第27話 勇者、剣を抜く。

 ◇


 思いのほか奴らがあっさりと引き返し、静寂が訪れたホール。


「女将さん、今のは?」


「……」


 俺が問いかけても、女将さんは気落ちしたように何も言わない。


「アレっしょ。さっき言ってた『奪われた愛弟子』ってヤツに一票♡」


 宥めるように女将さんをソファに座らせたシド先輩がそう溢すと、女将さんはようやく止めていた時を戻すように、深く頷いてみせた。


「……ああ。今のがあたしの愛弟子で、息子同然でもある〝ラウル〟ってんだ。あの子はね、生まれて間もない頃、うちの店前に捨てられた孤児なんだよ」


 遠い過去に思いを馳せるよう、そんなことをポツリと漏らす女将。


「孤児……」


「ああ。ちょうどその頃、あたし自身、亭主を病気で亡くして、気落ちしてた時期だったからね。元々子は好きだったし、望んでもできなかったクチだったから、赤子の世話で忙しくしてりゃ、旦那の不幸の傷も癒えると思って、酒場の常連たちに手伝ってもらいながらあの子を育て始めたんだけど……まあ、コミュニケーションの苦手な子でねえ。年頃になって、いくらせっついても学校には行かない、働かないわでとにかく苦労したさ」


「……」


 学校に行きたくても行けなかった俺とは真逆な環境だな、と思いつつ、話の続きを促すように女将を見る。


 彼女はひどく穏やかな顔、そして優しい口調で続けた。


「んだども、もう我が子も同然だし、そりゃあ可愛いだろう? だからさ、将来に困らないよう、色々仕込んでこの店も譲る気でいたんだ。ま、本人はあまり気乗りしてなかったみたいだし、あの子はどちらかっていうと冒険者をもてなすより冒険に出る方に憧れてたみたいだけども。そもそも体が弱い子だから、冒険者学校に通うのも難しくてねえ。結局、酒場に引きこもって本ばっかり読んでたっけね」


「育ててもらったってーのに恩も返さずニート……からの、敵方についてばーちゃんに圧力かけにくるとか、なかなかイイ根性してんじゃん♡ もうみんなまとめてぶっ潰しちまおうよ」


「ちょ、シド先輩、それは……」


 容赦ないシド先輩のツッコミに、苦笑をこぼす俺。


 女将もやや困り果てたように苦笑していたけれど、こんな時でも我が子同然の愛弟子を庇うように言った。


「仕方ないさね。この土地と店の権利をさっさと奪うためには、あたしにとっての一番大事なモンを奪って武器にする、それが近道だろうし、あいつらにとってはそれが常套手段だからね。きっとあの子も、自分にとって一番大事なものを盾に取られて、やむを得ずに向こう側についてるに違いないよ」


「その人にとっての大事なもの? 親同然の女将さんじゃないんですか?」


 つい首を傾げる俺に、女将はガハハと笑いながら、あっけらかんと言い放つ。


「まさか。あの子は自分の生い立ちをよく分かってるし、祖母と孫ほどに歳の差があるあたしを、一度だって母親扱いなんかしたことないよ。むしろ過干渉だって鬱陶しがられてたぐらいじゃないか?」


「そ、そんなもんっすか?」


「そんなもんそんなもん。思春期の男なんてみんなそんなもんだろ」


「そ、そうすかね……。でもじゃあ、それ以外の大事なものって……?」


「多分、妹だよ。あの子には生き別れの双子の妹がいるはずなんだ」


「双子……?」


 ふとここで、ぴくりと意味深な反応を示すシド先輩。


 視線を投げられた女将は、深く頷いてその先を続けた。


「ああ。どんな子か、どこにいるのかまでははっきりしていないんだけどね。存在していることだけは分かっていて、きっとあの子が冒険に出たがっていた理由も、そのたった一人の信頼できる妹を探すためだったんじゃないかって思ってる。きっとあの子は、その妹をなんらかの形でアイツらに盾に取られて……」


