り前線で敵を食い止めようと心に誓いつつ、腕をぐるぐる回して戦闘準備に入る。


「あ、そういや女将さんは?」


「あっちの奥の部屋で隠れてもらってる♪」


「OKす。んじゃ、さっそく第二ラウンドといきま――」


 気合を入れて外へ出ようとする俺。だが、その首根っこを、王子がむんずと掴んだ。


「どわっ」


「まて。闇雲に行ってもさっきの二の舞になるだけだぞ」


「お、王子! それはそうっすけども……」


 今なお、建物をミシミシと揺るがすほどのモンスターの大群が押し寄せているというのに、冷静な顔つきと声色でそんなことを言い出す王子。なにやら考えがあるようなのだが……。


「なに王子♡ 何か秘策でもあるの?」


「秘策というか……そもそも何か妙だとは思わないか?」


「へ? 妙っすか?」


「さっき毒で殲滅したばかりだというのに、もう次の大群が押し寄せてくるだなんて、いくらなんでもモンスターが湧くスパンが短すぎる」


「あー、まあ確かに。中心地から外れてるとはいえ、一応ヴァリアント城下町内だしな、ここ。外から来てるにしても、どこで湧いてるんだっつー話」


 シド先輩が顎に手を置いて、小首をかしげる。


 王子はそんなシド先輩と、きょとんとしている俺の顔を見比べたのち、自身の結論を述べるように言った。


「おそらくなんだが、どこかに害虫モンスターの手引きしている者がいるんじゃないかと」


「あー、〝蟲師〟ってこと?」


「ああ。そう考えるとしっくりくる」


「なるほどねー」


 シド先輩が納得したように頷く。


 蟲師といえば、うちの末弟のガッシュも大好きな昆虫を操って、敵と戦っていたっけ。確かに蟲師が操る虫を使って店を潰し、且つ、知らぬ存ぜぬを通せば自分らの手が汚れることもない。俺も大いに頷き、王子を見る。


「そうか。ってことは……」


「ああ。その大元をぶっ潰さなければ、この戦いは永遠に終わらない」


「なる……。了解っす。んじゃ、とりあえず入り口周辺のモンスターどもをぶっ潰して道を切り拓いたら、術者の所在の確認。標的を見つけ次第、そいつ優先で叩きのめす方向で」


「うむ。それがいいだろう」


「うい。自分、先駆けいきます」


「オッケー。盛り上がってまいりました♡」


 べべーんと鳴るシド先輩の弦楽器。


「よし俺も改良型の毒煙幕でフォローをしてやろう。ああ、この毒は人体に毒はないから、安心して好きに暴れていいぞ」


 王子も妙に生き生きとした表情で毒の準備を始めている。この人、ごく自然に前に出るつもりのようだが、自分が一国の将来を担う王子(そしてヒーラー)だという自覚はあるのだろうか……。


(まあ、王子に危険が及ばないよう俺が立ち回るしかねえか……)


 ひとまず俺は気合を入れるように頬をパチン、と叩くと、「うし、行きます」と合図を発して、再び店の外、モンスターの大群の中へと飛び込んだ。

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