 ――と、女将がそこまで説明した時だった。


 急にドンッッ、と大きな音が酒場の壁にぶつかり、一瞬ホールが揺れた気がした。


 俺たちはハッとしたように顔を上げて入り口付近を見る。ざわざわと妙な音、嫌な気配を感じたのは俺だけではないらしい。


 それまで座って話を聞いていたシド先輩はソファから腰を上げ、王子は懐から銃を取り出す。


 俺とアリアは顔を見合わせて、今一度、酒場の入り口を見た。


 わさわさわさと、先ほどより大きく、且つリアルな音が聞こえてくる。


「今の音は……」


「し、しまった。話に夢中になっちまった。言い忘れてたけどね、あの悪党どもの常套手段はもう一つあるんだ。あいつらの言ってた『虫』ってのはさ……」


 そう早口で慌てて補足をし、非常事態に備えようとした女将だったけれど、すでに遅かったようだ。


 再度、ドンッドンッッと体当たりするような音が聞こえてきた後、程なくしてミシミシと建物の壁が軋む。


「え、え、え⁉︎」


「む。こ、これは……」


「で、殿下! 下がってください!」


 吸い寄せられるように視線が集まったのは、入り口のすぐ脇にある窓だ。


 窓の外には、わらわらと蠢く緑色の巨大な蟲が犇めいている。


 ――一般的な害虫ではない。まぎれもなく大量の昆虫モンスターだ。


「うは♡ やべーのきた♡♡」


「マジかよ、どんだけいんだよ!」


「モンスターか……。ついに俺の短銃アイボウが火を吹く時がきたな」


「殿下、無茶ですって。いいから下がってください!」


 クソ、なんか変だと思ってたけどやっぱりこういうオチか。


「ちょっと行ってくる! 王子と女将さんは奥へ! 女将さん、土地の権利書だけは絶対に死守してください!」


「あ、ああ!」


 悲喜交々な声が上がる中、俺は、昂って前に出たがっている王子を必死に制しているアリアに「いくぞアリア!」と投げて、すぐさまホールを飛び出していく。


 腰に番ていた剣を引き抜くと、ややぎこちない手つきで入り口付近に集っていたモンスターの一匹を、剣で刎ねた。


 けたたましい雄叫びと共に、飛びはねるモンスターの血。味わったことのない痺れと手応えが全身を震わせる。


「うるあッッ」


 これが真剣で戦う重みかと実感する間もなく犇くモンスターに突っ込み、片っ端から剣を振るう。敵は、何度かヴァニラ村にも襲来したことがあるような、見慣れた低レベルのモンスターではあった。緑色のサナギのような図体で、糸を吐き出したり体当たりしたり尖った部分で刺してきたりはするものの、そこまで勝てない強敵ではない。……だが、とにかく数が多すぎる。


 多勢に無勢。さすがにこれは支援が必要だ。ここは一発、シド先輩に気合の入るジャカジャカをやってもらって……と、淡い期待を描いて背後を振り返った俺だったが、


「ヨシキタ。――――ヴォ゛〜、ゔォ゜ォ゛あ゛〜〜ラ゛ラ゜ァ〜〜〜♪」


「……⁉︎」


 やべえ。こんな時に全く期待してない一曲5000ゼニーきた。


 つか、シド先輩、めちゃくちゃデスボイスがすぎねえか⁉︎


 いやこの人、めちゃくちゃ楽しそうに歌ってるんだけど、ふざけてやってるのか本気でやってるのかマジでわっかんねえ!


「し、シド先輩っ。すみません、数がやばすぎるんでキッチンまで下がって大音量のジャカジャカしながら、王子と女将の護衛を頼んでも……⁉︎」


 俺が切望するように叫ぶと、シド先輩は「えー。今日、喉の調子絶好調なのにー」と、恐ろしい事実を口にしながらも、おとなしく下がって弦楽器を取り出しジャカジャカしてくれた。


 生気を奪われそうなデスボイスが消えて心底ホッとしたと同時に、代替となった小気味よいジャカジャカでメラメラと闘志が湧いてくる。


「よし!」


 俺は今一度、迫り来るモンスターの大群に向き直りつつ慣れない真剣を握りしめ、声を張り上げた。


「俺がこっちをやる! アリア、お前はそっちを頼む!」


 ――だが。


「……」


「……あれ?」


 アリアからの返事はない。


 腕を振って、剣を振って、モンスターたちの猛威に必死に争いながら、素早く背後をチラ見する。


「アリア……?」


 その時、俺は初めて気がついたのだ。


 アリアは腰につがえた剣に手をかけたまま、躊躇いの表情で強く唇を噛み締め、華奢な肩を小刻みに震わせていた。


「おいコーハイくん! 前みろって前!!」


「あっ」


 結局――。


 期待していたアリアのフォローは得られず、押し寄せてきたモンスターの群れに成す術なくボコボコにされる俺。その場は王子の機転――隠し持っていた王子特製煙幕(毒霧)や毒餌撒き――によって一時的にモンスターを退散させ、辛うじて人の命と建物は守ったものの……テラスや入り口付近のあちこちを踏み荒らされた店は、今まで以上にズタボロの状態に。


 読んで字の如く、俺たちは大敗を喫したのだった。



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